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高倉健 巨人の星 星一徹のちゃぶ台返し 原爆投下 広島サミット マルニ マツダ ドリーム 地味でも良い 出たとこ勝負

 高倉健といえば「死んでもらいます」のセリフがまず思い浮かびます。私が健さんが出ているヤクザ映画を見た限り、このセリフは無くて、「出たここ勝負」が多かったです。有名な数本の映画しか見てないのでデータ的にはあまり正確だとはいえませんが。昭和のスポ根アニメの「巨人の星」はどうでしょうか。まず思い浮かぶのが、ちゃぶ台返しの星一徹です。瞼の裏に焼き付いてます。でもよく考えたら、おもいこんだら で始まる主題歌とともにこのシーンが流れますが、本編のドラマの中では、ちゃぶ台返しのシーンはありません。もちろん、私の記憶の限りです。昭和20年代生まれの私の家でもちゃぶ台を使ってました。両親と子供3人の5人家族、赤茶色の年代物です。食堂というものがなくて部屋が狭いので、食事をする度に、立てかけてあったものを、下部にある脚を広げて使用していました。わずかに記憶に残っているのが、ちゃぶ台の表面に深く刺さっている粉々になったガラス片です。当時は何も気にせずご飯を食べていました。原爆投下の際、粉々になった窓ガラスがちゃぶ台に刺さり、一体化したものです。昭和30年代になると椅子や机の生活が主となり、いつのまにか、このちゃぶ台は忘れ去られたものとなりました。

突然 小津安二郎と麻雀放浪記です


 平成の中頃、何気なくNHKの全国版ニュースを見てました。実家に住んでいる兄がこのちゃぶ台を資料館に寄付したとの報道がありました。兄も報道のことは知らずで、驚いたようでした。『普通に使ってたよなー』『資料館に展示してもらうなんて恐れ多いよなー』最後に思ったことは、ちゃぶ台返しができるほどの広い空間は無かった。地味でも良い、日常の生活の中にこそ人間の幸せがある。
 先の広島サミットで各国首脳が座ったマルニ木工の椅子が注目をあびました。アップル本社でも使用されており、ある意味、派手な椅子です。この時、首脳が乗る車も外車でなくMAZDA6を使ってもらいたかった。かっこいい車なんだけどな。もうひとつ知ってもらいたい会社がある。ドリームベッドです。占領下、海兵隊岩国基地で使用されていたベッドの修理から始まった会社です。昭和を感じられる会社名が何ともいえません。地味な会社ですがいいもの作ってます。地味でも良い。


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