ドラゴンと踊る【FF4同人】

にぎやかだった酒場は、入口りの男の一声で静まり返った。
「離れろ!」
酒場の中の大半が入り口の方に目を向ける中、一人だけカウンターに置いたグラスを眺めたままの男がいた。つい先ほどまでこの酒場の中心人物として、おだてられ、乾杯を受けていた男だ。代わる代わる行われる乾杯が一巡した後に場は一度落ち着き、若い女性が嬉しそうにこの男に近づいた。酒場にいた旅の吟遊詩人は、場の邪魔にならない程度の声量で、この男が登場する有名な歌を歌っていた。ダムシアン王国の王子が作った、世界を救う勇者たちの歌である。

しかし今、酒場は入り口の男によって静まり返っている。
「てめえがカインか。この街に来たことも、酒場で飲んでることも、町中みんな知ってるぜ。そして、俺の嫁に色目使ってやがったってこともよ。」
カインと呼ばれた男の横にいる女は、入り口の男を見てこわばった表情をしている。カインと呼ばれた男はこの間もずっとグラスを眺めていたが、首は動かさぬまま目だけを入り口に向けた。その態度が気に入らなかったのか、入り口の男は足音も荒く近寄り、カインの胸倉をつかもうと手を伸ばす。しかしその瞬間にはカインはいない。
「!?」
男も、女も、酒場にいた誰もが唖然とした。カインが、消えた。
「すまない。」
男の後ろから声がした。カインはいつの間にか男の後ろに立っている。女が横に立っていた以上、回り込むためのスペースはない。これが噂に聞く「ジャンプ」なのか?酒場は先ほどとは違う沈黙に包まれ、吟遊詩人の歌すらも止まった。人間の目で追えない動き、歌にある伝説を目の当たりにしたのだ。

カインは驚く男に対して、両手を肩の高さまで上げながら穏やかに話しかけた。
「旦那さんがいるという話は聞いていたのだが…昔話をね、すこしだけ話し込んでいた所だ。他意はない。貴方が怒っているようなので、もう切り上げる。シンシアさん、ダークバハムートの話はまたいつか機会があったら。」
カインは歌うのをやめていた吟遊詩人に目を向けた。吟遊詩人の背が自然と伸びる。
「彼の歌は、まぁギルバードの歌なんですが、ちょっとよく描き過ぎているので。信じないでくださいね。」
カインは飲んでいた酒にはあわないほどの金貨をカウンターに置いて酒場を出て行った。

良い夜にならないものだ。
英雄譚を聞かせたいわけでも、自分の歌が聞きたいわけでも、酒が飲みたいわけでもなかった。
だが…だがまだ、今夜は何かあるかもしれない。カインはそう感じていた。自分を追う足音は、男のそれではない。
「カインさん。」
酒場を出たカインを、シンシアとは違う別の若い女が追いかけてきていた。足音に気づいていなかった振りを、振り返るときにわずかな驚きを。自分は人間でなくてはならない…カインは自らをコントロールして、あまりゆっくりすぎないように振り返る。
「さっきのお店、私もいました。…世界を救った人達は大人なんですね。」
今夜もまた、良い夜になるかもしれない。世界を救った甲斐があった。バロン王国竜騎士団名誉隊長ここにあり、だ。
「いや、別に。我々だって今後ずっと好き勝手生きてて良いわけではないからね。」
そう言いながら、ニコリと笑う。目のそばに皺を多めに寄せて笑うのが秘訣だ。
「…あの、今夜、泊まる所ありますか?」
今夜もまた、俺は竜に乗るのだ。

カインは試練の山に登った。自分もパラディンに、聖騎士にならなければと思っていたからだ。ローザは貴族の娘であり、故に自分の方がセシルよりふさわしい存在だったはずだ。孤児の暗黒騎士と、家同士の付き合いすらあった竜騎士、どうあろうとも最後には自分が勝るはずだった。しかし、魔物は増え、政は乱れ、単純な貴族の世界は終わった。セシルは世界を救う聖騎士になり、自分はといえば、セシルへの嫉妬心でゴルベーザに操られる始末。乱世は終わり今再び平和の世の中になったところで、元の優位は消え去り、むしろ状況はセシルに有利だった。ならば、改めて自分も試練に打ち勝ち聖騎士になるしかないではないか。

ゼロムスをも倒した歴戦の戦士カインは、試練の山の野良モンスターを物の数ともせずに突き進み、苦労せず試練の祠に対峙した。現れるだろう自分の影を恐れない訳ではなかったが、手にしているホーリーランスを見ると、昔とは違うと自分に言い聞かせることができた。

「カインさんって、世界に平和が訪れたあとも修行を続けて、試練の山に登ったって伺ってますけど」
若い女がグラスにワインを注ぎながら訊ねてきた。
「ああ…そうだよ、一度、平和になった世界での自分を考えてみようと思ったから。」
いつも通りの用意した答え。各地で繰り返された夜が今宵も平穏に進む。
「へぇ、すごいなぁ…。でも、どうしてパラディンにならなかったんですか?竜騎士の方が、良かったんですか?」
カインにとって想定外の二の矢だった。無駄に質問を重ねずに機嫌を取ってくる普通の女かと思っていた。
「…あ、すみません。失礼な質問して。」
「いや…」
カインはワインを見つめて言葉を捜した。丁寧に対応しようという心が生まれていた。新しい夜なのかもしれなかった。
「そう…その、騎士道というのは、その名の通り『道』であり、聖騎士には聖騎士の、竜騎士には竜騎士の、道がある。聖なる力かどうかというだけで、どちらが優れているかは決められない。私は私で、竜騎士の道を究めるべきかなと思ったのさ。」
若い女はカインを見つめ、考えているように
「聖騎士には、聖騎士の、竜騎士には竜騎士の」
と言葉を繰り返した。
「そしておそらく、暗黒騎士には暗黒騎士の。」
「え?」
カインは、自分の最後の呟きを聞き逃した若い女を無視して、ワインを飲み干した。

祠に現れたのは、カイン自らの影ではなかった。デスブリンガーを右手に持った、懐かしき親友の姿…暗黒騎士がカインの前に立っていたのだ。
「…よう。」
暗黒騎士からはセシルの声がする。カインは予想外の事に声が出ない。
「自分の影が出てこなかったことに大層驚いているご様子だな。世界を救った勇者達の一人、バロン王国竜騎士団名誉隊長のカイン様。なに、驚くことは無いよ。あんたの姿もこうして現れるようになるのかもしれないからな。そう、今後ならね。」
暗黒騎士の兜からは表情を読めないが、セシルの声はどこか楽しげだ。
「考えてもご覧よ、自らの負の心に打ち勝って聖騎士になるってのは、本来内面の話だぜ。祠が必要な理由がどこにあるのか、ここに再び来るまでに考えたことはなかったのか?祠ってのは何かを封印する場所だぜ。」
沈黙が訪れる。カインが答を言わねばならない時だ。
「セシルは…ここに封じられた聖なる力を手にしたのだと思っていた。その試練として、自分と向かい合ったのだと。」
暗黒騎士は肩をゆすって大笑いをした。
「傑作だ!笑わせないでくれよ。セシルは別にここに封印されていた聖なる力を手にしてパラディンになった訳じゃない。大体もしお前の仮定が正しいなら、試練の中身が自分自身で済むなんてのは甘っちょろい話じゃないか?」
カインは何も言わなかったが、暗黒騎士の指摘は確かに正しい。今の自分を倒すだけで新しい力が手に入る、そんな都合が良い筈がない。
「分かってきたって顔だな。正解はな、セシルは自らの負の力をここに封じ込めたのさ。だからアイツが戦った相手は俺なのさ。そう…この祠は、歴代の聖騎士様達の負の心の墓場なのさ。ここに過去の傷、後悔、怒り、悲しみ、恨み、嫉妬、性的な迷い、その他諸々のあらゆる後ろめたさを封じ込め、そうして初めて聖人ヅラが出来るって訳さ。王様の耳はロバの耳、って叫ぶお城の裏の穴ポコみたいなものさね。あれはバレちまったが、ここはバレない。凄いだろう?そしてもっと凄いのは、一度聖騎士になると、心の中に負の感情が芽生えなくなるってことさ。もちろん、人間だからさすがにそんなことは無理なんだが、全てここに、俺に転送され封印されてしまう訳だ。そんな都合の良さに目をつぶれるかどうかを試すのが、この祠で行われる自分との戦いの全容さ。」
カインは黙っている。セシルの姿をしていて、セシルの声で話すこの影が、パラディンとしてともにゼロムスを倒したセシルとは結び付けられないのだ。あるいは、昔なら結び付けられたのだろうか。
「…で、あんたはそんな俺を見ちまった訳だ。なんで今更、ゼロムスも倒した今になってパラディンになりに来た?…ローザか。自分もパラディンになればローザとのチャンスがまだある、か?それとも…くはは、ライブラの習得というのもあるな。なんびとの秘密をも暴いてしまうライブラ、セシルの弱点なりローザの秘密なり知りたい放題…ハッハッハ!竜騎士様はスケベでいらっしゃいますな!」
カインは黙っている。
「だんまりかよ…まぁいい。そんなスケベじゃパラディンにもなれないぜ?…まぁしかし、実際パラディンなんてなるものじゃない。なんだいあれは…あれが孤児から叩き上げで暗黒騎士にまでなった実力派のセシル様なのか?なぁ、お前もそう思っただろう?攻撃対象は単体、挙句このデスブリンガーのような首を斬って一撃で殺す迫力も無くなった。ケアル?魔力が低いんだよ。ライブラと『かばう』くらいしか役目が無い。殴るか縁の下だけじゃねぇか。個性的で専門性の強い仲間が増えるから、自分はそのサポートに徹します?冗談がきついよなぁ。」
暗黒騎士は拳を振り上げた。
「俺達はヒーローだぞ!?言わば話の主人公だ!お前みたいな敵味方フラフラする引き立て役なんかじゃないんだ、世界を変えるストーリーの中心人物、しかも実は人間でもないと来たところで、器用貧乏キャラ?馬鹿にするな!我々は無双することが使命だ。攻撃!ああ攻撃に決まってる!複数への強力な攻撃!時に一撃での屠りを伴う、他を寄せ付けない攻撃力!そこまでやっての迫力、勇者の貫禄ってものだ。分かるだろ?暗黒だよ、暗黒!どこまで行っても結局は殺しをやっている以上、『力』っていう絶対のルールがある!あいつは、いや、俺は知っていた!パラディンになったあいつだって知っていた!覚えているだろう?最後にはラグナロク握ってブンブン振り回していたあいつを。そんなラグナロクだって殺しで奪ったものだ。それでいて善人ヅラして、余ったエクスカリバーを忍者に投げさせて…しょうがないにもほどがあるぞ。」
暗黒騎士は肩をすくめた。
「ゼロムスもアンデットではなかったのだから、暗黒騎士で十分通じた訳だ。むしろ魔法には『かばう』も通じない。結果論で言えばゼロムス相手には選択ミスだ。それでいて…ハッ、そんなミスをやらかしておいて、この平和な今やローザの白魔法の方がありがたがられているんじゃ、本気でクズだろうが。奴がパラディンになって最終的に得たものはなんだ?暗黒の力とその快感を失い、代わりに…カイン、お前の求めているローザ、これだけが残った。残ったと言えば聞こえはいいが、実際は家柄無視してまでくっついたってことで評価を得ているローザに尻に敷かれてる有様さ。コスト払うだけ払って、英雄になっても、最終的な人生は凡庸で退屈な人間になってしまう。そして、そうさ、そろそろ分かっただろう。奴の中で生まれる負の感情は奴に認識されないまま俺に流れ込み、歴代のパラディンが残した影よりダントツに濃い影になってこうしてここにある。だから俺は、暗黒騎士の形なのさ。凄いぞ、奴は。この調子じゃこの祠で封じきれるのか。」
影の最後の言葉にカインはすかさず身構える。しかし暗黒騎士の影はにやりと笑うばかりだ。
「ほら。今のだよ。お前はこんな祠に負の感情を残さなくても十分勇者になれる。セシルってのは、つまるところは要領が悪かった。ボムの指輪にしてもそうだろ?ダメなんだよ、あいつは。自分の頭で上手くやろうとするほどにドツボにはまってしまう奴が、自分を偽ってガチガチに固めている。見苦しい。カイン、お前は違う。お前は正直だろう?己の心が分かっている。囚われていないから、自由にふるまってきた。それでいい。竜騎士の道は覇道だ。人ではなく竜に心を近づけていくのに、人の道を歩む必要はない。自分を欺く必要なく、飛翔し、急降下して獲物を捕らえる。自由な翼を持っている。お前は好きなだけ、竜と踊っていればいいのだ。」

夢から覚めると、自分の横に若い女が寝ていた。どうしてこうなったのかを思い出す。

槍で首を貫かれた竜は、むなしい。それでも竜に乗るしか、自分が生きていると思える時がない。

だがそのカインを、あの「セシル」は認めている。そう分かったから、山を降りる事が出来た。

「竜騎士の道、か…」
その呟きを拾ってか、若い女も目を覚ます。
「あ、カインさん…もう起きてたの?」
その声は妙に甘い。会話は普段とは違う夜だったが、最後には、いつもの朝だ。一体こういう事をどれだけしてきたのだろう。
「わたし、変な夢を見てたんですよ。ローザ様がセシル様を家でこき使ってるんですよ。でもなんか、世界を救った聖騎士が恐妻家だったってのも、面白いかなぁ、なんて。」
「ああ、彼は実際恐妻家だよ。」
カインは自分が「彼」と口走った時に、もはや暗黒騎士の姿が頭になかった事を自覚した。

終わり

【あとがき】
書いた理由が思い出せない。

このFF4同人は、11年くらい前(2007年)に書いたもののリメイクを2018年にして、その後また手直しをしたものです。実は書き下ろした2007年は、リメイク版FF4にはクリア後のおまけにダークカイン(ルナバハムート)という存在がいると知りませんでした。
2018年に再アップするにあたり、FF4リメイクについて調べて初めて存在を知りました。挙句、おまけでダークカインを倒しても、それでもカインが(再度ゼロムスを倒してEDを迎える時に)試練の山に登るというではないですか。いやいやなんですかそれ。エンディングを変える余裕ぐらいあったでしょうよ。

なので、やはり、ダークカインなんていない。

強くそう信じ込むに至りました。カインは、本当に正気に戻ってなお、ああだったのだ、と。自分に正直な人間だったのだと思う事が出来ました。彼は自由になれれば、もっとやれる。平和になった世界で、誰よりも自由に、縛られずに、そして少しむなしく、彼は飛べる。

↑クリエイターと言われるのこっぱずかしいですが、サポートを頂けるのは一つの夢でもあります。