彼女と私と恋と
「ねえ,私じゃダメだったのかな。」
そう言った彼女のまつ毛は小刻みに震えている。目を合わせれば美しく透き通った雫が見えることなんて嫌というほど私は知っている。私は困ったように微笑み,ハンカチを差し出す。
「今回もダメだったみたい」
彼女からメッセージを受け取ったのは昨日の深夜だった。私たちはお互いに就職してからは頻繁に連絡を取り合っているわけではない。ただ,一日数回の他愛もないメッセージのやり取りが途切れたことも無い。
そんな彼女が必ず連絡してくる時がある。私は特に詳しく聞き出そうともせず,「明日,夜なら空いてるけど」と返信する。既読はついたが返事は無かったので肯定ととった。明日,いつものバーで,いつもの時間で。いつしかそれは私たちの間では暗黙の了解となっていた。
いつもより多少仕事を速く切り上げると,目的の場所に向かう。ちらりと時計を見るとまだ十分に時間はある。途中の駅でいったん下車し,近くの雑貨屋に入る。適当にハンカチを見繕い,レジに持って行った。プレゼント用か,などといつもの単調なやり取りと支払いを済ませ,店を出ると雨がぱらついていた。内心で小さく舌打ちをし,鞄を傘代わりにし駅まで走る。パンプスに少し水が跳ねた。
目的地に着くと既に彼女はそこにいた。暗くてもよくわかる白い肌に大きな目。リップが普段より深い紅なのは彼女なりの強がりなのだろう。思ったより泣き腫らした顔ではなく,平気そうに見えた。彼女は私を見つけるなり
「久しぶり」
と目を輝かせた。見慣れない黒のワンピースはなんだか喪服みたいだった。
一通り話を聞いて思うのだが,彼女は人を見る目が全くない。冗談抜きで,彼女が一般的に言う「良い男」と交際していたという事実は知らない。私が知らないということはほぼイコールで経験が無いということだ。何故か彼女は私をいたく気に入っており,失恋の度にこうやって話を聞くのだ。前回は確かヒモ,その前は何だったかもう思い出せない。失恋する度に彼女はこうやって少しだけ泣き,そのくせすぐ立ち直って懲りずに次を探しに行くのだ。
本当に,可憐で不運で,それなのに強かで美しい。
「ねえ。私じゃダメだったのかな。」
ああ,それは誰の言葉だったんだろう。
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