見出し画像

昭和奇譚「古井戸を覗く子供・・・」   


 そのコを見たのは、竹藪から悪ガキ3人と出て来た時だった。
竹藪は、わたㇲらの住む引揚者専用住宅の土地を、都に提供した地主、オオヌキさんの邸宅の大庭北側を囲んでいる。
雑誌でみた忍者の、竹を利用した縄ばしごと水筒を作ってみようと、外側から竹藪に入り数本切り出したところで、古井戸を覗いている5歳くらいのコと出くわしたのだった。
古井戸は、旧母屋の裏手にあり、利用しなくなって随分経つのか、朽ち果てた感じで、横には石祠(せきし)が祀られてあった。なので、わたㇲら子供もそこはむやみにイジることはなかったのだが、落下防止用の蓋は、どうやらそのコが開けてしまっていたようだった・・・。
そこの竹盗りは大人でも時々やる。けれど、わたㇲら悪ガキに限り、見つかればポコチンがちぢみあがるほどの形相でオオヌキタヌキの爺さんに、鍬を振りかざされ追い立てられるのだが、竹藪を出たときはそれ以上にドキリとし、
3人とも足がすくんだ。
(だ、誰だッ・・・・・!??)
「なにしてんだよ!?」・・・
仲間の一人が声をかけたが、こちらを見ようともしない。井戸の縁に両手をかけ、ジッと中を覗いてるだけだ・・・。
恐る恐る・・わたㇲらも覗いて見た。
ずうっと下の方で陽の光に照らされた洗面器大ほどの水面が、わたㇲらを映しているだけ・・・だったが、そのコが、何かブツブツと呟いてるのは分かった。
まるで、水面と会話でもしてるように・・・。
その時、大庭の向こうの方で女性の声がした。
そのコは声の方を振り返り何かしゃべりながら走っていった。
ロシア語だった・・・。
「あ~!アレだよ~!フジイさん家の親戚の~・・!」仲間の一人がちょっと得意げにつぶやいた。
フジイさんというのは、藤井タマラさんといって、帰化した一人住まいのロシア人のおばあさん。そこへ数日前から、娘さんだか親戚だか定かではないが、絶世の美女が来てると住宅じゅうで評判になっていた。
住宅には帰化したロシア人母子が7世帯ほど住んではいたが、子供らはまだ十代だし、見慣れたせいかその人らには誰も騒がない。のちに大人になると、みんなモデルのような美男美女になっていったのだが・・・。
とにかく、そのフジイさん家に来てる女性を見た者は、芸能人でも見たかのように大はしゃぎしていたのだった。
「アレ子供だったのか、あのロシア人の」
「でもキモチワルかったなぁ!見たかよぉ!?井戸・・」
「水面だろ!!?」
「あのコがヒソヒソブツブツ言うたびに~」
そう、ロシアの男の子が井戸の底に向かってくぐもるたびに、
水面は小さく波紋が広がり、まるで返事をしてるようだったのだ・・・。
 
***
 古井戸の底をのぞいた時は、内側にカマドウマが何匹かへばりついているのが見えた。
ずっと後に、古井戸のアノことが話題になった際、ロシアのコがブツブツ言うたびに、応えるように水面に波紋が広がったのは、カマドウマが誘因ではないか、つまり、水面だかにいたカマドウマが足をチョン、波紋広がる、足をチョン、広がる・・何度も続いているその波紋の合間につぶやいてたのを、波紋が応えているように見えたのだろう。ということが、大人になった私らの”見解”だった。
でも、水面にはカマドウマは一匹も浮いていなかった。

いいなと思ったら応援しよう!