見出し画像

住宅の省エネ基準再考③

外皮計算を楽しくやる

 ①で私は次のように書いた。

「温熱環境について(熱の移動について)学び始めるときにはもっとも大事なもの」と考えているので、外皮計算をできるだけとっつきやすく、楽しいものにする努力を続けてきた。

 これは極めて重要な内容であり、国もこうした努力を真剣に行う必要があるとこれまで強く思ってきたし、いまもそう思っている。外皮計算をやる会社は増えてきたが、それでもまだ多くの会社は「(面倒だけど)申請のためにやらないといけないからやっている」という状況だ。「申請のための外皮計算」に成り下がっているということであり、これはあまりにもったいない。

 外皮計算は熱移動の理論に従って進められる。たとえば部位の(熱貫流による)熱移動は「熱貫流率×面積」で求められる。だからここで熱貫流率という数値が重要であることがわかる。熱貫流率を小さくしたほうがその部位の熱移動を少なくできるわけだ。その意味もわからずにUA値という結果だけを見て「省エネ基準クリアだ」「G1クリアだ」と判断しても、熱移動のイメージがつかめない。そのイメージがつかめないと楽しくない。

 たとえば外壁の仕様をいろいろ変えて熱貫流率を求めてみると、「なるほど、こんなふうに仕様を変えると熱貫流率が小さくなって、外壁から逃げる熱がこれくらい変わるんだ」ということがわかってくる。なんとなく熱というものが見えてくる。そうすると楽しくなってくる。

 さらには、熱移動の量を次の式を使って「W(ワット)」という単位で出してみると、それがとても身近なものになる。

 熱移動量(W)=熱貫流率(W/㎡K)×面積(㎡)×内外温度差(K)

 ここで熱移動量が500Wになれば「電気ストーブの発熱量の半分くらいだ」ということがわかる。そうすると熱が移動する量が明確につかめるようになってますます楽しくなってくる。

 また「熱貫流」というのは「物体表面での熱移動(対流と放射)」と「物体内部での熱移動(伝導)」を合体させた概念だ。だから「熱貫流を学ぶこと=熱移動の基礎理論を学ぶこと」になる(熱貫流を伝導だけの熱移動と考えているような情報を見ることがあるが、これは間違い)。

 私はこの15年以上、温熱環境を学ぶための勉強会やセミナーでは必ず、最初にこうした内容をじっくり解説してきた(実際には日射熱の移動についても解説する)。それによって熱移動のイメージが生まれ、外皮計算の理屈に納得し、外皮計算をやる本当の意味(その建物の基本的な熱性能を求めること)がわかった人がたくさん出てきてくれたと自己評価している。

さらに外皮計算を楽しくやる

 こうした解説を進めながらも、さらに私は「もっと外皮計算を楽しくできないか?」ということを考えていた。10年前くらいのことだ。そこで考えたのは「外皮計算と室温をつなげられないか?」ということ。

 そこでみんなに最初に紹介したのは次の式。さっき書いた熱移動量の式と基本的には同じだ。

必要熱量(W)=Q値(W/㎡K)×延床面積(㎡)×(室温-外気温)(K)

 この式によって、Q値、延床面積、室温、外気温の条件を入れれば、その室温を保つために必要な熱量が求められる。

 一方、「必要熱量=建物内での発生熱量」として数値を確定させ、室温以外の数値を入れると、室温が計算できる。たとえばこんな感じ。

 5000W=1.9W/㎡K×100㎡×(室温-5)K

 室温=21.3℃

 こうした計算によって「Q値と室温がつながること」がわかるわけで、建築実務者にとても受けた。しかし私は「これは定常状態のときしか使えないし(現実の室温は変化するし)、なんとかして外皮計算と『変化する室温』をつなげられないか?」ということを考えるようになった。つまり外皮計算の結果を使って、たとえば1日の室温変化が計算できるような式をつくることはできないだろうかと考えたわけだ。

 いろいろ試行錯誤しているうちに、そんな式を思いつくことができた。そこで改めて詳しく自宅で実験をしたりして、その式で出せる室温変化が実際とかなり合うことが確かめられた。

 当初はその「1日の室温変化が出せるプログラム」をエクセルで提供していたのだが、EnergyZOOをつくる企画が持ち上がって、そこに「室温シミュレーター」という名前で組み込むことにした。

 この室温シミュレーターの最大の特徴は、「外皮計算結果と室温変化をつなげている」というところにある。つまり外皮計算でQ値がわかれば、あとはちょっと入力すれば、次のように1日の室温変化がグラフでわかるようになっている。

画像1

画像2

 上のグラフが6地域でQ値=1.9W/㎡Kくらい(およそG1レベル)、下はQ値=2.7W/㎡Kくらい(省エネ基準ギリギリ)。こうしたグラフが得られることで、住宅の建築実務者は明確に「外皮計算でQ値を出す意味」がわかる。

 そうなれば「やっぱり外皮計算しなくちゃ」となるし、それが楽しくなってくる。建築実務者が何より知りたいのは、「どんな家にしたらどんな室内環境になるか?」というところだ。それはQ値やUA値を見ているだけではつかめない。

 もちろんQ値やUA値を出しておいて、その家の室温を実測すればその関係はある程度つかめる。しかし実測をしている住宅会社はとても少ない。おもしろいことに(予想通りに)、こうやって室温をシミュレートすることによって、実測を始める住宅会社がものすごく増えた。シミュレーションの結果と実際が合っているかを確かめたいからだ。

 何かの基準をつくり、それを使って補助金を出したりする仕組みは、基準をクリアするかどうかだけに関心が向かってしまい、本来住宅会社や実務者が目指すべき「どうすれば良い家を提供できるか?」というテーマに対して思考停止になってしまいがちだ。

 省エネ基準での外皮計算やエネルギー消費性能計算は、うまく使えば「どうすれば良い家を提供できるか?」に対する大きな情報を与えてくれる。私はこの30年ほど住宅業界にいるが、この国で住宅に携わる人の多くは真面目で、良質で適切な情報を強く望んでいると確信する。国も本気になって、腰を据えて、そうした情報を提供してくれることを望みたい。

いいなと思ったら応援しよう!