【ショートショート】「花畑探検隊」~古蓮町物語シリーズ⑤
「琉はそっちを探せ! みーちゃんはあっちだ!」
隊長の大和くんが僕たちに指示をする姿は、本当に生き生きとしていた。
今僕たちが何を探し、なぜ探すことになったのか順を追って説明しよう。
それは僕がおじさんの家で収穫されたトウモロコシをご馳走するため、迫沼美森ちゃんを訪ねて駄菓子屋さんに行ったことから始まった。
その日、美森ちゃんと遊んでいた大和くんとは初対面だったけれど、誘ったら来てくれた。この町の友達は美森ちゃんしかいなかったから、友達が増えるのは大歓迎だ。
「沢の近くにクワンソウの花畑があるから、たくさん摘んできて。どこにあるか見つけられるかな?」
僕たちがトウモロコシを食べていたとき、おばさんからのミッションが発動された。
クワンソウは、沖縄に自生しているオレンジ色の花で、普通は9月~10月に咲くらしい。
沖縄でもないのに、この町にもクワンソウがあり、しかもなぜか8月に咲くのだという。様々な料理に使え、薬効成分もあるこの花は、町の人たちが好んで食べているらしい。
僕と美森ちゃんはこの町に来たばかりだから知らないのは当然だが、大和くんもその花畑がどこにあるのか知らないようだった。
これは、探しに行くしかない!
一番この街を知っている大和くんが隊長、僕と美森ちゃんが隊員として『花畑探検隊』が結成された。
そして今、森の中にある沢まで来て、捜索を始めたところだった。
「隊長!こっちにはありません!」
美森ちゃんが敬礼しながら言った。
ノリの良さに僕は思わず笑いそうになった。
「よし、それじゃあもう少し先を探してくれ」
大和くんもノリノリだ。
「了解しました!」
美森ちゃんは奥の方へ歩いて行った。
「ねぇ、大和くん、この花は違うのかなぁ?」
僕が大和くんに尋ねると、
「隊長と呼べ!」と返された。
なりきりすぎでしょ! と思ったけれど、とりあえず従っておく。
「隊長! この花はどうでありますか?」
「うーん、確かにオレンジ色だな。しかし君のおばさんはたくさん咲いていると言っていた。違うのではないかな?」
「はっ!他を探してみるであります!」
……このノリ、いつまで続ければいいんだろう?
探してもなかなかそれらしい花は見つからなかった。
もしかしたら、もっと沢から離れたところにあるのかもしれない。
そう思って周りを見回していたとき、美森ちゃんがパタパタと走ってきた。
「琉くん、あっちに洞窟がある」
美森ちゃんの言葉に僕はドキドキした。本当の冒険みたいだ。
「ねぇねぇ、大和くん! あっちに洞窟があるって!」
少し離れたところを探索していた大和くんに向かって叫んだ。
「洞窟? ホントに?」
大和くんは急いでこっちに向かってきた。
もう軍隊口調はしなくても大丈夫らしい。
美森ちゃんの案内で歩いて行くと、ゴツゴツした岩の間にぽっかり空いた穴があった。
僕たち3人はお互いを見てゴクリと唾を飲み込む。
「入ろうぜ」好奇心たっぷりに大和くんが言う。
「うん。行ってみよう」僕も行く気満々だ。
「ちょっと怖いな……」美森ちゃんは不安そうだった。
「大丈夫!俺たちが付いているから」
大和くんが励ますと、美森ちゃんも決意の表情でうなずいた。
「よし、行くぞ!」
洞窟の中はひんやりしていて薄暗く、足元にゴロゴロと石があった。
大和くんが先頭に立ち、その後に続く美森ちゃんは大和くんの服をギュッと握っていた。その後に僕が続く。
道は左側に曲がっていく一本道だ。
先が見えない道に、先頭を歩く大和くんの歩幅がだんだん小さくなっていったそのときだった。
「あれ?」
美森ちゃんは小走りで大和くんの前に出て何かを拾い上げた。
一輪のオレンジ色の花だった。
ほのかに爽やかな甘い香りが漂ってくる。
「これじゃない?」
その発見は僕たちに勇気と希望を与えた。
この先に花畑があるのかもしれない。
「よし、行くぞ!」
大和くんは気合いを入れ直し、僕たちもうなずいた。
進んで行くと、程なく洞窟の出口が見えてきた。
「わぁ……キレイ!」
洞窟を抜けた先に、青とオレンジの世界が広がっていた。
「クワンソウ……見つけた」
僕は鳥肌が立った。
「やったー! 見つけたぞ!」
僕たちは花畑の周りをハイタッチしながら飛んだり走ったり、しばらくの間喜びまくった。
鈴なりのクワンソウが青空の下で風を受けて波打っていた。
その空間は、クワンソウのための世界のようにさえ思えた。
発見できた高揚感もすべて飲み込まれてしまったかのように、僕たちはただ静かにその風景をぼんやりと眺めていた。
時間が止まったように感じた。
ここにいるとすべてのことを忘れてしまう気がした。
「この花、摘みたくないな」
美森ちゃんがつぶやく。
「うん……。花だって、ここでみんなと咲いてた方が嬉しいよな」
大和くんも花畑を見ながらうなずいた。
僕も同じ気持ちだった。
洞窟の奥でひっそりと暮らしている花たちを愛おしく感じていた。
「摘むのやめよっか」
僕は笑顔で2人の方を振り向いた。
「でも、お前のおばさんに何て言えばいいんだよ?」
大和くんが困り顔で問いかけてきた。
「見つからなかったことにすればいいじゃん!」
僕の意見に、大和くんも美森ちゃんも笑顔で賛成した。
帰りの洞窟で美森ちゃんは、来るときに拾ったクワンソウの花を持って歩いていた。
「それ、どうするの?」
僕が尋ねると美森ちゃんは花を見ながら答えた。
「クワンソウのお墓を作るの。行き先を教えてくれて、帰り道を照らしてくれてありがとうって」
家に帰ると、おばさんが出迎えてくれた。
「おかえり。花はどうしたの?」
「うん、見つからなかった」
おばさんは、そう答えた僕の横にいた美森ちゃんがポケットに手を入れている姿を見ていた。
まずい……。
僕はドキドキした。
「そっか。じゃあ仕方ないね。スイカ冷えてるからみんなで食べな」
おばさんはニッコリ笑った。
次の日駄菓子屋さんに行くと、澄み切った青空の中、見晴らしの良い場所に小さな土の山があった。オレンジ色に塗られたアイスの串と共に。