【夫婦関係コラム】パートナーが自分を認めてくれない理由とは?その後の行動とは?
あなたは、知り合いで嫌いな人、
いますか?
苦手な人、いますか?
夫婦は他人
このブログでは何度も書いていますが、
夫婦って
「全く、赤の他人」です。
親兄弟でもない、
つまり、
全く血のつながりのない「他人」です。
ですが、
世界一近しい「他人」でもあるのです。
それは、
親兄弟以上です。
でも、
悲しいかな、血のつながりは、
一生、できることはありません。
なので、
裏切られることも、
相手に認められないことだって、
実際には、起こり得るのです。
嫌いな人は相手も嫌い
あなたが嫌いだったり、苦手な人、
これって、
実は、相手も同じように思っていますよね。
これは、
ご経験あると思います。
やはり、
自分が思っていることって、
相手も同じように思っているのです。
なので、
苦手だな、とかって思っている時は、
相手も、
あなたのことに苦手意識を持っています。
つまり、
パートナーに「認められていない」
と、あなたが思っている時には、
パートナーも「あなたに認められていない」
と思っている可能性が非常に高いのです。
パートナーはあなたを認めていない?
ここで、
あなたは、「パートナーがあなたを認めていない」
って、なんでそう思いましたか?
「俺は、お前を認めていない」
「私は、あなたのことなんか認められる訳がない」
のようなことを言われたのですか?
それとも、
「認められていないのではないか」
そんな風に感じているだけですか?
いずれにしても、
どちらも、
「あなたの思い込み」
です。
言われたことが、
全て、本当のことだと、なぜ、判るのですか?
パートナーは、
思ってもいないことを口にすることはありませんか?
嘘をつくことはありませんか?
思いやりから、反対のことを言うことはありませんか?
勢いや成り行きで、何かを口走ることはありませんか?
つまり、
パートナーが何かを言ったとしても、
それが、
本音や本心、本当のこと
であるという確証はどこにもないのです。
これは、
何を言ってもです。
好きだ、嫌いだ、
もそうですし、
美味しい、美味しくない、
あれやって、これやって、
あれしよう、これしよう、
「愛してる」
って言葉さえ、
もし、浮気を隠すための言葉で言っているとしたら・・・
つまり、
何が言いたいかと言えば、
相手の言葉で翻弄されるのは、止めましょう。
と言うことです。
つまり、
仮に「認めていない」
と言われたとしても、
心のどこかでは、
必ず「認めている」
のです。
ましてや、
本当に「愛のムチ」
的に嘘をついているだけかもしれません。
本気で心から「認めている」のに、
「認めていない」
みたいなことを言っているだけかもしれません。
つまり、
相手の心は「分からない」
と言うことです。
それは、
「他人」だからです。
でも、
その「他人」の心を一生懸命に「分かろう」
としていくことで
夫婦仲はうまくいくのです。
相手の心は「分からない」
何を言おうが、
何を言わなかろうが、
相手の心は、
絶対に「分からない」のです。
これは、
夫婦間だけではなく、
親兄弟、だって同じこと。
自分の考え以外は、
誰であれ、
分かるはずがないのです。
なので、
「認められている」
か、いないか、なんかは、
問題ではないのです。
しいて上げれば、
あなたが「認められていない」
と思っている以上、
そう言うことなのでしょう。
でも、
何を言われようが、
「認めてくれてる」
と思えば、
その通りなのです。
なぜなら、
相手の本心は「分からないから」です。
それは、
相手本人にしか、絶対に分からないのです。
勝手に
相手を予想するだけ。
これしか、
自分にできることはないのです。
それが、
合っているか、間違っているか、
はあまり意味のないこと。
結局は、
自分がどう思うか、
なのです。
「自分」以外は
全て、誰であろうが「他人」です。
それは、
親兄弟でも、夫婦でも
です。
他人の心は、
その人、本人にしか分かりません。
なので、
結論は、
「自分」で何を思い、
どう行動するか、
なのです。
「認められていない」
と思えば、
「ならどうする?」
だけで、いいのです。
自分が勝手に思うことも「自由」ですし、
それについて、
どう行動するかも「自由」です。
勝手に
「認められていない」
と思い込むことも「自由」なのです。
まとめ
夫婦仲が悪くなる人、
と言うのは、
「思い込みの激しい人」
と言う方が、かなり多いのです。
そんなことないのに、
と言うようなことを、
勝手に思い込んで悩みを深く深くしてしまっている人です。
悩むのも自由ですが、
結論は、
その後、どうするか、
これが、
重要です。
悩まないようにしましょう、と言っても、
人それぞれですので、
悩み多き人は、
その悩みよりも、
その後、どうしていくかを考えましょう。
悩みの種が
「相手」であれば、
「相手」に着目するのではなく、
「自分」に注視してみましょう。
相手に翻弄されるのではなく、
「自分」が何をするかです。
とりあえず、
「相手」は置いておきましょう。
「自分」の出来ること、
「自分」のしたいこと、
これをしていって、
それでいいじゃないですか。
相手は、
関係ないのです。
と言うより、
自分の出来ること以外はできないのですから、
それを、認めてもらえない、とすれば、
それは、もうしょうがないですよね。
でも、
十分、認めているかもしれませんよ。
それも、
分かりません。
そんなものです。
自分のしたいようにしてみましょう。