旅はまだ終わらない
執拗に襲い来る病魔に やがては打ち負かされる事を、彼女は予感していた。
その予感は現実となり、彼女は何度目かとなる身辺整理を始めた。
未練がましい事は何ひとつ言わず「できれば生き残りたいけど、運次第だね」と、まるで他人事のように笑いながら言っていた。
弱音を吐けば周りを悲しませると思っていたのかもしれない。
それはきっと、彼女なりの正義だったのだろう。
強さとやさしさを併せ持つ彼女は、気丈に明るく振舞い続けた。
彼女の 最後の闘いは二年に及び、
それは、彼女を孤高の人と呼ぶに相応しい二年間だった。
予感が現実となってから 一年ほど経った頃、彼女は覚悟を決めた。
彼女は自らの意思でホスピスに入所した。
それでもまだ僕は奇跡を祈った。
来る日も来る日も来る日も… 祈り続けた。
中島みゆきの「ヘッドライト・テールライト」を聴くと、
必ず思い出す事がある。
彼女がホスピスに入所する少し前のこと、
僕が、数ある中島みゆきの歌の中でも「ヘッドライト・テールライト」が
一番好きだと言うと、「あたしは好きじゃないな、中島みゆきの声が嫌いなんだよね」と、いつもながらの、清々しいほど はっきりとした彼女らしい 言葉が返ってきた。
そして 何日かが過ぎたある日、「やっぱりいいね、あれ… あらためて夜中に聴いてみたら、いろいろ考えさせられたよ…」と、言っていた。
ヘッドライト・テールライトを聴きながら彼女は何を思っていたのだろう。
余命を知り、過去に未来にと 思いを馳せながら 何を…。
彼女の人生はまだ終わらない… 終わらせたくない!
僕は 一縷の望みを捨てきれなかった。
彼女も最後の最後まで そうであったと思っている。
【ヘッドライト・テールライト 旅はまだ終わらない…】
まだ見ぬ世界への扉は開き、
彼女は、抱えきれない思いとともに旅立った。
大好きだった桜の花びらが舞い散る頃の事だった。