30歳でドラマ オレンジデイズを見て思うこと

◾️青春の教科書、オレンジデイズ

先日、TVerに昔TBSで放送されていたオレンジデイズの動画が挙がっていたので、ちょっと懐かしくなって一気見した。思い返すとオレンジデイズは数回見たことがあるものの、実は1話からちゃんと見たことがなかった気がする。2004年放送当時も、再放送の時も、気が付いた時には数話が放送された後で、いつも4話くらいから見始めていたと思う。今回改めて1話からドラマを見ると気が付くことが色々とあった。それにTVで放送されていた当時私は中学2年生で、オレンジデイズを見て完全に感化された。大学生になったらオレンジデイズが待っていると信じて疑わなかった。私たちの世代でオレンジデイズのドラマを見て大学生活に憧れた人は多かったと思う。30歳になった今、当然このドラマも見る観点も変わっていて、当時とは違った感想も持った。今回は30歳になって改めてオレンジデイズを見て思ったことを書きたいと思う。
 
◾️大人になる前の一瞬

まずもって、このドラマは大学生と社会人の間を描いた作品である。主人公の櫂(妻夫木聡)は大学4年生で、ドラマの冒頭で大学4年生の自分の位置づけを「子どもでいられる最後の年」と言っている。イキナリこれが衝撃だった。今まで1話はほとんどまともに見ていなかったし、中学2年生の私には大人(社会人)になるほんの少し前の大学生の微妙な心理など知る由もなかった。ただただ大学生のキラキラした毎日を描いた作品だと思っていたから、そういうちょっと切ない心理を前提としていることには全く気がつかなかった。これが当時の印象と違ったことの一つ目。

◾️なんとなく過ぎていった大学生活

次に、ドラマの中の主人公たちも、必ずしも毎日キラキラした生活を送って4年間過ごしていた訳ではなかったこと。これは茜(白石美帆)が仲間との交換ノート(オレンジノート)に、これといった思い出もないまま気がついたら大学時代が過ぎ去っていていたと綴っているところや、櫂や沙絵(柴咲コウ)がみんなでキャンプに行った際に、こんな青春っぽいことしたのは初めてだと言っているシーンから覗える。ドラマでは飲みに行ったり旅行に出かけたり、みんなで集まっているシーンを中心に話が流れるので、毎日みんなが同じ時間を過ごしているようにも見えてしまうのだが、実際は、現実の大学生活がそうであるように、授業やバイト、サークルなど各々がバラバラに過ごしている時間がほとんどなのだろう。実際、ドラマの主人公の5人は大学生活も終わりかけの4年生になって出会った訳で、もしかしたらそれまでは結構寂しい大学生活を送っていたのかもしれない。だからこのドラマは、大人になるちょっと前、最後の青春を仲間と楽しもうとする大学生の日常を切り取った作品なのだ。

◾️キャンパスライフってそういうもの

これらは大学生を経験した今ならわかるのだが、中学2年生の私、どころか高校生になった私もこのドラマの焦点がどこにあるのか、大学生活がどのようなものであるかさっぱりわかっていなかった。だからオレンジデイズを夢見て毎日仲間と遊んで暮らせると思って大学に入った私は、1~2年生の頃、大学生活って意外と孤独なんだなとよく思っていた。改めて振り返ってみても大学生活って結構孤独で寂しかった。大学生ってそれまでの学生生活や社会人生活と比べても一人でいる時間が長いと思う。毎日毎日顔を合わせてずっと同じ時間を過ごす誰かはいないし、いくつものコミュニティに所属することはできるけれどどこも宙ぶらりんで本当の居場所ではない気がしてしまう。もちろん勉強もしないといけないし、バイトをしなければみんなと遊ぶお金だってない。みんなで集まってワイワイしている場面は楽しいけれど、解散したら各々が毎日どのような生活を送っているのかよくわからないし、独りを感じる瞬間も結構あったりする。キャンパスライフと言うけれど、そもそもキャンパスにいない時間も長かったと思う。(私は私立マンモス校に通っていてしかも文系だったから、よりそう思うのかもしれない。国立や理系の学部、美大、音大などに通っていたらまた違う感覚なんだろうと想像している。)それでも、その孤独に慣れて大学生活も板につき、いよいよ社会人の影がちらつくようになった頃、やっと大学生活が楽しくなった気がする。やっぱり私も大学生活を思い浮かべて思い出すのは大学4年生の記憶が圧倒的に多いように思える。きっと私もオレンジデイズの主人公たちのように、最後の青春を謳歌しようとあがいていたのだと思う。現実の大学生活は中学2年生の時に憧れたように、必ずしも毎日仲間に囲まれたキラキラとしたキャンパスライフではなかったけれど、振り返って思い出す大学生活はやっぱり輝いていて眩しい。

◾️働いているだけでかっこいい

最後に、ドラマの中で櫂が翔平(成宮寛貴)と喧嘩するシーン。毎日満員電車に揺られ、上司にペコペコしているサラリーマンなんかにはなりたくないという翔平に対して、櫂はそんなサラリーマンを見てかっこいいと思う、と言う。そんな彼らだって、ちゃんとどこかの企業に選ばれて、今までずっと働いてきたんだな、と。このセリフは30歳を目前に控えた私にはなかなか響くものがあった。確かに就職活動に勤しんでいた当時、私も街行くサラリーマンを見て、彼らもみな誰かに選ばれた人たちなんだなと、試練を乗り越えて今ここで働いているんだなと尊敬の念を抱いたことがあった気がする。でも社会に出てある程度の年月が経って、毎日世間に揉みくちゃにされているうちに、いつの間にかそんな気持ちを忘れてしまっていた。年次を重ねるにつれ増えていく責任と、一方であと何十年も働く未来にうんざりするけど、就職が決まる前の漠然とした不安を抱えている学生からしたら贅沢な悩みなのかもしれない。もちろん、中学2年生の私にはさっぱりそのセリフの意味がわかっていなかったし、そんなシーンがあったことすら覚えていなかった。

同じ映画やドラマでも見たときの年齢や当時の心境によって見え方が違ってくる。30歳を前にした私にとってのオレンジデイズは、青春の煌めきを思い出さてくれるものであり、今の自分をちょっとだけ肯定してくれる、そんな作品だった。

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