夢帰行3
仁志の病気
自分の病気が大したことではないと思えなくなったのは、その日の午後のことだった。
田舎に住む姉が突然この病室にやってきたのだ。
一緒に病室に来た恋人奈津子に
「お前が知らせたのか?」
余計なことをと言いたげに奈津子をにらむ横から、一回りも年の離れた姉の幸江が口をはさんだ。
「この人じゃねぇ。清美さんだ。この人には病院の入り口でたまたま会っただけだ。」
田舎訛りの話し方は相変わらずだ。
「清美が?どうして知ってる?」
仁志は二人の顔を順番に見比べながら問いかけた。
「遙ちゃんのことで電話があった時、つい・・・」
奈津子がすまなそうに言った。
「遙ちゃん。かなり危ない状況だって」
遙とは、仁志と清美の子供である。
二年前の夏に白血病と診断された子であと半年で5歳になる子だ。
清美とは一年半前に離婚しているため、遙の病状はほとんど知らなかった。
一時は寛解に向かっているとも聞いたため、そのまま完治するのだろうと勝手に思っていた。
「清美さんはあんたに知らせようと思って何度も電話したらしいけど、この人が取り次がなかったらしい。」
「なあ、そうだろう?」
幸江は、奈津子を詰るように問い詰めた。
「それは・・・」奈津子の言い訳を遮るように
「俺が口止めしていたんだ。」
仁志が口をはさんだ。
奈津子は不満気に頬をやや膨らませ、長い髪をいじりながら、この年の離れた姉弟を見比べていた。
「まあそれはいい。けどなんでうちらにも連絡寄こさねぇんだ。」
「母さんも随分心配していたぞ。」
「お前のこともだけど、遙ちゃんの病気のことだって。」
「父さんももう歳だし、畑出らんねぇから、毎日お前らのこと仏さんにお願いしてんだぞ。」
家族の思いを一気に仁志にぶつけてきた。
元々口数の多い人ではなかったはずだが、余程気に入らないことが重なったのだろう、かなり感情を高ぶらせている。
幸江は感情的になると東北訛りが止まらなくなる。
これ以上感情が高ぶると涙さえ流しかねない。
歳のいった両親よりもこの姉に育てられた感が強い仁志は、姉に泣かれることに弱いのだった。
「だから、心配かけたくなかったんだよ。この程度の病気でいちいち連絡するもの可笑しいだろう。子供じゃないんだから。」
姉の顔も見ず、面倒臭そうに答えた。
この歳になってまで、ちょっとした病気で入院したからと言って、いちいち田舎から出てこられちゃ、極まりが悪くて仕方ない。
奈津子の手前、何とか姉を宥めたかったが、巧い言葉が見つからなかった。
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