【ショートショート】「果たすべき任務」~古蓮町物語シリーズ①~
図らずも僕、小畑琉(11歳)は夏休み初日から、古蓮町という田舎にある親戚のおじさん家に滞在している。お母さんの都合によって生み出された世紀の大誤算だ。
友達と遊ぶ約束も、近くの公園で開かれるお祭りに行く計画も、充実した夏休みの計画は僕の予定からすべて消えてしまった。迷惑極まりない話である。
しかもここは暇すぎる。田舎すぎて携帯の電波も入らないし、インターネットもない。今どきそんな場所があるのかと驚かされた。
ゲーム機もないし、おじさん家には子供もいない。
とにかく、何も楽しみがない。
『暇地獄からの脱出』
どうにかしてこの任務を遂行しなければならない。何とかこの状況を打破しないと僕は暇死してしまう。
僕は以前、古民家風のレストランに行ったことがあるが、おじさんの家はその建物によく似ている。まさにリアル古民家だ。それは良いが、エアコンすらないのは勘弁して欲しい。そこまで古民家を追求しなくてもいいじゃないか。
涼しさを感じるのは、縁側からたまに入ってくる風だけ。
扇風機はあるけれど、他人の家のものを勝手に動かすわけにもいかない。
風が当たるとチリーンと鳴る風鈴に、
「この音を聞くと涼しくなるでしょ?」
と、おばさんは言うが、音なんか聞いても気温は下がらない。
このままでは暇死した僕の体は、太陽がもたらす灼熱によって焼かれ、風鈴の音で成仏させられてしまうだろう。
とにかく暇だ。
何もすることがない。しかも暑い。
「琉ちゃーん、こっちおいでー」
おばさんの声が台所の方から聞こえてきた。
僕がいる茶の間からはガラスの引き戸を開けてすぐ隣だ。
「はーい」
暇すぎて死んでしまうよりは、おばさんの手伝いをした方がましだ。僕はすかさず呼びかけに応じた。
台所に行くと、おばさんは大量のトウモロコシを茹でていた。さっき『近所におすそ分けをする』と言っていたから、それの準備だろうか。
おじさん家の台所は半分土間になっている。土間には竈があった。アニメでしか見たことのなかった風景が実在していることは驚きでしかない。
今おばさんはまさに竈を使っている。それで茹でられるトウモロコシを見ると、地獄の『釜茹での刑』の絵を思い出してしまった。
「あ、琉ちゃん、悪いけどお肉を買ってきてくれない? ひき肉500g」
おばさんはパーマ頭から滴る汗をタオルで拭きながら僕に言った。
「え……でも……」
僕がここに来た時、おじさんは『勝手に一人で出歩かないように』と言っていた。これも僕の暇を助長する一因である。外に行ったら怒られるかもしれない。
「大丈夫よ。商店街は大きい道路に出ればすぐそこだから」
おばさんは、お肉屋さんの場所が分からないから、僕がおつかいに行くのをためらったのだ、と思ったらしい。確かに場所も分からなかったけど、僕にとっておじさんの一言はそれより大きい問題だった。
「いえ、そうじゃなくて……」
僕はおばさんに、おじさんから言われたことを話した。するとおばさんは、着ている花柄シャツの胸ポケットから何かを取り出しながら豪快に笑った。
「あはははは。それはね、道に迷うと大変だからって意味だよ。琉くんはこの街のこと分からないでしょ? だから心配して言ったのね」
なんだ。そういうことだったのか。
僕は『熊が出た』とか、何か特別な理由があって外に出ちゃいけないんだと思っていた。
おばさんは僕の手のひらに、ポケットから出した4つ折りの千円札を置いた。
「ひき肉500gね。おつりは琉ちゃんにあげるから、商店街の端にある駄菓子屋さんでアイスでも食べておいでよ」
おばさんはニコッと微笑んだ。
何も楽しみのないこの環境で、『知らない街を歩き、ひき肉を買う』というミッションと、それを達成した後の『アイス』という報酬は、僕にとってこの上ない冒険のように感じた。
「うん。ありがとう。おばさん、行ってきます」
勇者は買い物かごという武器を装備して、勝手口から旅路に就いた。もちろんサンダルという防具を履いたのは言うまでもない。
いざ冒険の旅へ。
こうして僕は何もすることがない暇地獄から抜け出すことに成功した。