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激動のオフを終えて

はじめに

みなさま、ご機嫌いかがでしょうか?私です。2024年も2月1日を迎え、新たな野球のシーズンがまた始まろうとしています。多くのファンが心躍らせる中、当の私は例年とはまた異なる心境で新たな1年を迎えようとしています。
 このnoteは気持ちの整理が少しずつつき始めてきた今、改めて文字に起こして自分の心境を表現してみようという試みであります。拙文かと思いますが、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

突然の別れ

 年を跨ぎ、年の瀬の騒乱がまた新たな騒乱を引き起こし、疑念に揺れる肌寒い午後、それはあまりに突然の、そして私にとっては到底受け入れ難い一報が入った。

 世界で1番愛する野球選手が自分の応援している球団を離れるというのだ。最初は「何を言っているんだ?」と感じたのが正直なところだった。しかし、当事者たる両球団の公式SNSからリリースされた情報を見た時に全てを理解し、私は涙した。

 私自身、「いつか別のユニフォームを着るかもしれない」ということはかなり前から考えており、それ相応の覚悟はしておこう、そしてその際には当然新天地でも応援し続けようと常々思っていたのだが、紆余曲折を経て球団の主力としてカムバックしたばかりだったために、そんなことは遠い未来の話だと考えていた矢先のことだった。このことがよりこの別れを受け入れ難いものとしていると感じている。

私が見た甲斐野央

 ここからは少し、私から見た甲斐野央という野球選手についていくつか思い出を話そうと思う。

1.きっかけ

 彼のことを知ったのは彼が指名を受けることになる2018年ドラフトのおよそ半年前のことだった。当時の私はまだ野球ファンになったばかりであり、当然知っているドラフト候補生は甲子園で注目されている高校生くらいのもの。そんな時、YouTubeで"今秋のドラ1候補"として彼の名前を見かけたのが知るきっかけとなった。
 一度見たら忘れない特徴的な名前と"最速159km/hの剛腕"という当時高校1年生だった私の心を掴むには十分な触れ込みにどことなく惹かれており、ドラフト当日もどこに指名されるのかなんとなく気にしていた。
 

2018年ドラフトでの指名選手一覧

 そして迎えたドラフト、競合抽選に2度敗れた私の贔屓球団が1巡目指名選手として白羽の矢を立てたのが甲斐野央だった。当時の私は全く詳しくなかった故に、「知ってる選手が指名された!やったー!」という無邪気な喜び方だったのを鮮明に覚えている。今思えば、このことが甲斐野央という選手をもっともっと好きになっていくきっかけになったのかもしれない。

2.衝撃の1年目

 先程お話しした経緯もあり、私は当然キャンプから彼を注目選手として追いかけていた。紅白戦など実戦形式で中々ピリッとしないながらも、その後のオープン戦も一軍帯同していき、監督の根気強い起用の甲斐もあって開幕一軍を勝ち取った(ここに関しては本当に工藤監督に感謝している)。シーズンが進んで行く中で、そのキャラクターの明るさも助けて、多くのファンを獲得する魅力的な選手になっていき、その過程が私にはとても嬉しかった。

 その後のシーズンの活躍に関してはもはやここで語るまでもないと思うので割愛させていただくが、当時の参考までに私が好きな動画を添付しておく。今見ても本当にルーキーとは思えない。

3.ターニングポイント

 ここまでは順風満帆な推し活の話であったが、ここからは苦しい時間が続いた。CS日本シリーズでの登板に加えて、代表招集のフル稼働が災いしてか、2年目は春季キャンプから右肘痛での離脱を余儀なくされた。保存療法を選択し、シーズン中の復帰を試みるも、夏場の二軍戦での1登板を境に、その年マウンドに返り咲くことは叶わなかった。そして、この大きな遠回りを経て遂に右肘手術の決断を下すこととなる。
 その翌年術後のリハビリを経てオリンピック期間のエキシビションマッチからマウンドに帰ってくることはできたものの、大胆なフォーム変更が裏目となってしまい、3年目をピリッとしない成績で終えてしまう。

 そして迎えた4年目。この年から福岡に越して来て現地観戦のハードルが下がった私は、今までの反動かの如く足繁くドームに通っていたのだが、春先そこに彼の姿はなかった。
 そしてようやく一軍登録された2022年6月17日。私は登板するかも分からない彼のためだけに、普段は座らない少し値の張る内野A指定席のチケットを購入し、ドームへと向かった。そして奇しくもこの日が私にとってのターニングポイントとなる。

 大量リードで迎えた9回表、選手交代の知らせでコールされた投手の名は甲斐野央だった。4年越しの現地観戦での彼の登板に、もう涙が出そうだった。そして彼は私の目の前で、ルーキーの時を彷彿とさせる圧倒的な投球を見せるだけでなく、嬉しい嬉しいサプライズを用意してくれた。

160km/hを表示するスコアボード

 ずっと越えられなかった"あと1キロ"の壁を、なんと彼は私の目の前で越えて見せた。この時点で私の涙腺はもう決壊寸前であったが、「最後の1アウトまで油断せず見届けるんだ」という気持ちが寸前で決壊を防いだ。そして最後の1アウトを三振で奪い、試合終了のアナウンスが響いた時、私の目には溢れんばかりの涙が覗いていた。野球観戦をしていて、今までもこれからも1番幸せな瞬間となることだろう。そしてこの日をきっかけに、より甲斐野央という野球選手を好きになれた。間違いなく私にとっては忘れられない1日、ターニングポイントだったと思う。

見たことがない方は是非一度この動画を見ていただきたい。見たことがある方も、もう一度この感動を味わって欲しいと思う。

今回の移籍を受けての反応

さて、今回の甲斐野央の西武ライオンズ移籍に際して、当然各所から様々な反応が見受けられた。ホークスファン、ライオンズファン、チームメイト…と色々な立場からの反応があったわけだが、今回私が1番注目してほしいのは何よりも移籍の当事者となった甲斐野本人の反応である。

 これは移籍決定直後の甲斐野自身のInstagramへの投稿である。ここに記されているコメントをまだ読んでいないという方は、まずは是非とも原文を読んで欲しい。

 この文章に私は甲斐野央という人物の人間性の素晴らしさを何よりも垣間見たと思う。応援してくれたホークスファンへのありったけの感謝を述べ、主にホークス関係者への言葉が全体的なものとなっているのだが、これからお世話になるライオンズのファンにもコメントを残した上で「入団会見で気持ちを伝える」と配慮を欠かさない姿勢を見せてくれた。
 
 「常識のある大人なら当然だろ!身贔屓だ!」という意見もあるかもしれないが、このような突然の移籍の中、自分のことで手一杯になっても誰にも攻められない状況で、移籍決定のたった数時間後にここまで各所に気を配ったコメントを寄せられる人間力は尋常ではないと私は思う。私のような一ファンですら気持ちの整理がつかない中でのこのコメントには本当に頭が下がった。心から敬意を表したい。

さいごに

私はルーキーの時から甲斐野央という選手を追いかけてきて、その投手としての才能に惹かれ、その次にはキャラクターにも惹かれ、そして今回の一件で大人として尊敬できる一面も覗かせてもらいました。西武球団に必要とされて行く貴方が誇りで、そんな貴方を応援できることをこれからも変わらず誇りに思っています。ホークスファンの皆さま、変わらず甲斐野央をめいっぱい応援してほしいです。ライオンズファンの皆さま、どうか、どうか甲斐野央をよろしくお願いします。そしてどちらのファンでない方も、この機会に彼の素敵な部分を知って、これから気にしてもらえたら嬉しいです。

新天地でも貴方らしく輝けますように。

という願いをもってこの文章の結びとさせていただきます。拙く読みづらい文章に最後までお付き合いいただいた皆さまに心より感謝申し上げます。

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