石原夏織 5th Anniversary Live bouquetー「未来は1秒先で君のスタートを待つ」と歌い続けた挑戦者だけが辿り着く最高到達点
石原夏織さんの5周年ライブを見終わった。
ライブと言うか、長い人生の名場面ランキングで間違いなくTOP10に食い込むような幸せな日だったと思う。
彼女は今日までに抱えた気持ちを、両手から溢れんばかりの花束に変えて届けてくれた。1人では受け止められない。いくつかが地面に落ちる。それならば拾い上げよう。誰にも踏みつけさせることなく、この幸せを守り抜きたい。感受性の違う一人一人の観客や今日行きたくても行けなかった方々がその全てを受け取り、拾い上げたに違いない。だから全員が楽しかったんだと思う。
デビュー以降、その素晴らしい原石を磨く努力を続けて来た石原夏織さんが出会い関わってきた全ての方々、そしてファンのみんなで作り上げた集大成…その魅力をスタッフの方々が最大限に引き上げる見せ方を研究し続け、声出しが可能になったタイミングで初の生バンドを採用することで史上最高到達点に届いたライブであったと断言したい。今できる全てを最上級に押し上げた結果である。
これは、石原夏織さんにしかできない石原夏織さんの物語である。見える景色、伝わる音、言葉、この世界を包み飲む空気…全てが何の疑いもなく最上級の贈り物であった。
忘れないうちに記憶を辿りながら記す。
天気を操る石原夏織がもたらしたプロローグ
※ここは長いから飛ばしても大丈夫☺️
8/6、二日酔いが僕の頭でゴングを鳴らした。昨日のオタク飲み会、やはり飲み過ぎてしまった。この5年で変わってしまった色々、それでも今日もまた変わらぬ仲間達と会える喜びを噛み締める。どんな形や向き合い方であれ同じ物が好きであること、それが何年も続くのは誇らしいことである。みんな石原夏織さんのことが好きなのである。
ゆっくりとカーテンを開ける。やはり晴れである。太陽の女神(天気を操る女)は今日も健在であった。強すぎる日差しを受けながら、日焼け止めと冷感タオルで武装してから会場を目指す。
記念すべき日を祝う開場はLINE CUBE SHIBUYA。渋谷という場所は、どうにも縁が無く昼食を済ませ早めに近辺に到着したが特にすることもなかった。なんとなく行ったことがなかったので明治神宮を目指す。今日のライブと自分の人生とか色々神頼みを出来ればいいなと思った。
長く続く参道を歩き、参拝を終えた時には少しずつ雲が空を覆い始めた。やがて歩みを進めると懐かしい場所とぶつかった。
代々木第一体育館。ゆいかおりが事実上のラストライブを行った場所である。以降何度もその記憶と場所を思い返したが、実にあの日以来の訪問となった。今日、石原夏織はここから徒歩10分程度の場所でソロライブを行う。そんなこと当時は考えもしなかった。
直後、神のイタズラのような雨が降り出した。天気を操ることなんて出来ない。ほらやっぱり、いつもそうやって悲しみは突然舞い降りる。思考が偏る。悪い癖だ。脳内の悪魔が僕に囁く。
「お前は今もゆいかおりに捉われているのか?無理もない。今日彼女がどんなライブをしても、ゆいかおりラストライブに肩を並べることはできないからな。他界した奴らも全員そう思ってるぞ?わかってるんだろ?本当は?」
悪魔がうるさくて仕方ない。それはきっともう1人の僕である。確かに昨年からリリースされている楽曲への思い入れも強くないし、今年開催されたFCイベントも行けなかった。ラジオも半年くらい聞いてない。
どうしていつもずっと応援することができないんだろう僕は?今日だって別に誕生日ライブでなければ?…僕は今日どうしてこの場所に来たのだろう?まだ代々木第一体育館と向き合う覚悟が足りないのだろうか?あれから6年も経っている?どうして?
…………
ー終わりの見えない迷路に迷い込んでいる間に、雨が止んだ。たった数分が地獄、永遠のように感じられた。
少しだけ気持ちを取り戻す。
今日何が起こるかなんてわからない。その先へ行かない限りは確認できない。ここで立ち止まる訳にはいかない。少なくとも今日、君に会ってから気持ちを決めなければならない。
ふとTwitterを開くと、誰かが虹の写真を投稿していた。ドラマみたいだと思った。心がスーッと晴れていく。
大丈夫。大丈夫である。
ずっと晴れの日よりもなんだか心がワクワクしてきた。少し濡れても泣いても良い。最後に虹がかかるようなそんな人生が良い。
開場に到着し、フォロワー達と談笑する。小倉唯さんを追い続け上京した若者は数日前にチケットを握ったらしい、どんな理由でも見てくれたら良い。もう1人の若者は、楽曲に惚れ込んだ結果、生バンドライブを見たいがために足を運んでくれた。
話をしてる間に気温が下がってきた。涼しい風がデイリーヤマザキの前を吹き抜けた。今日1番気持ちいい気候であった。やはり太陽の女神は俺たちを見ているのかもしれない。
昨日飲んだ仲間達も駆けつける。くだらない話ばかりが続く。そんな時間が愛しい。
そしていよいよ開場の時がやって来た。17時前、雲間から太陽が差し込んだ。夕暮れ前のその光は観衆の心に火をつける。これから始まる最高の舞台に向けてボルテージを上げていく。完璧に操られている。
ずっと晴れの日なんてない。ずっと上手くいくわけでもない。躓かずにうまく行く日は不安になる。だけどそれがいい。
いつも君は教えてくれる。
挨拶代わりの名曲連打と突き抜ける青の意志
ここからはライブ本編に触れていく。
実に23曲、このように並べられると壮観である。席は20列目あたりの端であった。元々が狭いので双眼鏡を駆使すれば余裕で色々見られる(色々とね)。
ステージセットは割とシンプル、よく見るタイプの階段先の高いサブステージとメインステージ。ここに石原夏織さん、ダンサー4人が立つのが基本となる。面白いのは両脇に段差が3つ付けられた台が設けられていること。ここに楽器が配置されている。演者に隠れてバンドメンバーが見えないなんてことが起こり得ない、なんとも粋な見せ方である。
開演は15分ほど押してしまったが特に気にしない。BGMをshazamしようと思ったが電波が弱く厳しかったのは悔いが残る。ほぼ全員が席に着いた頃、暗転した。
オープニング、2018年からの活動を編集してコラージュしていくような映像に今井準のピアノが寄り添う。思い出に訴えかけられるのはズルい、全部思い出すやろ?やめてくれ(毎回泣くの早すぎて草)。
始まりを告げる水滴音が響き渡り、1曲目“SUMMER DROP”が繰り出された。夏、夏がやって来た。日本の夏、石原夏織がビッグウェーブのように僕らをさらっていく。お腹、肩、脚を出した水色の衣装を身にまとった彼女は、とても今日30歳を迎えたとは思えない勢いで駆け回る。キラキラの笑顔を振り撒く。かわいい。かわいいぞかおり。
それにしてもオタク達は声出しのプロである…序盤こそ探り合いであったが、どんどん声が大きくなっていくのがわかった。きっと今日までずっと聞いて練習して来たんだろうなとすぐわかる。頭が上がらない。
耳は音を追いかける。石原夏織楽曲はむしろ打ち込みのようなドラムが多い印象であり、生バンドではどのように化けるのか?と言う点は期待されていたが想像以上の迫力に度肝を抜かれる。当たり前だが、しっかりと生でダンスビートを叩いてるからすごい。
踊り回るベースが気持ち良すぎて横転しかけるほどのイントロから2曲目“Cherish”に雪崩れ込む。かわいすぎる愛のバクダンが爆発している、助けてくれ…生楽器の威力は確かにすごいのであるが、それは何か一つの楽器が特出しているわけではなくバンドという生命体をひとつとして捉えた時にこそ説得力が大きいことに気付かされる。このバンド、めちゃくちゃに相性が良い。僕はろくに楽器も弾けないが、ライブは昔からロックバンドを中心にたくさん見て来たつもりである。ただ上手い人を集めたのではないことをここで理解した。
3曲目“ポペラホリカ”、面白いほどに盛り上がる鉄板チューンばかりで殴り込むスタイルが好印象である。出し惜しみをしない。バンド+石原夏織の融合を本格的に感じ始めたのはこの辺りであった。何をどう逆立ちしてもバンド以外でこんなにも立体的なポペラホリカを聞くことはできない。モニターに映し出される文字がコールを生む。もう何も考えていられない。サビではヘドバンを繰り返す。間奏、シンセの音がフロアを揺らしていく。最高、最高である。
MCでは「ライブへようこそ」みたいな話や声出し解禁についてなど…割と月並みで短い感じ、あえて特別感を出さないような雰囲気だった。オタクから「回って〜」を催促される前に高速ターンを見せてくれた所はかわいくて印象深いシーン。
「この間出した新曲です」くらいのフリで4曲目“Paraglider”へと疾走していく。
え?もっと最後の方とか後半の重要なポジションの曲じゃないんだ?ここで新曲を出してくる姿勢がたまらなく勇ましかった。やはり出し惜しみ無しである。まさに今回の生バンドライブを想定したであろう強烈なギターから幕を開けながら、清涼飲料水の如く自然に体に染み込む音が気持ち良すぎる。この段階で既にボーカルがバンドとさらに溶け込み、一才のブレなく響き渡っていることに気づく。本当に歌上手くなったなあとライブに行くたび実感する。続け様に“半透明の世界で”が始まった。ソリッドなギターに乗りながら、透き通る夏が愛の風に乗ってシャウトされる。素晴らしい。次に繋げたのは“夜とワンダーランド”、会場が何故か野外夏フェス会場に見えた。突き抜ける空、完璧な青が目に刺さる。拳を突き上げていく。この楽曲の最大の弱点は、あくまでロックテイストであり打ち込みドラムが採用されていることだと長年感じてきたが今日は生ドラムである。もはや無敵と言っても過言ではない。たった6曲だけを叩きつけた石原夏織さんはステージ裏へと消えていく。本当に夏フェスのダークホースアクトを見るような光景であった。
そのSingularity Pointを超えていけ
幕間、今回は生バンドがいるのでバラエティ的な映像は差し込まれない。ドラムソロ→パーカッションソロが、歌声が消えた後のステージに鳴り響く。この時間、ある意味1番楽しいかもしれない。
同じポニーキャニオン内ではDIALOGUE+を見た時の感想に近い。バチバチにデカい音が鳴っていた。それらはやがてベースやギターに伝播しながらセッションを産んでいく。聞き覚えのあるベースライン、ギターリフがどこか妖艶なシルエットを映し出す。
黒いパンツ衣装で石原夏織さんが現れると“Taste Of Marmalade”が始まった。生バンドで聴きたくてたまらなかった上位曲であり、ここ数年の人曲であると言う認識。
うん、完全にジャンヌダルクだったね。
今日何のライブを見に来たのか?一瞬だけわからなくなる。それは一種の不安でもある。極論、ただ良いバンドを聴きたいなら別に石原夏織じゃなくても良いだろう。大丈夫かな?と少しだけ心配になる。
それは直後、最強楽曲“Ray Rule”が差し込まれたことで杞憂に終わる。ある意味では超展開、ここから高速ビートダンスチューンに繋がるのは予想しなかった。しかも重要楽曲を再び序盤に投入する姿勢を崩さない。やばいだろこれ。ライブの度にその見せ方を進化させて来たが、今回はまさに最終形態と言っても過言ではない出来。勿論ダンサーとの絡みも楽しい。
この楽曲はギターが素晴らしいのである。ついに生で聴くことができた…感無量。運命の分岐点のようなイントロから“Abracada-Boo”へ、リリース時は整理しにくい楽曲であったがベースラインで持っていくその構成はまさに生バンド向けである。ダンサーちゃんみんなえっちすぎてワロタ…これはライブでちゃんと聞けたことでかなり評価が上がった曲の一つでもある。間髪入れずキラーチューン“Singularity Point”が始まる。赤い月がモニターに映し出される所は変わっていない。ここは大好きなポイント。体力、喉的にそろそろ心配になるが石原夏織は止まらない。むしろこちらが追いついていない。何とかして立ち直す。僕が水を飲んでいる間も彼女は止まらない。すごい。
音が鳴り止んでから「そろそろMCかな〜?」と思っていた所、ライブは衝撃の展開を迎える。休憩なしで“TEMPEST”が始まった。
意味がわからない。何が起きてる?
思わず隣のオタクとコミュニケーションが発生してしまう。待ってくれ、夏織ちゃん倒れないか?大丈夫?……しかし驚くほどちゃんと動いてるし声が出ている。むしろさっきより激しい。
超えた。やりやがった。その臨界点を超えた生命体が今僕らの目の前にいる。
彼女は誰だ?石原夏織、石原夏織である。
感動的なメッセージなんか咀嚼しなくても、こういう瞬間にまた涙が零れ落ちる。凄いところまで到達した。5年と言う歳月にかけた努力、恵まれた音楽環境と心強いファンが居れば…人はここまで辿り着けるのか?グッバイキングレコード!!ハローポニーキャニオン!!!などと思いながら、あまりにステージに立つ君がタフ過ぎて少し怖くなって来た。
恐怖は次の笑みに変わる。止まらない石原夏織はこのブロックの最終曲“Against.”に突入する。人間、本当に意味がわからない時は笑えてくる。もう訳がわからない。この日のライブが後に語られる伝説になることが確定、俺は今日この時点で「ライブはこれで終わりです」と伝えられても喜んで帰るくらいの満足感を得てしまった。やばい。今何曲目?12曲目?半分過ぎたくらいやないか?どうなってんだ??
リリース当初からAgainst.≠ダンスミュージック、むしろ=歌謡ロック説を提唱して来たリスナーとしてはこれを生バンドで聴ける喜びは格別であった。1番に入る前のベース連打、Cメロのギターソロ、完全にそれなのである。石原夏織さんは90〜00年代前半のバンドサウンドを踏襲したものが多いので何度もタイムスリップしてしまう。ダメだもう楽しくて無理。
染み渡る夏のchill out time
再び幕間、ここではダンサー達が登場し盛り上げていく。座る人もかなりいるが、こちらからすればずっと見逃せないシーンの連続であり体を椅子に預ける余裕がない。sakiちゃん、NAOちゃん、mikuroちゃん、moe⭐︎moeちゃん、お馴染みのメンツである。ここを変えずに続けてくれている所もありがたい。
場面は切り替わり、オレンジ色のワンピース(腰部分にえっちな穴空いてるぞおい)で石原夏織さんが登場。チルい夕暮れ時が始まった。ピアノの美しい旋律一本と抱き合うように“Remember Heart,Remember Love”が流れる。原曲とは違うアレンジでいきなり披露された為、数秒は何の曲かわからなかったが理解してからは思わず叫びそうになる。最上級ポップスが最上級バラードに生まれ変わる演出、もう最高としか言いようがない。そして2番からはフルバンドのダイナミズムが絡み合う。
はい。これは完全にMr.Childrenです。ありがとうございました…もうお腹いっぱいです助けて。
余韻を噛み締めながら“曖昧蜃気楼”が始まる。まさに夏の静けさが辺り一面に漂う。じっくりゆっくりとその歌声と意識を繋いでいく。ずっとずっと我慢していた情念が極上のバンドサウンドと共にサビで爆発する。遠くで花火の音が聞こえる。俺の夏はさっき始まって今終わった。そんな気がした。
もはや秋の気配すら感じられた時に新曲“To My Dear”が始まる。家族愛、生きとし生ける者に送られた愛が心身に染み入る。たった一つの雑音すらも存在できないほど聖なる領域、ついに椅子に座ることができた。双眼鏡を使う隙はあるがそれを取り出す音が邪魔な気がする。ずっと見入り、聞き入る。
その空に星が輝き、虹が掛かる時に花は咲く
何かしらMCが入ったと思うが覚えていない…と書こうと思ったが、オタク曰く「次の曲はコロナ禍でみんなに会えない時にできた曲で、までは記憶にありますが、その時点で僕はもう目の前の織姫が愛おしすぎて我を失ってしまいました」と言うリプライを受け取り、なんとか思い出した。ついに名曲“Starcast”がこの世界にドロップされた。
君に会えない時、会える日を何度も夢見た。その間には色んなことが起きた。もちろん楽しいことばかりではない。でもそうやって心を揺れ動かしてる限りは、その音が君に届くような気がした。つらい時も頑張れたのは今日みたいな日がやってくると思えたからである。やっと君と音が重なる。
前回のライブでは4人のダンサーを広く配置+背景全体に星空を映し出すことでその世界観を表現していたと記憶している。今回はその位置にバンドがいる為、4人のダンサーは必然的にセンターに集まることになるが不思議と狭さは感じなかった。おそらくそれは、石原夏織さん本人のボーカルの進化が楽曲に奥深さを与えることで無限のフィールドを獲得したのではないか?と感じられるほどに綺麗な歌声であった。そこにダンサー達、生バンドの表現力が加わることでプラネタリウム的な風景が宇宙規模に拡大するような印象を受けた。涙が止まらない。僕の知ってる石原夏織さんなのに、今日は全然知らない世界ばかり見せてくれる。
涙でグシャグシャになっていると”♮ Melody”が聞こえて来た。もう、もう無理です…1stアルバムの最後に収録されたその曲は石原夏織ソロが今後どのような道を辿るのかを決意表明していた 。
イジワルを言えば、この手の歌詞を活動初期に打ち出すのは難しいことではない。本当に難しいのはもっと時間が経った時に説得力を持たせられるか?だと昔から感じている。今日の石原夏織さん、ここまでのパフォーマンスを見た時にその説得力は過去よりも今のが大きかった。この人にはもう敵わない。
続けて“Plastic Smile”、現時点では1番の代表曲である。確実に訪れてしまう最後に向けて全力疾走を続ける。この辺りは楽曲が強すぎてもう何も覚えていない。とにかく涙が止まらず、その音と歌詞を飲み込むことに精一杯になる。サビ前の風呂桶音が生バンドではかなり薄らいでいたことだけを鮮明に覚えている(どうでも良いことを人は覚えてしまう)。
晴ればかりではなく、雨が降って泣いても泣いても“虹のソルフェージュ”という楽曲が終盤に配置されることで物語は確実に上を向いていく。皆と同じ動き、同じ色に灯されたペンライトはこの時だけは存在しない。一人一人が選んだ色が会場全体を染め上げていく光景をいつも楽しみにしている。時折、振り返ったり視線を上に向けると絶景に出会える。
本編ラスト、約2年間封印されたデビュー曲“Blooming Flower”が披露される。正直さすがにやるだろと思っていたものの、その驚きが拳と声に宿ってしまう。会場いっぱいにカラフルな花、君にしか描けない色の花が咲き誇り舞い散る景色を見た。「躓かずにうまく行く時はいつも不安になってしまう」とあの時歌った儚い少女の姿はもうそこにはなかった。きっと彼女と出会って来た沢山の方々がその大地を支え、地上に根を張ることで今日この日に最高の花を咲かせてくれたんだと確信した。
アンコール。少しずつ大きくなっていく声にまだ何も規制なんてなかった時代を思い出す。声って偉大だ。歓声を受けてステージにその天使が帰ってくる。“夢想的クロニクル”から始まった。音的に言えば当時聞いた時に整理が難しかったが、個人的にはかなり時間をかけて向き合った曲である。無限に広がる空に手を伸ばすようなサビのメロディラインには、同じく上空を仰ぎ僕も手を伸ばしていく。こう言う時に棒を持っていなくて良かったと心底思う。満足度は既に100%を超え、500%あたりに届きそうなライブである。これ以上を求めるのが怖くなる。
MC、Blooming Flowerに触れていたと思う。やはりデビュー曲であり大切にしてきたこと、だからこそ周年とか大事な時にこれからも披露したい…という話だった。「もっとやってくれ」と思う一方、最初から全てを出し惜しみなく披露した彼女がその曲を本編ラストに配置した意図はなんとなく理解していた。
ここ何年かを区切れば、それは間違いなくコロナ以前と以後になってしまう。石原夏織ライブと言う軸で言えば、あの状況で無事に完遂した2021年のMAKE SMILEこそが1つのゴールであったことは間違いない。しかしそこで花は咲き誇らなかった。何故なのか?昨年のライブ、FCイベントですら披露されず、ついにはもう聴けない楽曲なのではないかという憶測も飛んだ。しかしそのどれもが、彼女にとっては“あの頃”に肩を並べる場面ではないと判断していたのかもしれない。もっと先へ、もっと上へ行ける日が来ると確信していた。
彼女が目指した未来は5周年、30歳の誕生日を迎える今日であった。声出しが解禁となり、初の生バンドを採用する上で訪れるアニバーサリー。その時まで彼女は大事な1曲をやらないと決めた。「未来は1秒先で君のスタートを待つ」と歌った挑戦者は、文字通り何年も先の景色を1秒単位で見つめ積み重ね続けた人なんだろうなって…その時やっと理解した。僕は言うまでもなく、ゆいかおりの亡霊であり数時間前に代々木第一体育館を見た時に悪魔と対話した程度のトラウマを抱えた人間である。しかしそんな後悔や憎悪、救われない気持ちは今日やっと何も関係がない桃源郷の向こうで成仏したかもしれないと思えた。
その思い、目線はステージに立つ女神に再び向けられた。今日、史上最高のライブを成し遂げた石原夏織さんは嬉しそうにその気持ちを言葉にしてくれる。到底追いつけない。走り続けるその背中と今日のライブが彼女の生き様そのものを証明していた。
MC、「泣かないと決めていたけどやはり泣いてしまった」と言う話があったと記憶している。それも何気ないシーンに溢れた涙だったから心を掴まれた。体中の水分を汗と涙で使い果たしたオタクに比べれば、よくぞここまで耐え抜いて走り切ってくれたなあと感心するしかない。
「みんなが抱えている悩みを無くすことはできないし自分の悩みを解決するのは自分だと思う。だけど私の歌でその悩みを小さくしたい」と言う事も話していたと思う。本当にその通りだと思う。どれだけ良いライブを見ても、僕と言う人間が変わらなければ何かを解決することはできない。だけどそれを君が小さくしてくれるなら…生きるのはもう少しだけ楽になるかもしれないと思えた時にまた涙が流れる。(めちゃくちゃ真面目な話の時にマイクに顔が当たったり噛んでしまうのがまた愛しい)
アンコール2曲目、Blooming Flowerと同じかそれ以上に封印されてきた“untitled puzzle”が披露される。活動を続けていく中で同系統のアップテンポナンバーが増えた為、しばらくその役目から外されていた名曲である。セトリ予想を行った時にはこの位置に収まるのはPage Flipであると僕は考えていたのでかなり驚いた。これからも石原夏織さんと僕らで未来のページをめくっていく…それで今日は終わるはずだった。
歌詞を読んでいるとPage Flipよりも今日と言う日には似合うような気がした。これからの彼女に必要なのは、今まで僕らと共に読み進めて来た本ではないのかもしれない。石原夏織らしさを強要される必要性は存在せず、これから彼女はもっと自由なシナリオを歩いていく。今日の予感を超えていく人である。ライブが終わってセトリを振り返った時にそのような事を感じた。
正真正銘のラスト、別れが訪れた途端に会いたくて会いたくてこの思いを止められない僕らに向けて“Face to Face”が始まった。彼女はステージを降りて、客席の通路を歩いていく。この演出は、コロナによる規制が始まるほんの少し前に当時のツアー(地方公演)でも行っていた。数週間後、確かツアーファイナルとなった東京公演では、規制が始まり客席に降りることが不可能になったはず。「いつか再び、もっと近くで歌いたい」と言う彼女の願いは今日ついに叶った。ここまで本当に長かった。ファンのマナーも良くないとこの演出は出来ない。本当に色んなことが今やっと当たり前に出来るようになったんだなと実感する。
その音、言葉、歌が全てを物語っていた。ありがとう。
音が鳴り止んだ後も、大歓声と拍手は鳴り止まない。どんな時も感謝を忘れずに深々と頭を下げるその姿には、ゆいかおり時代から何ら変わらない彼女の姿を見たような気がした。
ありがとう。今日来れなかったら一生後悔していた。最高のライブだった。
そしてまた生活は続く。
ライブが終わるとFC限定のお見送りイベントが始まった。準備に少し時間がかかっていたが、ライブの満足感から文句なども特に出てこない。「あの曲今日やってねえな…」とか「アルバム発売の告知なかったな?遅くない?」、確かに後から振り返れば何かしら思うところはあったのだが、そう言う感情が入り込む余地がない。“満たされる”と言うのは、こう言う日の感情のことを指し示すのだと理解した。
お見送りは立ち止まって話すことはできない。僕の前の人が「ありがとう!」くらいは言っていたので「最高だったよ!」くらいしか伝えられなかった。ライブが終わって一目でも会えるならそれで良い。
夜行バスまではまだ時間があったので余韻に浸りながら夜の空気を吸い込んだ。「今日こそは絶対にブログを書く」…そう決めた。長い間筆を取らなかった僕が今日ばかりは書かなくてはいけない…と言う気持ちになれるほどの満足感があった。実際、ここまで10000文字以上のほぼ自分語りを続けていると楽しくなって来たし心の整理ができた。この気持ちを思い出せた事も石原夏織さんに感謝している。
そろそろ渋谷近辺を出ないといけない時間になった頃、なんとなく送っていたLINEに返事が来た。それは先日約束していたが会えなかったフォロワーからの連絡だった。今日同じライブを見ていたことを知る。この機会を逃せばまた簡単には会えない。頑張ればあと10分くらいは話せる時間がある。すぐさま通話して待ち合わせる。
信号の向こうにフォロワーはいた。会うなり今日の感想をお互いにぶつけ合うと笑みが溢れる。「素直に良かったね…って最初に言えるライブだった。そう言うライブが好き。本当に来て良かった😂」と話していた。僕も同じ気持ちだった。
ライブが終わって数時間後、サーチをかけたが誰も詳しいセトリを投稿していなかった。この手のライブでそんな事態に遭遇するのは初めてだった。もうみんな今日に夢中すぎてそれどころではないんだなって理解した。同じ気持ちだった。
帰り道、今日のことを再び思い出しながら書き記した。
僕は多分人に頼るのがあんまり得意じゃないけど少し改善していきたいなと思った。時代は複雑で、1人で生きていくのは大変だけど石原夏織さんはみんなに愛されて、みんなと共に歩んでいくと言うか…だから1人では出来ないすごいことを成し遂げられる。そう言うところが本当にすごいし、かっこいい。あとやっぱり30才を迎えた今が一番魅力的だと言うことも伝えておきたい。一昔前、アイドルなどを語る時は若さこそが最大の魅力で、すぐに「劣化した」などと口走る輩が居たが本当に失礼極まりない。見る側の視点が腐ってるからそう言う風にしか見えないのである。目を磨いて幸せに生きていこう。
ライブも良かったし会いたい人にも会うことができた。もう何をどう転んでも300000000点くらいで世界一に幸せだった。完璧に幸せな夜が明けていく。
朝日が昇り、また日常がやってきた。夢でも見ていた気分だったが現実だった。こんなこと書かなくても良いんだけど、ライブを見ても心が大きく動かなければ僕はファンクラブをやめるつもりだった。今はその気持ちは消えてしまった。このステージの先、次に石原夏織さんがどんな未来を選択するかが今は楽しみで仕方ない。そしてやっぱりめちゃくちゃにその人柄が好きで離れられない。人柄と音楽性の良し悪しはイコールじゃないんだけど、ライブ終わりに関係者一人一人に思いをツイートしていく石原夏織さんを見てると本当に出来た人だなと感心する。
ライブを見るまで抱えていた気持ち、続いてきた日々を投げ捨てることはもっと簡単にできた。捨てなくて良かった。どんな向き合い方でも良いから抱えていく。僕はみんなみたいにずっと石原夏織さんを見つめて変わらない熱量で応援できる…とは今後も約束できないような人間である。そしていつもみんなが頑張って支え作ってくれた場所に都合の良い時に顔を出すだけの人間である。そこはきっと変わらないんだけど、皆さんには本当に頭が上がらないし感謝しかない。僕は僕のできることをやっていく。
だからじゃないけど、たまにはこう言うブログを書いて貢献できたら良いな…と思いました。最後まで読んで頂きありがとうございました。
また現場でも声かけてね👋
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