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【心地よい暮らしの照明術】#11 値段が安いものが良いとは限らない

同じように見えるものでも、価格に差があるのはなぜでしょう。


よくリプロダクト(コピー商品)でもデザインが同じなら構わないという方がいらっしゃいます。


見た目だけなら同じようにも見えますが、本物にはそこに辿り着くまでの過程(理由)があって、そのデザインになっています。突然生まれるわけでもなく、天から自然と降ってくることもありません。


人がそれぞれ違うように、人が生み出すデザインも同じ。思考が形となり、デザインが生まれるのであって、何もなくて突然生まれるデザインはないのです。


もしあるとすれば、あるデザインを見て、影響を受けたり、模倣したり。


最近では、サンプリングやオマージュという都合のいい言葉もよく使われますが...


今ではどこにでもある普通のプラスチック製の椅子として知られるシェルチェアは、1950年代にチャールズ&レイ・イームズが、第二次世界大戦中に開発された成型技術を採用して、クラシックなシェルチェアのシンプルで優雅なフォルムを生み出しました。


軽量な一体型のシェルチェアを生み出したアイデアは、1939年に遡ります。チャールズ・イームズとエーロ・サーリネンは、クランブルックアカデミーで成型プライウッドについての実験をそれぞれ異なる方法で始めました。チャールズは1941年にレイ・カイザーと結婚すると、二人でカリフォルニア州ヴェニスのイームズスタジオで実験を行いました。


1948年には、ニューヨーク近代美術館が主催した「ローコスト家具デザイン国際コンペティション」に金属板をプレス加工したシェルチェアを出品しました。このチェアは第2位に選ばれましたが、イームズ夫妻はスチールでは冷たく、そのうち錆びるかもしれないと判断しました。そのため実験を繰り返しました。


夫妻はある船大工にコンタクトし、ファイバーグラスシェルの試作品を作りました。その後、シェルチェアを大量生産できるパートナーを探し始めたのです。1950年には、ハーマンミラーがこの多彩なチェアを世界に発表し、今ではデザインのアイコンとなっています。


このように今では当たり前のようなデザインですが、実は最初のアイデアから10年以上の年月を経て、ようやく製品化されたもので、それから70年以上が経った現在もアメリカ・ハーマンミラー社によって製造・販売されています。


これまでにイームズのシェルチェアのコピーを始め、有名ブランドやデザイナーによるオマージュ作品まで、同じようなデザインのプラスチック製の椅子は世界中で数多く作られています。


ハーマンミラー社は現在もシェルチェアを製造・販売していますが、IKEAやニトリなどで売られている成形プラスチックの椅子と比べると、価格はそれほど安いわけではありません。


しかし、「もっと座り心地のよい椅子を手頃な価格でたくさんの人たちに届けたい」というチャールズ&レイ・イームズの思いは、今もハーマンミラー社によって脈々と受け継がれ、70年以上前に作られたオリジナルのヴィンテージは世界中のコレクターによって大切に使われています。


デザインだけを見れば、成形プラスチックの椅子はどれも同じように見えるかもしれませんが、素晴らしいデザインのものは、素晴らしい思考から生まれるものです。これからも私たちの暮らしを豊かにしてくれるデザインが生み出されるためには、私たち一人一人が単に価格やデザインだけで選んだりせず、デザイナーやメーカーの思いを理解した上で選ぶということが大切なのだと思います。


そうでなければ、チャールズ&レイ・イームズのようなデザイナーは生まれなかったかもしれませんし、モノもデザインも流行に流された安価で使い捨てのモノばかりになってしまっていたかもしれません。もしそうなっていたら、世の中はもっとつまらないものになっているのではないでしょうか。

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