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【読書メモ】『赤毛のアン』再読中③戦争とアンの子供たち


 アンには子供が6人、男の子と女の子が3人ずついます。
 『アンの娘リラ』は、アンの一家が第一次世界大戦に巻き込まれる物語です。

 歴史に疎い私は「第一次世界大戦にカナダなんて参戦してたかしら」なんて思ってしまったのですが、カナダは当時英国領だったため英国側として戦いました。

 志願兵の募集(当時のカナダは徴兵制ではありませんでした)が始まるとアンの長男は率先して入隊します。

 出征の時はみんなで駅まで見送りに。泣いたりすると顰蹙を買うので、人々は笑顔を装います。そんな中、ストレートに感情を表していたのが長男の愛犬。どこか遠いところに行ってしまうと悟って、長男を乗せた汽車を必死に追いかける!なんと戦争が終結するまでずっと駅に住みついて、誰が迎えに行っても家に帰ろうとしませんでした。毎日汽車がホームに到着して人が降りてくるたびに、長男の姿はないかと目で探していたのです。ハチ公にも劣らぬ忠犬ぶりです(泣)。

 次男については後ほど述べます。

 三男も後に志願して従軍します。

 双子の長女と次女は学業の傍らアンと共に赤十字の活動に参加し、兵士が使うシーツを縫ったり靴下を編んだり。カナダは戦場にはなりませんでしたが、国家総動員で戦地の支援にあたったのです。

 そして三女。リラという愛称の末娘の視点でこの物語は描かれます。
 上のきょうだいと違って進学する気もなく、なんだか頼りない少女だったリラ。しかし何か役に立ちたいと青少年の赤十字を組織したり戦争孤児となった赤ちゃんの世話をしたり。働き手が戦地に行っている商店の手伝いなんかもします。そんな中でリラは少しずつ成長していきます。
 戦時下の辛い暮らしの中で、アンは母親としてその成長を見守り、いつしかリラが心の支えになっていました。そのことをアンは次のように語ります。

「リラは、この4年の間に、立派に成長しましたよ。前はあてにならない若い女の子だったのに、今は役に立つ女らしい娘になって、あの子は私の慰めですよ。(中略)あの子がいなかったら、この大変な年月をどうやって過ごせたかわからないわ、ギルバート」

『アンの娘リラ』第32章より


 リラといちばん仲が良かったきょうだいが、次男のウォルター。アンに似て詩を愛する繊細な若者です。

 誇らしげに戦地に赴いた兄と違って、ウォルターは戦争に行きたくありません。
 血を見るのも嫌いな子でした。以前弟が怪我をした時は、自分の方が卒倒しそうだったくらい(『虹の谷のアン』でのエピソード)。負傷して苦痛を味わうことを考えると恐ろしくてたまりません。
 戦争はイヤだ、という正直な気持ちを、ウォルターはリラだけに語ります。

ぼくは行かなくてはならないのに…行きたいと思うべきなのに…行きたくないんだ…考えるのも嫌なんだ…だから、恥ずかしいんだ…ぼくは、自分を恥じているんだ

 自分が人に危害を加えるなんてもっと恐ろしい。

考えただけで気分が悪くなる…攻撃を受けるよりも、攻撃を与えること…つまりぼくが、銃剣を、人に突き刺すことを思うと、もっと胸が悪くなるんだ

『アンの娘リラ』第5章より

 戦争が怖いのも人殺しをしたくないのも当たり前だと思うんですが、こんなことはとても他人に話せる状況ではありませんでした。
 健康な若い男が出征をためらえば臆病者、卑怯者と罵られる。実際ウォルターには差出人不明の嫌がらせの封書が届いたりしています。公の場で反戦を訴える人もいましたが、村中から非難され、家に石を投げられる目に。戦争に協力的でない人は徹底的にバッシングを受けたのです。

 ある日、ついにウォルターも入隊を決めます。ドイツ軍の攻撃でたくさんの民間人、特に女性や子供が死んでいる現実に、自分が戦う意義を見出したのでした。

妹よ。この戦争には、恐ろしいほどの醜悪さがたくさんある…それを世界から一掃する力になりたいと思って、ぼくは行くんだ。人生の美しさを守るために戦うんだ、リラ・マイ・リラ…それが、ぼくの使命だ。

『アンの娘リラ』第14章より


 ウォルターの決意を受け止め、兄を支えようと決心したリラ。この時からリラの内面は急速に成熟します。

この夜から、リラ・ブライスの心は、苦しみに耐える包容力、強さ、忍耐力をそなえた大人の女性の心となった。

『アンの娘リラ』第14章より


 結局、ウォルターはフランスで戦死してしまいます。

 後になってリラに手紙が届きます。
 塹壕から出て突撃する作戦の前日に、死を覚悟して書かれたものでした。
 長文なので引用はしませんが、ウォルターはカナダだけでなく人類の未来を守るために戦っており、その信念は生き残ったリラたちが語り継いでほしいと手紙には書かれていました。それを読んだリラは、全生涯をかけてウォルターの信念を守ることを心に誓うのです。

 このように、第一次世界大戦を戦うことはウォルターらにとって正義でした。作者のモンゴメリもそう考えていたのだと思います。
 しかし、後年、モンゴメリの戦争に対する考え方には変化が。それをうかがわせるのが、モンゴメリ最後の作品集『アンの想い出の日々』(原題The Blythes are Quoted)です。
 第二次世界大戦中にまとめられたこの作品の中で、ウォルターが書いたとされる詩の内容は厭戦的。この時期にこのような作品を発表しようとすることに、反戦の意図が感じられるのです。
 ウォルター作とされる《余波》という詩の一部です。

細く美しい 弟のような青年を
無惨にも殺め 喜びに浸る
血塗れた髪を前にして 私の心は満たされる
血の気の失せた 美しき青年よ!
私は鉄剣を掲げ 歓喜の雄叫びをあげ
青年は 虫けらのように 身もだえる
熱気を帯びた戦場を 埋め尽くす屍
我々は 勝利をものにした!
(中略)
地獄をつぶさに見つめ
我々の目は 焼けただれた
生きて還る者よりも 戦い命果てた者は幸いだ
死が 記憶を洗い清め
すべてを忘れ去ることができるから
(中略)
安らかな眠りは 二度と再び訪れはしない

『アンの想い出の日々』下巻より

 この凄絶な詩には、ウォルターが妹に語った「使命」や「信念」は影を潜めています。
 フランスの戦場で書かれたこの詩は故郷の母の元に届けられました。孫のいる年齢となったアンは、長男のジェムだけにこの詩を読んで聞かせます。

ジェムは言った。
「ウォルターは、決して誰かを突き殺してなんかいないよ、母さん。でも、見たんだ…見てしまったんだ…」

アン(落ち着き払って) 今にしてみれば、ウォルターが生きて還ってこなかったのは、幸いだったと思うのよ。あの子は戦争の記憶をもっては生きていかれなかったでしょうよ…無駄に犠牲になった多くの尊い命を目にしたのなら、そのおぞましい恐怖の記憶が脳裏に焼きついて離れなかった…。

『アンの想い出の日々』下巻より


 この詩が含まれた『アンの想い出の日々』の原稿は1942年に出版社に届けられましたが、長い間出版されることはありませんでした。
 1974年に反戦的な部分などが大幅にカットされた形で一度出版されましたが、完全な形で世に出たのは2009年になってからのことです。

 ちなみに、アンの長男と三男は生き残りました。帰還して汽車から降りてきた長男ジェムを最初に出迎えたのは、言うまでもなくジェムの犬。4年半もの間、駅でジェムを待ち続けていたのでした(泣)。

 …今回はなんだか暗い話になってしまいました。
 次回からは少し違ったトーンで、『赤毛のアン』シリーズを読んで感じたことを書く予定です(物語の順番にこだわらず、思いつくまま書くつもりです)。


 この記事での引用は次の2冊を用いました。

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