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小説【再会(13)】 あの時のままの亜紀

(13)あの時のままの亜紀

「たくちゃん、少し歩きたいな」

「亜紀はお腹空いてないのか」

「空いていたけど、空いていないよ」

 この表現も昔の亜紀のままだ。意味がわからない表現を使う。

「どういうことなんだよ」

「たくちゃんを待っているときはお腹が空いていたけど、いろいろ話していたら今はそんなにお腹が空いてない」

 説明する亜紀だが、それでもよくわからない。

「あの建物、覚えている?」

 亜紀は振り返って、そこに立っている茶色の建物を指差した。

「あそこの建物の中でテレビドラマの撮影がされたのを知ってる?あそこに行こうよ」

 亜紀は子供が遠足に行くようにはしゃいでいる。

「亜紀は茶色が好きだから、あの茶色の建物の学士会館も好きなんだよな」

「何、違うって。何も覚えてないの?」

 忘れるはずがない。亜紀の誕生日に、絨毯張りしてあるあの建物の中で、二人で食事をしたこと。「フランス料理にする?中華にする?和食がいいかな?」などと行く前からワクワクしていた日のこと。学生時代、お金のなかった二人にとっては贅沢とも思える場所で食事をしたこと。全て鮮明に思えている。
亜紀は振り向いたまま黙って学士会館をじっと見ていた。亜紀もあの日のことを思い出しているようだ。

「たくちゃん、行こう。あの建物に」

「うん」

 学生時代なら自然と手を繋いでいたが、今は、ただ並んで歩いている。それが時の流れの証なのだろうか。心は学生時代に戻っても、時の流れの中で、僕たちは歩き方もぎこちなくなっていた。

「まだあった。覚えている?あのエスカレーター」

亜紀が大きな声を出した。今の僕は、学生時代にタイムスリップしたように、全てを思い出している。

「覚えているよ。懐かしいな。そうそう、このエスカレーター、動くのが遅いんだよな」

「たくちゃんは、遅すぎるってイライラしていたけど、私はもっと遅くてもいいなと思っていたよ。たくちゃんと一緒だったしね」

亜紀はドキっとすることを言い出した。僕は話をそらそうとした。

「なんであんなに遅いのかな?」

「私に聞いてもわからないけど、一緒にいる時間を長くするためじゃないかな。今日もあのエスカレーターで建物の中に入ろうね」

さらっ、と話す亜紀に僕はドキドキしていた。学生時代の僕たちにどんどん戻っていく感じがした。

「そうそう、この遅さ、最高ね。ここのエスカレーターより遅いエスカレーターって日本にはあるのかな」

亜紀は聞こえる言葉で独り言を言った。

「ねぇ、聞いているの?」

「え、独り言を言っているのかと思った」

「もうー、たくちゃんは昔と変わらないね」

 学生時代ならいつもここで喧嘩になった。でも今日の亜紀は、笑いながら僕に話しかけている。

 建物に入ると、タイムスリップした感じだ。僕たちは立ち止まった。立ち止まったというより、身体が固まり動けなくなった。変わらぬ格調ある建物の雰囲気の中で、亜紀と二人で、誕生日を祝った。あの時に僕たちは完全に戻っていたのだ。自然と亜紀の手の甲に僕の手の甲が触れた。触れようとしたのではなく、立ち止まったときに触れてしまったのだ。亜紀は手を動かそうとしなかった。絨毯の床、そして高い天井。

 僕の胸の中で湧き出てくる熱い思い出。「ここで結婚式もできるね」と話をしたこと、誕生日のお祝いで食事をした後に亜紀にネックレスをプレゼントしたこと、亜紀は嬉しそうに涙しながらそのネックレスを目の前で付けて「似合うでしょ。一生、このネックレスは付けているからね」と言った言葉。

 僕たちは無言で並んだまま立ち続けていた。僕の目から涙が出てきそうになった。そっと亜紀を見ると亜紀の頬が赤く、目に涙を溜めていた。

 僕たちの人生は、いつから一緒でなくなってしまったのだろうか。どうして違う道を進み出してしまったのだろうか。そして、再会できたことの意味はなんなのだろうか。

 何度も亜紀に連絡を取ろうとしたが、僕たちは卒業とともに遠距離になり離れ離れになってしまったと、心の中で思っていた。亜紀に確認もせずに、徳島と秋田とでは離れすぎてしまうと勝手に思っていたのかもしてない。そう思うと、また涙が出てきた。

 僕は亜紀の誕生日プレゼントを買おうとして、アルバイトをしていた。授業が終えて、たこ焼き屋に直行し、閉店までたこ焼きを焼いていた。茶色の宝石がついたネックレスが買えるまでたこ焼きを焼き続けると決心した。生まれて初めて宝石店に入り、そのネックレスの値段を見た。6桁以上のものばかりが並んでいた。その中で、小さいが茶色の宝石がついているネックレスが数万円で買えることを確認していた。

「たこ焼き一つください」

 聞き覚えのある声に顔をあげるとそこに亜紀が立っていたのだ。

「あ、たくちゃん。ここでバイトしているの?」

「あ、うん、そうだけど、言ってなかったよね。ごめん」

「ここを通っていたら、たこ焼きのいい匂いがしてきて、食べたくなっちゃって。偶然ね。びっくりしたわ」

 亜紀が通ることのない路地にあるたこ焼き屋、そこに一人で亜紀が来たのだ。絶対に偶然とは思えない。

「時間できたら、また出かけようね」

 亜紀の言葉が重く感じた。バイトばかりしていて、亜紀と会う時間も少なくなっていたのだ。

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