SIBセミナー「介護予防分野等でのソーシャル・インパクト・ボンド活用の展望」
2019年2月9日に、経済産業省主催で開催されたSIBセミナー「介護予防分野等でのソーシャル・インパクト・ボンド活用の展望」、参加してきました。
https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=33751
1. SIBセミナーの概要
経済産業省では、平成28年度からSIB事業の案件組成の支援を行っており、これまでの取り組みや事例の紹介を中心としたセミナーでした。
経済産業省では、社会的課題解決の有効な手段としてSIBの導入を推進しており、実証事業や案件形成支援を行っています。平成28年度は、神戸市、八王子市においてSIB事業の案件形成を支援し、昨年度からそれぞれSIBを活用した「糖尿病性腎症重症化予防事業」、「大腸がん検診・精密検査受診率向上事業」が行われ、今年11月にはそれぞれ目標を上回る成果を創出し、初回の成果連動型支払いが実行されました。また、昨年度は新たに広島県及び県下6市による連携型SIB事業の案件形成を支援し、今年度からSIBを活用した「ソーシャルインパクトボンド(SIB)の手法を用いた新たながん検診の個別受診勧奨業務」が行われています。
さらに、今年度は、介護予防分野等におけるSIBの導入を推進するために、当該分野における事業化支援やロジックモデルの構築、海外事例調査等を進めています。
プログラムは二部構成で、第一部は経産省・厚労省・内閣官房での取り組みの紹介。
第一部
開会挨拶
西川和見氏(経済産業省 商務・サービスグループヘルスケア産業課 課長)
1-1 経済産業省におけるSIBに関する取組と介護予防分野のへの波及の期待
高橋正樹氏(経済産業省 商務・サービスグループヘルスケア産業課 課長補佐)
1-2 厚生労働省におけるSIBの取組み
日野力氏(厚生労働省 政策統括官付社会保障担当参事官室 政策企画官)
1-3 地方創生推進交付金を活用したSIB推進に向けた取組について
奥村滉太郎氏(内閣官房 まち・ひと・しごと創生本部事務局 主査)
平成29年度に実施した神戸市と八王子市のSIB案件の成果や、平成30年度の厚労省による採択事業の紹介、SIB広域連携モデルの紹介、地方創生交付金を活用したSIBの取組など、濃い内容でした。
第二部は、事業者や中間支援組織、資金提供者によるパネルディスカッション。各事業者の熱意溢れるプレゼンが印象的でした。
第二部
パネルディスカッション
介護予防分野等のSIB事例から見たSIB導入の意義及びSIB事業化のポイントについて
伊藤眞治氏(株式会社公文教育研究会 学習療法センター 副代表)
松尾洋氏(株式会社くまもと健康支援研究所 代表取締役)
谷直和氏(徳島ヴォルティス株式会社 取締役事業本部長兼ホームタウン推進部部長)
藤田滋氏(公益財団法人日本財団 経営企画部パートナー開発チーム)
石田直美氏(株式会社日本総合研究所 リサーチコンサルティング部門 プリンシパル)
公文教育研究会は天理市における認知症予防プログラムのSIB事業、くまもと健康支援研究所は介護度重度化防止SIB事業、徳島ヴォルティスは美馬市における健康増進プログラムのSIB事業をご紹介いただきました。
また、行政による債務負担行為により、複数年のSIB事業を実施されていることや、藤田氏が言及されていた「アウトカムファンド」も印象的でした。
2. 気になったトピックについて深堀
今回は、印象に残った以下のトピックについて、まとめてみたいと思います。
① 債務負担行為について
② SIB広域連携モデルについて
③ 地方創生推進交付金を活用したSIBの取組について
2-① 債務負担行為について
今回のセミナーでは、事業者の方から何度か「債務負担行為」という言葉が出てきました。
行政は単年度主義で、基本的に作成した一年分の予算(この一年、何にお金を使うか決められたもの)に沿った支出しか出来ません。そのため、複数年度にわたる支払を予算に盛り込むことはできないのです。しかし、事業の大型化や複雑化を背景に、支出が複数年度にわたる事業が増えてきました。この場合、「債務負担行為」を利用し、将来的な支払いの発生が予定されている契約を負うとして、予算の「内容の一部」として、議会の議決により設定されます。
債務負担行為とは・・・債務負担行為は、契約等で発生する債務の負担を設定する行為で、予算の「内容の一部」として、議会の議決によって設定されますが、歳出予算には含まれません。
債務負担行為は、あくまでその時点でまだ歳出の予定が確定しているわけではないからです。したがって、現実に現金支出が必要となった場合は、あらためて歳出予算に計上(現年度化)しなければなりません。
事業の大型化、複雑化などで、事業が複数年度にわたる場合、債務負担行為を利用するケースが増えていますが、当然将来の支出を伴うものであるため、財政運営上、適正な運用が求められます。
茅ヶ崎市HP「財政用語の解説」より
http://www.city.chigasaki.kanagawa.jp/zaisei/1008507.html
今回のセミナーでも、SIBの対象テーマの設定ポイントとして、
・既存事業のうち、現状の方策を改善したいが改善策が不明な事業や、今後対応すべきではあるが、その方法が分からないテーマ(新規事業)について、SIBの活用が期待される
・ヘルスケア領域においては、成果が出るまでに一定の期間を要する予防事業において、従来の手法から転換して活用することが期待される
と紹介していました。SIBの活用が期待される事業には、成果が出るまでに一定の期間を要する事業が対象となっている一方、行政の単年度主義という本来的な枠組みからするとハードルがあるため、債務負担行為は、SIB事業を成立させるために行政に理解してもらう必要のある重要なポイントとなっています。
実際、神戸市や八王子市のSIB事業についても、債務負担行為により複数事業年での事業を成立させています。
事業期間:
神戸市の糖尿病性腎症等の重症化予防事業 2017年7月~2020年3月
八王子市の大腸がん検診・精密検査の受診勧奨事業 2017年5月~2019年8月
一方で、2018年6月15日に閣議決定された「未来投資戦略2018」に、「成果連動型民間委託契約方式の普及促進」という項目が含まれており、その中で債務負担行為についての記載が入り、複数年での事業実施への気運が高まっています。
国が成果連動型民間委託契約方式のモデル実証事業等を実施するため民間事業者と契約する場合には、評価指標を測定する上で十分な事業実施期間を設定する。事業実施期間が複数年にわたる場合には債務負担行為を活用して複数年契約を締結するよう努める。
実際に、徳島ヴォルティス谷氏も、パネルディスカッションの中で債務負担行為について言及しており、2018年11月に発表した「美馬市×大塚製薬×徳島ヴォルティス連携 健康づくりプロジェクト」の中でも、
H31年度当初予算計上(予定) (歳出予算+債務負担行為)
条件が整い次第・・・・・美馬市-徳島ヴォルティス(契約期間:5年間) SIB契約
「美馬市×大塚製薬×徳島ヴォルティス連携 健康づくりプロジェクト」
http://www.city.mima.lg.jp/gyousei/shiseizenpan/sousei-p/files/mimashi_SIB_PJ.pdf
としています。ちなみに、この後のトピックでもある「地方創生推進交付金」にも申請されるようです。
またパネリストの公文・伊藤氏の発表資料でも、
2018年度の厚労省研究事業として「認知症施策における民間活力を活用した課題解決スキーム等の官民連携モデルに関する調査研究事業」に参画し、2019年度以降は、そのコンソーシアムメンバーである、天理市・大川市・慶応・公文で協定を締結し、3か年の成果連動型支払事業による認知症施策を計画中
としており、その場合、債務負担行為が必要であることを言及していました。
また、くまもと健康支援研究所・松尾氏も、「現在、3か年の計画として議会承認待ち」とのこと。
今後も、債務負担行為を利用した複数事業年でのSIB事業組成に期待が高まります。
2-② SIB広域連携モデルについて
広域連携モデルによる案件形成事例として、広島県内で県と複数市が連携したモデルと、県域を越えた市町連携での広域連携モデルが紹介されていました。ここでは、広島県内で県と複数市が連携したモデルを紹介します。
SIBの案件組成の課題の一つとして、「事業規模が小さい」ということが挙げられると思います。例えば、神戸市であれば予定事業費は約2,400万円、八王子市で約976万円です。特に八王子のような数百万円という規模ですと、固定費としてかかってくると思われる、SIB組成コストや事業の評価費用等の割合が大きくなってしまい、案件として成立させることが難しくなってくると思います。
また、ヘルスケア領域の場合、例えば国保の管轄が都道府県であるように、いち自治体の事業の成果が、都道府県や国レベルにまで波及するケースが多いのではないかと思います。
こうしたことを背景に、広域連携モデルが模索されてきたのだと思いますが、その国内初の事例となるのが、「広島県および県域6 自治体連携SIB 導入モデル(大腸がん検診受診率向上)」となります。
概要
[名 称] 広島県および県域6 自治体連携SIB 導入モデル(大腸がん検診受診率向上)
[規 模] 22,294,000 円
[期 間] 2018 年10 月から2020 年9 月 ※評価期間含む
[事業者] 株式会社キャンサースキャン
[案件組成支援] ケイスリー株式会社
[資金提供者]一般財団法人社会的投資推進財団、株式会社広島銀行、株式会社みずほ銀行、個人投資家(ミュージックセキュリティーズ株式会社仲介のクラウドファンディング)
面白いと思ったのが支払スキームで、6市(尾道市、庄原市、竹原市、福山市、府中市、三次市)のよる固定払いと広島県の成果連動払いの二階建てになっていたこと。
具体的には以下の通りで、最大支払額のうち2割弱を市から固定で支払、残りは成果に連動させて広島県が支払うという仕組み。
県 18,414 千円:人件費(受診勧奨,分析等)等【成果連動支払】
6市 3,880 千円:勧奨資材作成費,郵送費等【固定支払】
「広島県におけるソーシャルインパクトボンド(SIB)の手法を用いた新たながん検診の個別受診勧奨の実施について」
https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/337092.pdf
ただでさえ関係者の多いSIB事業を複数自治体で、となると、中間支援として入っているケイスリー株式会社のような事業者の苦労はしのばれますが・・・事業規模が大きくなり、SIBの案件として成立しやすくなると、資金提供者の層も厚くなってきそうですね。こうした都道府県と複数の市町村が連携した、広域連携モデルについても今後の展開が期待されます。
3-③ 地方創生推進交付金を活用したSIBの取組について
広域連携モデルによる案件形成事例として紹介されていた、県域を越えた市町連携での広域連携モデルが、まさに地方創生推進交付金を活用したSIBの取組でした。
地方創生推進交付金とは、地域再生法に基づく支援メニューの一つです。
地域再生法と地域再生制度について
地域の創意工夫を凝らした自主的かつ自立的な取組を推進することが重要として、平成17年地域再生法を制定。平成17年の法制定以降、7度の法改正により、支援措置メニューを充実。特に、平成26年からの地方創生の流れに呼応し、支援措置メニューの強化が加速。地方創生全体の方向性を定める「まち・ひと・しごと創生法」と、個別地域における具体的な支援措置を提供する「地域再生法」の2法が両輪となって地方創生を推進。
地方公共団体が作成する地域再生計画を内閣総理大臣が認定、認定計画に基づく措置を通じて、自主的・自立的な地域の活力の再生に関する取組を支援する。支援メニューの一つが、地方創生推進交付金。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/tiikisaisei/pdf/gaiyou.pdf
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