数学ダージリン【毎週ショートショートnote】
紅茶を淹れる彼は、いつもちょっぴり面倒くさい。
「ねえ、もう飲んでいいでしょ?」
「だーめ。これから仕上げなんだから」
ティーカップに手を伸ばす私を、彼は片手で制する。
「最後にラズベリーとミントをこれくらいずつ加えて、と」
「あーもう小難しいことばっかり!なんで紅茶を淹れるだけなのに数学すんの!」
私が頬を膨らませると、彼はそっとティーカップを差し出してきた。
「はい、完成。数学ダージリン」
「なにそれ」
「小難しいことばっかりした紅茶だよ」
ゆっくりとカップに口を近づける。湯気が顔に当たって、鼻を刺激した。そのまま紅茶を一口含むと、芳醇な甘さが口いっぱいに広がる。
「……おいしい」
「でしょ」
私は次の一口を啜りながら、目の前でガッツポーズする彼を見つめていた。
でも、そんな彼はもういない。
今日の朝も、スーパーのティーパックで手短に紅茶を淹れた。足すのはスプーン一杯の砂糖だけ。
「これじゃ、算数ダージリンだよ」
ぼそっと呟いた声は、たちのぼる湯気とともに消えていった。