見出し画像

住宅の温熱環境を巡る話題 湿度①

 少し前から一部の住宅建築実務者の間で湿度が注目され、湿度の中でも「絶対湿度」が注目されているようだ。このことについて考察してみたい。

 最初に改めて確認しておくと、湿度の指標には「絶対湿度」と「相対湿度」がある。絶対湿度は「単位量(kgもしくは㎥)あたりの水蒸気量もしくは水蒸気圧」を表したものであり、相対湿度は「飽和水蒸気量に対する絶対湿度の比(通常は%で表現)」という意味(定義)になる。

 相対湿度(%)=絶対湿度/飽和水蒸気量×100 ・・・(式A)

 ここで飽和水蒸気量は温度によって異なるから、同じ絶対湿度でも相対湿度は変わってくる。また、相対湿度を求める式に絶対湿度が入っているから、相対湿度と絶対湿度はまったく別モノではなく、お互いに関係しあっている(数学的にいえば「相対湿度は絶対湿度(と飽和水蒸気量)の関数であり、また逆も同じ」ということ)。

 相対湿度から絶対湿度への変換や絶対湿度から相対湿度への変換をしたいときには、計算式を使ったり、飽和水蒸気量の一覧表(下記)を使うという方法がある。

画像1

 さて、絶対湿度が注目されている大きな理由は、「人の熱的快適性や健康性は相対湿度ではなく絶対湿度のほうに大きな影響を受ける。だから絶対湿度をコントロールしよう」というような意見に注目が集まっているからだろう。なお、熱的快適性とは、暑い・寒いを感じる感覚のことで、私はわかりやすいから「暖涼感」と表現することが多いが、ここでは熱的快適性という言葉を使うことにする。

 このあたりの基本理解を進めるために、まずは「熱的快適性と湿度」について考える。「健康性と湿度」については別稿で触れる。

 なお本稿や続稿は、これまで私が学んできたことに加え、IBEC(建築環境・省エネルギー機構)のサイト中にあるJJJ-CHANNELというシリーズ動画で、早稲田大学の田辺新一さん(この分野では我が国の代表的な研究者)をゲストに呼んだ回を大きな参考にしている。とくに注釈がない限り、「田辺さんのコメント」とか「田辺さんの解説では」と表現しているところは、この動画にあるものだと思っていただければよい。なお、この動画シリーズは次のサイトにあるのでぜひ見てほしい。

https://www.jjj-design.org/jjj-channel/jjj-channel/

今回のテーマは「夏の熱的快適性」

 「熱的快適性と湿度」というテーマにおいて、今回は夏に絞って考える。順番に「これまでの研究でわかっていること」を整理しながら進めていきたい。なお、「湿度」と書いているところは、絶対湿度も相対湿度も含んだ表現(どちらでも良い表現)であると考えていただきたい。

1.熱的快適性に影響が大きい要素

 熱的快適感に影響を与える基本要素は「気温」「放射温度」「湿度」「気流速度」「着衣量」「代謝率」の6要素であるということがこの分野の研究で確立されている。なお「放射温度」という言葉にはなじみがないかもしれないので簡単に書くと「身体に面した物体(部屋であれば床、壁、天井、窓)の表面温度」という意味になる。また「代謝率」は簡単に言えば「その人の運動量(どれだけ身体を動かしているか)」の指標だ。

 この要素のうち、室内環境に関連するものは「気温、放射温度、湿度、気流速度」の4つになる。これらが熱的快適性にそれぞれどの程度の影響を与えるのだろうか?

 田辺さんのコメントに「熱的快適性に影響する度合いは、ざっくり気温が4割、放射温度が4割、湿度と気流速度を合わせて2割と思っておいてもらえれば良い」というコメントがある(54回目の動画)。また同じ動画シリーズで、田辺さんから「1年を通じて、住宅での湿度は30%~70%にするという感じで良いと思います」というコメントもあった(56回目の動画。正確には、田辺さんのこのコメント自体は編集で削除されたようで、東京大学の前真之さんが「先ほど田辺先生が言われたように…」に続けてこうしたコメントを紹介し、田辺さんは「まあ、住宅だとそういう範囲だと思います」とコメントしている)。つまり基本的に、

①熱的快適性に対する湿度の影響は小さい

というふうに理解すべきということになる。まずこのことを押さえておこう。

2.夏の熱的快適性を整理する

 夏の熱的快適性も、もちろんすぐ前に書いた6要素のすべてに影響を受け、その中でも温度(気温と放射温度)の影響が大きく、湿度の影響は大きくない。ただし、もう少し詳しく書くと次のようになる。とくに③については、先にご紹介した動画で田辺さんが解説しているもので、私も初めてきちんと理解した内容だった。

②安定した状態にあるときには、熱的快適性に対する湿度の影響は小さい。

③気温や代謝率が上がったりして汗をかいたときには湿度の影響は大きいが、それは長くは続かない。

 まず②からわかることは、安定した状態のときに湿度をコントロールする意味は小さい(気温や放射温度をコントロールする意味のほうが圧倒的に大きい)ということだ。また、「夏の蒸し暑さ」についての定義はおそらくないが、③を蒸し暑く感じるという感覚だと考えるのが妥当だろう。そう考えれば、夏の蒸し暑さは「汗をかく状態と湿度が高いこと」がセットになって感じるものだということがわかる。湿度を下げること(除湿すること)によって汗が速く乾き、蒸し暑さを軽減できるというメカニズムになる。

3.安定した状態での夏の熱的快適性

 次に、先の②の話に絞って議論を進める。上にも「安定した状態では湿度の影響は小さい」と書いたが、湿度の影響は0ではない。その影響を知るには、熱的快適性を決める6要素のすべてを考えながら、その中で湿度の影響度合いを見る必要がある。そうした評価にふさわしいのがPMVという指標だ。PMVはオフィスのような安定的な状態における熱的快適性の指標として世界的に評価され、よく使われているものであり、田辺さんも「PMVは信頼できる指標」とコメントしている。

 ただし、6要素のすべてを考慮してしまうと話がややこしくなるので、他の条件は同じにして、ここでは「気温(室温)と湿度」に限定しながらPMVを使って「安定した状態での夏の熱的快適性がどうなるのか?」を見てみよう。なお、他の4要素の条件についてここでは紹介しないが、常識的な設定であると思ってもらえば良いし、同じ条件で計算しているので、その条件にこだわる必要はない。

 まず、「気温30℃、相対湿度40%」のときは「PMV=1.58」となった。PMVは0に近づくと「寒さも暑さも何も感じない状態」に近づき、プラスの方向に増えると「暑い」、マイナスの方向に増えると「寒い」となるので、このPMV=1.58という結果は「そこそこ暑い」というような状態だ。

 次に、気温29℃に変えて、同じPMV=1.58となる湿度を求めてみると、相対湿度74%になった。ある気温と湿度との組み合わせで得られた快適感(不快感)があり、気温を下げてそれと同じ快適感(不快感)となる状態では、必ず湿度は高くなることを示している。ついでに言うと、たった気温を1℃下げただけなのに、湿度は34%も上がっている。これはまさしく①に書いた「熱的快適性に対する湿度の影響は小さい(湿度よりも温度の影響が大きい)」ということを示している。

 なお、PMVの計算は一般的に相対湿度を使うので、それに従った。しかし絶対湿度を使ってもまったく同じ話になる。そのことについては後述する。

 以上の話は冷静に考えてみれば(自分の経験も思い出してみれば)、極めて当たり前のことだ。つまり、次のことをしっかり頭に入れておく必要がある。

④夏の熱的快適性は気温と湿度をセットで考えないと意味はない。

 だから、安定した状態のときに、湿度計だけを見て「これ以上の湿度になったら不快と感じる」というような判断に意味はない。

4.蒸し暑さを感じるときの気温と湿度

 では次に、先に③で書いた状態について考える。③でも書いたように、蒸し暑さは「気温や代謝率が上がったりして汗をかいたとき」に感じるものだ。そういう意味で、先ほどの安定した状態のときよりも気温の影響が大きくなる。

 さらには、このときにも先ほど述べた話と同じように、ある気温と湿度との組み合わせで得られた蒸し暑さの感覚があり、気温を下げてそれと同じ蒸し暑さを感じる状態では、必ず湿度は高くなる。だから先ほどと同じように、湿度だけを見て「これ以上の湿度になったら蒸し暑く感じる」という判断に意味はない。蒸し暑さを議論するときにも、先に書いた④のことが重要になる。とにかく気温と湿度をセットに考えよう!

5.相対湿度と絶対湿度のどちらを見るべきか?

 先ほど「気温30℃、相対湿度40%」のときは「PMV=1.58」となったと書いた。この「気温30℃、相対湿度40%」というのを、冒頭でご紹介した式Aを使って絶対湿度で書き換えると「気温30℃、絶対湿度12.1g/㎥」となる。この2つの表現は、まったく同じ状態を表している。ここがおそらく相対湿度と絶対湿度を理解する上でもっとも重要なところなのでまとめておこう。

⑤気温とセットで考えるとき、湿度として相対湿度を使っても絶対湿度を使っても、そこで示された状態はまったく同じ。

 そして、そもそも夏の熱的快適性を考えるときには「気温と湿度をセットで考えないと意味はない」ということだったので、必ず条件として気温が設定される。であれば、湿度は相対湿度の絶対湿度のどちらを使っても良いということになる。

 具体例を挙げよう。ある人が絶対湿度計を見て「自分は絶対湿度が12.1g/㎥以上になると不快感を覚える」と判断したとする。この判断には気温が考慮されていないので意味はない(判断の方法が間違っている)ことがわかるだろうし、こうした判断をするときに絶対湿度を見ないといけない理由もない(相対湿度を見ても同じということ)。

 また夏と冬を比べて、「夏は相対湿度は低いが絶対湿度は高い。冬は相対湿度は高いが絶対湿度は低い。だから絶対湿度で見ないと夏に蒸し暑さを感じることが説明できない」という理解もおかしいことがわかるだろう。そもそも蒸し暑さを感じるには「気温が高いこと」が必要であり、気温がまったく違う夏と冬を比べても意味はない。そして、同じ夏なら、湿度が高いほど蒸し暑さを感じるわけだし、それは相対湿度を使っても絶対湿度を使ってもまったく構わないこともすでに述べた通りだ。であれば、慣れている相対湿度のほうを使えばいいと私は思う。

6.付記

 熱的快適性に関する研究者の論文をたくさん見てみると、湿度に関して相対湿度を使っているものがほとんどであることがわかる。相対湿度と絶対湿度の両方で検討している論文もあるが、絶対湿度だけで進めている研究はほとんどない(ぜひ「熱的快適 湿度 論文」などでネット検索してみてほしい)。もちろん研究者はどちらを使っても問題ないと理解しているのだが、おそらく、湿度を測定する機器は(絶対湿度センサーではなく)相対湿度センサーを使っているものが多いからだろう。ちなみに、絶対湿度が表示される機器もあるが、その多くは測定された相対湿度と気温から計算で求めているはずだ。

 私は物理屋なので、相対湿度より絶対湿度のほうがイメージしやすい。だからもし世の中全体が「これから相対湿度をやめて絶対湿度を使うことにします」ということを決めて実行するなら、それには賛成したい。世の中全体の理科的リテラシーを向上させるには、%よりもg/㎥やg/kgという単位のほうが良いと思うし…。ちなみに絶対湿度で行くならg/kgよりg/㎥のほうが良いと思う。g/kgでは空気1kgというのがイメージしにくいから。でも、どう考えても絶対湿度に変更するとは思えない。

 絶対湿度のほうが明快なので、絶対湿度を見るべきと思う感覚はよくわかる。でも、今回のようにしっかり論を進めてみると、そうした感覚だけで絶対湿度を見るべきという判断をしてしまうと落とし穴があることがわかる。

7.今回のまとめ

 そもそも熱的快適性に対する湿度の影響は小さく、夏の蒸し暑さについて湿度の影響は一定にあるものの、夏における熱的快適性を見るには気温と湿度をセットにして考えないと意味はなく、そうであれば相対湿度と絶対湿度のどちらで表現しても同じことなので、ことさら絶対湿度を持ち出す理由は見当たらない。

 今回はこのへんでオシマイ。まだこのテーマは続くので、続けて読んでほしい。絶対湿度で見たほうが良い分野もあるし。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?