小説【再会(11)】 ブラウンは亜紀の色
(11)ブラウンは亜紀の色
今回、東京へ来た目的は終えた。結果はわからないが初めて書いた3つの小説は全て出版社の方に渡すだけは渡せた。
緊張感から一気に解放された。脱力感さえ感じていた。急にお腹が空いてきた。ポケットからスマホを取り出し時間を見た。腕時計をつけているのに、ついついスマホに頼ってしまうことがある。スマホの画面を見るとラインにいくつかメッセージが届いていた。亜紀からだ。
「たくちゃん、用事は済んだのかな?」
「さっきまで古書店を覗いたりしていたよ」
「今、大きな手のところに戻ってきた」
「どこだかわかる」
「あの店に行こうか」
いっぱいのメッセージだ。僕は慌てて返信をした。
「今から大きな手のところに行くよ。その手は野球のボールを持っているよね」
「正解!たくちゃんの好きな何かの『発祥の地』だよ」
急に懐かしくなった。間違いなくあの場所だ。ここからは近い。
「今、行く」
あの場所も僕たちの思い出の場所だ。亜紀の通っていた大学の近くでもあり、亜紀の授業が終わるのを待っていた場所でもあった。
中学校の時、野球部だった僕は、この場所が日本野球発祥の地だということは亜紀と付き合うまで知らなかった。この日本野球発祥の地には野球ボールを握った大きな手のブロンズ像がある。除幕式には巨人軍の元監督の川上監督も来たらしい。でもこのエリアは東京大学の発祥の地でもあるようだ。何気なく待ち合わせをしていた場所は、歴史ある場所だった。
僕の思い出の缶詰はどんどん開かれていた。そして一つひとつが鮮明になってきたのだ。高さ2メートル以上あるブロンズ像の横に並んで写真を撮りたいと背伸びをする僕を、お腹を抱えながら笑っていた亜紀。あれから10年近く過ぎた。でも亜紀は変わっていない。
僕は地下道のA8出口近くに戻って来た。地下鉄で最初の出版社に行くときに通った出口だ。そこからは、緑の垣根の向こうに日本野球発祥の地のブロンズ像が見える。その垣根のところから薄茶色の帽子が見えた。しかもキャップだ。あの色の帽子はきっと亜紀だ。亜紀は学生時代からベージュ系、茶系の色が好きだった。その色をもとに服装もバッグも靴もコーディネートしていたようだった。
「亜紀は茶色が好きなの?」
「茶色って言わないで」
「え、それって茶色でしょ?」
「違うの、ブラウンだよ」
「同じだよ」
「違うの!」
そんな会話をしたことまで思い出していた。確かに茶色とブラウンは違うらしいが、僕にとってはどちらも茶色に見えていた。
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