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「Sing a song.」
ムスリムの世界では、音楽を麻薬と同じ危険物として説く宗派もあると聞く。解釈や意図には賛否両論あろうが、私の第一印象としては「当たらずとも遠からず」だ。
私も若かりし頃は、好きなアイドルやユニットもいたが、CDやラジオ、テレビなどで楽しむだけで、コンサートに行きたいと思ったことは一度もなかった。「のめり込む」対象にはならなかったのだ。
音楽に対する見方が変わったのは、7年前に、仕事でタイを訪れたときだ。プロジェクトの現地リーダー(M氏)が、歓迎を兼ねて海辺のレストランでディナーをごちそうしてくれた。辛さを除けばほぼ味覚に合うローカルフードに、海も空も染めてゆく夕焼けと昼間の暑さを忘れるような潮風、そして、会話を邪魔しない音楽を届けてくれる生バンドも心地よかった。英語が中心だが、時々タイ語の曲が混じるのもいい。
デザートがサーブされ始めると、M氏がバンドに向かって歩き出した。何かリクエストでも伝えにいったのかと思ったら、マイクを受け取り、演奏スタッフに何かを伝えている。昼間の敏腕ぶりを思い出し、スピーチでも始めるのかと思いきや、なんと演奏が始まるとそのまま歌いだしてしまった。曲はBee Geesの「To Love Somebody」、Ben E. Kingの「Stand By Me」、そして最後はElvis Presleyの「Hound Dog」。選曲から、すでに彼の歳がおわかりだろうか(苦笑)。
でも、正直驚いた。シンガーでも十分に通用するほどに上手かった。尋ねてみると、若い頃はアメリカで過ごし、バンドの真似事もやっていたらしいが、お金にならないからと諦め、タイに拠点を移したという。生まれて初めて「ライブミュージック」の魅力に触れた夜。ステージらしい設えがなくても、楽器があり、シンガーが歌っているところがステージになるーー。そんな気軽さ、日常感から、M氏も気軽に歌いにいけるし、私もその光景に出くわすことができた。
あらためて比較してみると、日本では、生演奏は結婚式などすごく特別なイベントか、コンサートやライブハウスなど興行の類、あるいは、将来、ミュージシャンを目指す若者たちの路上演奏くらいしかないように思う。一方、タイでは、どの街角のレストランやパブにも2人からのバンドがいて、心地よい音楽を奏でてくれている。つまり、メジャーデビューできないまでも、音楽で生きていける選択肢が多いということだ。
コロナ禍でデジタルインフラが整備され、タイでもBGMが日本のようなサブスクに変わっていくかと考えると、そうはならないと思う。たぶん、一定の国々では「ライブミュージック」は文化なのだ。
以前、日本特有のものとして「カラオッキー(カラオケのこと)」が海外で注目されたことがある。日本人駐在の多い国や地域でカラオケバーも普及し、今では認知度もあがった。M氏が来日したときにカラオケに誘ってみたが、「カラオケは苦手なんだ」とのってこなかった。趣味でボイストレーニングに通っている知人も「カラオケのマイクでは歌えない。」と言っていたのを思い出す。
デジタルの曲に歌い手が合わせていくのと異なり、演奏者が歌い手に合わせてくれるところや、歌い手と弾き手のパフォーマンスの相乗効果もライブミュージックの醍醐味なのだろう。
還暦を過ぎたとは思えない、パワフルヴォイスの「To Love Somebody」を聞いて以来、尊敬するビジネスリーダーというより、シンガーとしての彼に会いに行く気持ちが大きかった気がする。
コロナ禍でもう二年以上も会えていないが、次に彼に会えたら真っ先に言いたいのは、やっぱり「Sing a song.(一曲、歌って)」だ。