今の自分

 ふと、夜に眠る前の僅かな時間。その時間を過ごす時には部屋の電灯はオフにして、縦型のナイトライトなどという小洒落た物を点けて、寝転がって上を見る。ベッドテントを採用している自分の視界には、テントの天井と、自分が可愛いと思う品々が入る。

 エアコンを入れて、温かくはないものの寒くないと言う程度の温度設定で、冬でも布団から出た手足がそこまで冷たくなることも無い。一人暮らしの室内は、自分には少し大きすぎて。それでも、ベッドテントがあるとそこがすぐに自分のテリトリーとして認識できる。人生で何度か転居しているが、ベッドテントを知る前は部屋に慣れるまで電灯を消して寝られなかったり、そこに存在することが恐怖だったりする人間だった。

 まあ、そんなことは本筋に関係なく。自分の眠る前の時間は充実していると思う。外敵に怯えること無く、寒さ暑さに困らず、空腹では無く、しかし腹一杯でなく、耳栓で外音をシャットアウトして、自分好みのお茶がサイドテーブルに置かれ、自分好みの香りを焚いて、風呂に入ってゆったりとほぐした体、清潔な服、柔らかな布団に肌触りのよい毛布、シルクの枕カバーに、柔らかいクッションを抱いてそっと目を閉じる。

 自分の幸せはこう言うものだと思う。人と話すことや人と過ごすことにあまり楽しさを感じないタイプなので、パーティの席は好きじゃ無い。飲み会なんかはたまになら楽しいと感じるけれど、頻繁だと苦痛になる。
 ああ、そうだ。だから会社も仕事は好きだけれど、他人と話すのが好きじゃ無い。なぜすぐに出来ないのか、出来ない言い訳を探すのかと理解しがたい事が多い。
 
 また話がずれた。幸せの本質って何だろうと思った。「幸せになりたい」「幸せになるぞ」と言っている間は幸せでは無い、という言葉がとても理解できるようになった。
 幸せはただ、何も無いそこにあると思う。

 頭痛がした時、頭痛が無い時が普通に思っていたけれど、それは幸せだったと理解するような。

 マイナスが出て初めて、今までのゼロでフラットな状態が幸せだったと思うのかもしれない。プラスで無くても、マイナスじゃないならそれは幸せなんだと思う。

 幸せのことを考える時、必ずと言って良いほどお金の話が出てくる。私はお金を力だと思ってる。お金を払ってしてもらえる事は、お金が無ければしてもらえない事で、自分のわがままを通せるものなのだと。

 お金で物を買うのは、お金が無ければお前に渡したくないって事だと思うし、髪を切るのも、電車に乗るのもそうだと思う。
 自分に出来ないことを他人にして貰おうとする、力なんだと思う。
 だから、高いものや高いサービスを受ける時、自分がこの値段でこれが出来るかと考えたら、出来ないからやって貰うんだなあと思ったりしてる。

 何が言いたいのかよく分からなくなってきたから今日はもう、快適な部屋でゆっくりとゲームでもしていよう。