母の晩年の入退院。
母が通う近くの精神科の病院が移転して建て替えられた。
少しばかり、家から近くなって、きれいで新しくなった。
母としてはやはり新しくなった病院で入院できるのは嬉しかったようだと、父が言っていた。
だからといって、ずっと入院していたいというわけではなかったみたい。
やはり家には帰りたがっていた。
しかし、入退院のペースは増えていて、亡くなる3年くらい前からは、年の半分くらいは入院していたと思う。
そんな中での、ある夏の日の出来事。
母が入院中に、父が小遣いを持ってきてくれないと、遠方の私に電話があった。お金を持ってきてほしいと頼まれた。
叔母(母の姉)にも電話していたようで、叔母から私に「あんたの家は大丈夫か⁉︎」怒られたりもした。なんで私が怒られなあかんの?とも思ったけど。。
渡す小遣いがないのではなく、父はとにかく入退院を繰り返す、自分の病気をなんとかしようとしない母がずっと情けなくて嫌だったので、お見舞いもほとんど行かなくて、お金は口座に振り込んでいたようにも思うけど、それも嫌になるのか忘れるのか、そうなると、同居してる兄には連絡せず、遠方の私に連絡が来た。
(兄も嫌気が差していて、というか、めんどくさそうだどわかると関わらない人なので、なかなか当てにならない。)
結局、私が帰省してお見舞いに行く時に、母への小遣いを持って行っていた。
病院には車で父に送ってもらうのだけど、父は駐車場まで。病院には入らない。
見舞いが終わったら電話くれって感じで帰っていく。
まぁこんなのはよくあることだった。
父からの言い分、母からの言い分をそれぞれに聞くのが私の役目だ。兄はシャットアウトなので、どうにもそれは私に回ってくる。
まぁめんどくさい。
家族ってめんどくさいとよく思っていた。
お前らで直接やればいいのに挟むなよって。
じゃまくさい。
でも、今これを書いていて、なんだか懐かしい気持ちにもなる。
もう20年前のことで、母もいないので、そんなことですら少し、いい思い出になっているだけだろうけど。
親はいたらいたで、めんどくさい時もあるけど、
いないとそれはそれで寂しい。
というか、私は時間が経ち過ぎて、もういい思い出に昇華してしまったのだけなのかもしれないけど。
当時はやはり真剣に腹立たしかった、でも今は笑えたりする。
でも、この親たちのめんどくささも、この時くらいが最後だったのかなと思う。