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【読書メモ】『赤毛のアン』再読中⑥アンと、政治とか選挙とか

 アンが手違いでダイアナにお酒を振る舞ってしまったことがあります。「ラズベリー水」だとばかり思って出した飲み物が「カシス酒」だったのです。マリラが置き場所を誤ってアンに伝えていたせいなのですが、ダイアナのお母さんは娘を酔っ払わせたアンを許さず、アンはダイアナと遊ばせてもらえなくなります。
 ダイアナのお母さんの怒りが解けたのは、ダイアナの幼い妹が深夜に急病で命が危なくなったところをアンが助けたのがきっかけでした。

 なんでアンがそういうことになったかというと、その晩多くの大人がアヴォンリーからいなくなっていたから。カナダの首相がプリンスエドワード島に遊説に来たのを泊まりがけで見に行っていたのです。

 アヴォンリーの住民の大半は、首相の政党を支持していた。そこで大会の夜は、男性のほとんどすべてと、女性の相当数が、30マイル離れたシャーロットタウンへ出かけていた。レイチェル・リンド夫人も出かけた。彼女は熱狂的な政治好きで、政治集会というものは、自分がいなければうまく運営できないと信じていたのだ。もっとも、夫人は、首相とは対立する政党を支持していたのだが。

『赤毛のアン』第18章より

 村の大人がごっそり移動するほどの盛り上がりってすごくないですか?野党を支持するリンド夫人まで与党の政治集会に参加してしまうとは、よほど関心があったのか。テレビやインターネットのない時代、首相の生演説なんて滅多にないエキサイティングなイベントだったのでしょう。フィクションとはいえ、当時の様子を反映している描写だろうと思います。
 私も実家にいた頃、毒舌が売りの国会議員が選挙の応援演説に来るというので、隣町までママチャリをこいで野次馬に行ったことがあります。でも今の時代、たとえ総理大臣が演説に来るとしても特に見たいとは思わないし、ましてや日帰りできないような遠方には行きたくありません。

マリラ・カスバートも一緒に行った。マリラ自身、政治には、ひそかに関心があったし、本物の首相を見る機会はまたとないだろうと思い、翌日帰宅するまでの家事は、アンとマシューにまかせ、さっさとその機に便乗した。

『赤毛のアン』第18章より

 なんとマリラまで!日頃は淡々としているように見えて意外と好奇心旺盛な人だったんですね(ちなみにこの頃のカナダにはまだ女性に参政権はありません)。

 そんなわけで、その晩ダイアナが助けを求めて駆け込んで来た時、ダイアナの両親も町へ出かけていて医者を呼びに行く人がおらず、医者を呼ぼうにも村に残っている医者はほとんどいない有様。そんな中、マシューがどうにか医者を見つけて連れて来るまでの間、アンは急病の幼児に適切な処置を施し命を救ったのでした(アンは孤児時代に子守をさせられた経験があるので手当の仕方を知っていたのです)。

 こんなふうに、政治にまつわる描写がアンのシリーズには結構あるのです。
 このことはシリーズの文春文庫版を翻訳した松本侑子も著書の中で指摘しています。

 同じテーマで私が何か書いても二番煎じというか受け売りになってしまうんですが、アンのシリーズを読んでいてとても興味を引かれたエピソードについて、この本から2箇所ばかり引用したいと思います。

 第5作『アンの夢の家』では、長髪が腰まで伸び、髭も伸び放題の男性が登場します。自分が支持する自由党が政権を取るまで髪を切らないと宣言しその通りにしていたのです。最新の国政選挙ではついに自由党が勝利(22年ぶりに政権を奪還した事実に基づいているそうです)。

長い髪を散髪し、胸まである髭もそり、別人のようになったため、アンは、彼に会って会釈したものの、最後まで誰だかわからず困惑します。
 マーシャルの家に住み込みの家政婦は、夜中に知らない男が廊下をのしのし歩くのを見て気絶し、さらに「歩く干し草の山」から見違えるような美男子へ変身したマーシャルが「男嫌い」の女性と結婚する、めでたい展開もあります。

『赤毛のアン論 八つの扉』より

 髪や髭がもさもさに伸びた男の外見を「歩く干し草の山」と表現したのは、「男嫌い」の女性、ミス・コーネリア。アンの友人です。
 ミス・コーネリアという登場人物については、あやのんさんが記事の中で詳しく書いていらっしゃいます。あやのんさんはミス・コーネリアの大ファンみたいですよ。私も、遠慮なく辛辣な物言いをするミス・コーネリアが好きです。

 ミス・コーネリアは、何かにつけ「男のやりそうなことじゃありませんか」とけなし、政治についてもこんなことを言っています。

「あなたは婦人の投票権に賛成なんでしょうね?」ギルバートが言った。
「何が何でも投票権がほしいわけじゃありません、ほんとですよ」ミス・コーネリアは軽蔑するように言った。「男の後始末をするとはどういうことか、あたしはわかってますから。そのうち男たちは、自分たちじゃどうしようもないほど世界を滅茶苦茶にしてしまったと気づいて、女にも投票権を与えて、厄介事を押しつけますよ。それが男たちのもくろみです。ああ、女が我慢強くてよかったこと。ほんとですよ!」

『アンの夢の家』第15章より

 そんな主張の激しい、男嫌いのミス・コーネリアが、まさかの結婚。しかも支持政党の違う人と。「歩く干し草の山」からイケメンへの変貌はそれほど衝撃的だったのでしょうか。

 この他にも、『アンの夢の家』には魅力的なキャラクターが登場します。この第5巻は筋書きもよく練られていて、シリーズの中ではかなり好きな作品です。

 さて、その投票権ですが、第一次世界大戦中の連邦議会議員選挙で、女性も初めて投票が認められました。

 ただし兵士の母、妻、娘、姉妹だけでした。州によっては先住民族や有色人種の女性は投票できないケースもありました。
 第8巻『リラ』では、アンは、息子三人が出征しており投票しました。一方、家政婦スーザン、炉辺荘に同居する教師ミス・オリバーは独身のために選挙権がなく、憤慨しています。
 この不公平な制度は、大戦中の1918年にあらためられ、21歳以上の成人女性に国政選挙の投票権が認められました。

『赤毛のアン論 八つの扉』より

 この時の選挙は徴兵制導入が争点でした。アンは日頃から支持している保守党(連合内閣)に投票したようですが、それは徴兵制に賛成することを意味します(よかったんですかね、それで?と私は思ってしまったんですが)。連合内閣は圧倒的多数で勝利したそうです。
 それにしても、独身女性は成人でも投票できないなんて、とんでもない制度です。


 政治や選挙が話題になっている場面は他にもたくさんあるのですが、子供の時には全く気にも留めなかったこうしたエピソードも、大人になってから読み直すとなかなか面白く感じられます。 

 ちなみに作者のモンゴメリは、おじいさんがオタワで上院議員をしていたこともあって、わりと政治が身近だったそうです。


※この記事での引用には、文中で紹介した新書の他に次の本を使用しています。

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