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大学教員公募(素粒子理論)の体験談

大学教員公募に関する一般的な知見を知りたい方、すみません。大学教員公募(素粒子理論)と聞いてピンと来た方、お待たせいたしました。私の個人的な教員公募の体験談をここにまとめたいと思います(ここでは念の為、個人につながる情報は伏せます)。

素粒子理論というのは、素粒子物理学の主に理論を研究する分野です。学部で言うと理学部物理学科です。素粒子というのはこの世界の最小単位であり、さらには宇宙をも(原理的には)記述できる粒子あるいは場のことです(説明略、すみません)。様々な科学雑誌による紹介や、ノーベル賞が多発している分野なので、一般の方でも見識が深い方がいらっしゃるかと思います。

そんな素粒子理論(以下、素論)ですが、大学教員公募が非常に熾烈であることが知られています。従って、アカデミアの99%の方にはこの記事はおそらく関係のない話ですので、過度な一般化はせずにお気楽にお読みください。逆に、素論のように修羅道を歩く方にとっては、この体験談が価値あるものとなれば幸いです。

また先に申し上げますと、今回内定をいただいた大学の先生方とは面接時までお会いしたことはありませんでした。面接もオンラインです(なので辞令交付時が初対面)。コネも一切ありませんでした。私自身、オンライン面接では攻略不可能とか、結局はこれまでのつながりが大事、と思いこんでいたのですが、どうやらそうではなかったようです。教員公募体験談の他の方の記事でも度々言われていますが、「申請書類を本気で準備すると、審査員も本気で読んでくれる」というのは正しいと思います。

前口上はさておき、以下に公募戦歴をまとめました。煩雑になるのでここでは略しましたが、任期4年以下の任期付きポジションの公募(いわゆるポスドク公募)にはこの数倍の数を応募しています。素論では大学院を卒業しポスドクとしてちゃんと生き残ること自体も非自明であり(倍率数十倍はザラ)、フリーレンのようなポスドクまで存在しますが、それはまた別のお話…

公募戦歴

  1. 九州国立大学 助教 (5年) 2017年, 書類落ち

  2. 東海国立大学 助教 (5年) 2017年, 書類通過, 面接採用

  3. 関東国立研究所 助教 2020年, 卓越研究員通過, 書類落ち

  4. 東海国立大学 准教授 (5年) 2020年, 書類通過, 面接落ち

  5. 東北国立大学 助教 2020年, 書類落ち

  6. 関西国立大学 准教授 2021年, 書類落ち

  7. 関東国立大学 助教 2021年, 書類落ち

  8. 関東国立大学 教授/准教授/助教 2021年, 書類落ち

  9. 関東国立研究所 助教 2021年, 卓越研究員通過, 書類通過, 面接落ち

  10. 中国国立大学 准教授 (TT) 2021年, 書類落ち

  11. 中国国立大学 助教 (TT) 2021年, 書類落ち

  12. 中国国立大学 准教授 (TT) 2021年, 書類落ち

  13. 中国国立大学 教授/准教授 (TT) 2021年, 書類通過, 面接通過 → TT教授オファー辞退

  14. オーストリア国立大学 助教 (6年) 2021年, 書類落ち

  15. スロベニア研究所 助教 (TT) 2021年, 書類落ち

  16. 米州立大学 助教 (TT) 2021年, 書類落ち (DEI)

  17. 米州立大学 助教 (TT) 2021年, 書類落ち (DEI)

  18. 英国立大学 講師 2021年, 書類落ち

  19. カナダ研究所 助教 (TT) 2021年, 書類落ち

  20. 中国国立大学 准教授 2021年, 書類落ち

  21. 米国立研究所 助教 (TT) 2021年, 書類落ち

  22. 中国国立研究所, 准教授 (TT) 2021年, 書類通過, 1次面接通過, 2次1対1面接, 面接採用 → 2023年から着任 → 退職

  23. 中国国立大学, 准教授 (TT) 2021年, 書類通過, 1次面接通過, 2次1対1面接, 面接落ち

  24. 韓国国立研究所 助教 (5年) 2021年, 書類落ち

  25. 中国国立研究所, 准教授 (TT), 書類落ち

  26. 九州国立大 准教授/講師 2021年, 書類落ち

  27. 英国立大学 助教 2022年, 書類通過 (DEI), 模擬授業, 面接落ち

  28. 米州立大学 助教 (TT), 2022年, 書類落ち(DEI)

  29. 米国立研究所 助教 (TT), 2022年, 書類通過 (DEI), 1次面接落ち

  30. 米州立大学 助教 (TT), 2022年, 書類落ち (DEI)

  31. 関東私大 助教 (8年) 2022年, 書類落ち

  32. 中国国立研究所 准教授 (TT) 2022年, 書類通過, 面接辞退

  33. 仏国立研究所 助教 2022年, 書類落ち

  34. 伊国立大学 准教授 2022年, 書類落ち

  35. 関東国立大 准教授 2022年, 書類落ち

  36. 関東国立研究所 准教授 2023年, 書類通過, 面接落ち

  37. 関東私学 教授/准教授 2023, 書類落ち

  38. 関西国立大 助教 2023年, 書類落ち

  39. 関西国立大 准教授 2023年, 書類落ち

  40. 関東国立大 准教授 2023年, 書類通過, 面接採用 → 2024年から着任

TT = テニュアトラック
DEI = Diversity, Equity & Inclusionエッセイの提出あり

全て合わせて40回の応募があり、書類審査通過率は30%、面接通過率は40%でした。
素論の大学教員公募は概ね100倍の倍率があるとされているため、この数字はそれほど悪くない数字となっています。

1-9までは国内の大学にこだわっていました。しかしそのままでは任期が切れて死んでしまうので、10以降からは世界をターゲットに出せそうなところは出し続けました。お給料を下げ、ポスドクとして食い繋ぐ(子供がいるので、厳密には食い繋ぐことはできない)というお声がけも頂いていたのですが、そこは最後の切り札としてしまっておきました。結果論ですが、この戦略は功を奏し、巡り巡って国内の大学から内定を頂けました。

13では、なんとテニュアトラック教授のオファーを頂きました(!)最終的にはこれを断腸の思いでお断りすることになったのですが、この部分だけでもかなり非自明ですので、別記事として書かさせていただきました。

どの程度熾烈なのか、なぜ熾烈なのか

基本的な要因は、1. 圧倒的な数の大志を抱いた素論PhD持ち2. 運営費交付金の削減による任期なしポスト減少3. 流動性低下による公募数自体の減少4. 止まらない業績閾値の上昇です。素論の大学教員公募についてはYS Blogさんの記事が非常に参考になります。

これによると、毎年准教授公募は平均2.5回、助教公募は平均3.4回あることになります。さらに実際のところ、素論の中でも「〇〇の研究」などと研究内容の指定があることもあるので、この全てに挑戦できるわけではありません。

一方で、PhDを取得したのち、ポスドクオファーがちゃんと来る人も一握りですが、毎年約10人の素論PhD持ちポスドクが新たに爆誕します(全員神童)。また、PhD取得後十数年の任期付きという方々も無視できないほどいます。つまり、全ポスドクが機械的に応募するとなると、毎回倍率100倍が期待されるというわけです。

この解析ではさらに踏み込んでおり、学位取得後14年以内に国内任期なし職に就ける人は16.4%ということになっているようです (データ数226人)。

さらに、以下の解析では、教員採用に対する閾値が年々どんどん上昇して行っていることがわかります。

絶対的な数は、分野によって異なるので注意が必要ですが、少なくとも右肩上がりで内定時業績のボーダーラインが上昇しているのは見て取れます。具体的にいうと、現在の素論助教の業績ボーダーラインは2000年以前の助教授(=准教授)のそれを超えてしまっています(インターネットの発達により、情報が伝わりやすくなった結果、人類全体の論文引用数の絶対数自体が大きく異なるので、この比較には注意が必要です)。

なぜこのようなことになってしまったのか。運営費交付金の削減による任期なしポスト減少があるのはしょうがないのですが(しょうがなくないのですが)、素論が他分野に対して特に弱いのが学際枠が非常に少ないことが原因の一つだと思います。アカデミアでは若干の学際研究というのは日常茶飯事であり、純粋物理でPhDを取って生物物理で職を得る、というようなことはよくあることです。一方で、素論でPhDをとると、理学部物理学科でしか職を得る機会がなくなってきます(ごく最近、量子の領域で素論研究者が学際研究をするようになってきて希望が見えてきました)。結局のところ、これに起因した流動性の低下の積み重ねが、諸々の悪いバランスをもたらしているのだと思います。

面接攻略に向けたアドバイス

申請書類に対するアドバイスは今はあちらこちらに書かれている(私も大変参考にさせていただきました)ので省略します(DEIエッセイだけ下に書きました)。一方で、大学教員公募面接のアドバイスはあまり見かけない気がします。以下に、自分が感じた要点をまとめました。

  • 面接官は申請書類を読んでいないと思って面接に臨む(説明の省略等による悪印象を避けるため)

  • 5年程度の中期ビジョンに重点を置きつつも、そこから期待されるビッグピクチャーを描く

  • これまでやこれからの研究のオリジナリティやインパクトを一人でも多くの面接官に理解してもらえるように努める

  • 自分がその大学に着任した時に想定される大学のメリットを描く(具体的なほど良い)

  • 授業以外の教育歴(後輩との共同研究など)も詳細に話す(大学院生指導ができることを示すため)

  • お祈りされても早めに切り替える(時間がもったいないので)

  • 1対1面接(欧米によくある、教授や同僚数人との個人面接)では、面接前に相手の情報(研究内容・経歴・自分との接点)を調べる

  • DEI が書類審査であった場合、同じ内容の踏み込んだ質問が面接でもくるので、準備をしておく

  • 面接官にとっては10-30年一緒に働くことになる同僚を選ぶことになるので、一緒に働きたくなるようになる人柄を見せることに努める

申請者の研究内容が完璧に理解できる教員というのは各大学に数人しかいないため、結局のところ投票権を持つ面接官のメイン層はそれ以外となります。書類審査では理解できたことでも、面接では総スカンをもらう可能性があります。個人的には、「面接官は基本的に書類には目を通していない近隣分野の教授」だと思い込んで話す方が伝わりやすかったと感じでいます。

Diversity, Equity & Inclusion エッセイ

近年、突如として登場した新しい申請書類、通称DEI。多様性・公平性・包括性に対するあなたの声明を書いてください、というもの。私の知る限りでは、まだ日本の教員公募では要求されてはいませんが、海外の大学ではすでに要求されています。DEI に関して何かを述べるのはここでは狭すぎるのですが、一つだけ言えることがあります。もしあなたが普通の一般的な日本人男性を自認してらっしゃる場合は、DEIエッセイに関して有識者に相談するのはマストな気がします。DEIには「これを書いたら一発退場」という地雷文があると聞いています。有識者によるsanity checkを是非。。。

以下、駄文です

面接の服装

素論や例えば数学者は原理主義であり、服装というのは本質ではないので気にしなくて良い、という風潮があります。例えば学会では私服、場合によってはアロハシャツ、サングラス、ランニングパンツにタンクトップで講演しても決して問題になりません。それが一般化され、どんな服装でも面接は問題ない、とされています(実際にある程度真)。ただしこれだけはいえます。大学教員公募面接では、例え海外にいようが、ちゃんとした方がいいです。なぜならば、面接官に他分野の人(学科長とか学部長とか)がいるからです。

賞レース

工学部は研究者の様々な賞レースがある一方で、理学部(物理だけ?)では賞レースの数が抑えられています。理学部(物理だけ?)では賞などという俗物的なものに本質的な意味はない(ノーベル賞だとしても)、と(良い大学であるほど)習うと思います。その影響で、賞レースにはそもそもエントリーしないというポリシーの研究者も一定数いるのを知っています。

一方で、このような会話をシニアの方々がおっしゃっているのも聞いたことあります。「業績が拮抗していて、賞を取ってる人と取ってない人の二人から大学教員を選ぶとしたら、前者に投票するよね」と(なぜこの候補者を選んだのか?ということをその後の会議で説明する時の助けになるので)。

というわけで、賞レースにエントリーしないというポリシーはとても偉いのですが、職レースという意味ではそれは最善手ではないのは事実です。一方で、賞レースに応募するのもそれなりに時間とカロリーを使う(場合がある)ので、策士策に溺れる状態にならないようにした方がいいと思います。

オンライン面接時の背景を凝っても意味がない

大学の事務の方々の支援があり、一度、ノーベル賞受賞者の居室でその机でオンライン面接をしたことがあります。背景にはキラキラした賞などがあり、、、という感じです。その時に内定をいただければ、オンライン面接はノーベル賞受賞者の居室でやるべき (n=1) と主張できたのですが、残念ながらそうはなりませんでした。ここからわかったことは、面接時の背景を凝るよりかは、面接の内容を改善するのに努めた方が良い、という当たり前のことだったと思います。


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