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人は心で動く(あるセールスマンの話)

 乗っている車も11年目になり、新しい車に乗り換えようと考えていた。

 インターネットで自分好みの車を探した。

 形、色、燃費、車内の雰囲気、装備など、いろいろと調べた後、購入する車を絞った。いくつかのディーラーを回った。

 実際に運転席に自分の体をはめ込み、その心地よさがどうか、運転席から見える景色は心地よいか、さらに試乗もさせていただいた。
 同じメーカーでも店舗によって対応が違った。店舗によって違ったが、もしかしたら対応してくれた方によって違っていたのかもしれない。
 
1軒目
 ある店舗を訪ねた。最初にいくつかの店舗を回ることを伝えた。若い店員はとても丁寧な話し方で、詳しく説明をした。パンフレットを広げ、試乗も一緒にした。
「他の店舗にも行ってみます」と伝えていたのだが、どうしてもここで購入してほしいという。
 店員は焦っていたのだろうか。びっくりすることを声にした。
「家のお金を握っているのは旦那さんですか?奥さんですか?」
キョトンとすると
「家の大蔵省はどちら?」
と聞いてきた。
どうしてかと聞くと、
「その方とお話をした方が、良いかと思いまして」という。
驚いた。

2軒目
 他の店舗にも行った。
 同じ車の説明を聞いた。パンフレットをテーブルに持ってきて、説明してくれた。他の店舗と同じように。
「実は・・・」とパンフレットを閉じて話し始めた。
「私もこの車が好きで、今、乗っているんですよ」という。
そんな話の後、一緒に試乗をした。車内でいろいろと話をした。
「乗り心地は静かですよね。これより一つランクが上の車もありますが、普通に乗るなら、このグレードで十分だと思います」
「この坂道で、少し加速してみましょうか」
「どうですか。坂道での加速も問題ないですよね。高速道路での加速も問題ないですよ」
「私の家から職場までは○kmありますが、燃費もいいのでガソリンスタンドに行く回数も少ないですよ」
とても丁寧だ。しかもごり押しして売ろうとしない。「大きな買い物ですから、十分に検討して、気に入ったらこの車に乗ってください」というスタンスだった。
「私が乗っていても、間違いなくいい車だと思いますよ。また、あとでパンフレット持って行きますね」
その日は決めずに帰った。

同じメーカーでも最初の店舗が値段的に安かった。

この人から買いたい
 その翌日、最初の店舗からパンフレットが玄関にあるポストに入れられていた。付箋紙で「パンフレットを持参しました。検討していただければ嬉しいです」と書かれてあった。ポストに入れたのは、深夜だろう。

 翌々日の夕方、2つ目の店舗の方が家を訪ねてきた。
「夕飯時に申し訳ありません」と一言。
「パンフレットを持ってきましたので、見ていただき、ご検討ください。夕飯時なのでパンフレットだけおいて行きますね。後ほど見ていただき、不明な点がありましたら、ご連絡ください」
それだけ言うと、名刺を挟んだパンフレットを差し出し、玄関から出て行った。


街灯に照らされて玄関のドアに写る店員の姿。

その店員が、頭を深々と下げている影が見えた。

誰も見ていないのに、誰にも気づかれないのに、玄関を閉めたあと、深々と頭を下げている。

その姿を見て、この人から車を買おうと決めた。

この店舗からではなく、この人から車を買いたい決めた。

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