【妄想野球小話】帰ってきた久志くんのこと。
「あら、久志くん帰ってくんの!?ちょっとアンタ、知ってたー?」
2018年12月19日。大阪、藤井寺。居間でテレビを見ていた母の声が響く。聞こえてる、2階の私の部屋まで、ちゃんと聞こえてるよ。
「久志くんテレビ出てるでー。ほら、原とグータッチしてる。いやー、てっきり仙台に行くんやと思ってたわ。」
◆豪快で、イケイケドンドンなチームでデビューした彼
「見にこーへんの?あんた、出たてのころから久志くんに目ぇつけてたやんか。」
指摘される間でもない。私が久志くんこと、岩隈久志を認識したのは、彼が1軍デビューした2001年。そう、大阪近鉄バファローズ最後の優勝の年だ。その年のバファローズは、野球というスポーツが「最後に点が多かった方が勝ち!」ってことを、これでもかと見せつけてくれるチームだった。北川の代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームラン含めた、シーズン41度の逆転勝ち。大村・水口の1・2番コンビから始まって、ローズ・中村・礒部のクリーンアップに吉岡、川口が続き、まさに「いてまえ打線」の名前にふさわしい、豪快で、奔放で、「5点取られたら、6点取ったらええんやろ!」って顔に書いてあるような打線を誇るチームだった。
「久志くん、出たてのころはシュッとしてたもんなー」
そう、そんな中に颯爽と現れたのが高卒2年目の岩隈。すらっとした長身、しなやかなフォーム。大人の渋さが漂うベテラン古久保との親子バッテリー。初完封の日に見せた笑顔は、この年の近鉄投手陣を象徴する前川(防御率5.78で12勝!)のふてぶてしさとは対極のたたずまいだった。東京・堀越高校から、コテコテのイケイケドンドンな大阪の学校に転校してきたさわやかイケメン。ちょっとヤンチャそうな仲間に囲まれて見せる笑顔は、チーム唯一の清涼剤。私は、この子は絶対スターになる!近鉄の星になる!そう思ってた。
最終的にこの年は4勝、日本シリーズでも投げた。その次の2002年は8勝。2003年は一気に15勝。成績も十分ついてきた。その間、中村のケガや大塚、ローズも移籍。いろいろチームがしんどい状況の中、着実に成長して、2004年には開幕から12連勝。タイトルも取った。でも、「バファローズの岩隈」は、それが最後だった。
誰もそんな呼び方してへんから、って何度も言ったのに、母が頑なに「久志くん」と呼び続けた青年は、仙台で大エースになって、海を渡っていった。
◆そして歳月が過ぎ、思いもよらぬ知らせが届いた
「あれ、そういえばあんた今どこ応援してんの?」
母よ、その話は何回もしたやんか。私は今でも近鉄ファンやねん。人呼んで近鉄難民、何年たっても、安住の地はまだ見つからないまま。もちろんオリックス・バファローズも頑張ってる。チャンテの歌詞も泣ける。でも、ブルーウェーブファンやった人のことを思うと、どうしてもひっかかってしまう。岩隈がいた頃、気を遣って何度か私を仙台に誘ってくれた母にも申し訳ないけど、それもまた違う気がして。
だから「元近鉄」の選手をちょっと遠目に見守ってきた。あれからもう14年。2018年シーズンは、いよいよ近藤と坂口だけ。高卒だった2人も、もう立派なベテラン。正直、残された年は少ないと思う。でも、あの頃と変わらない思いっきりの良さで投げる近藤も、新しいことに挑み続ける坂口も、少しでも長く見ていたい。
そんな中で9月に入って、大リーグで現役を終えるにしても、もう一度マウンドに立つ姿を見れるんやろかって思ってた岩隈が帰ってくると聞いたときは、浮足立った。やっぱり楽天?ヤクルトで3人揃う?そんなことを考えていた。巨人だけはないやろ、と勝手に思ってたんやけど……。
改めて悶々としていると、声の代わりにガサゴソと音がする。様子を見に居間に降りた私が目にしたのは、タンスから何かを探している母。足元には、マリナーズのユニフォーム。
「あれ、そんなん持ってたっけ?」
「持ってたよー。何年か前にシアトル誘ったやん。実はそんときもう買っててん。楽天で。あっ、楽天ってイーグルスちゃうで!どこかなー……あっ、あった!」
取り出したのは、胸にBuffaloesの文字が入った、岩隈入団当時の背番号48。よくそんな昔のものを、と言いかけたところで、母がユニフォームを見つめながらつぶやいた。
「久志くん、甲子園やったら見に行けるかなぁ……」
◆再会と、別れの日が近づいている
「どうかな、まだわからんな。でも、甲子園じゃなくても東京でも、どこでもパッと行けるやん。……今度は、行こうよ。」
母の言葉を聞いた途端、自然とそう口にしていた。そうだ。仙台に行っても、海を渡っても、彼のことを気にし続けてきたのは、私だけじゃない。
スマホで2019年シーズンのヤクルト・巨人戦の予定を検索する。悩んでいる時間はない。あとどれだけ彼らをグラウンドで見られるかは分からない。できるだけ直接、目に焼き付けたい。
そうして画面から顔を上げたとき、ふと気づいた。
「そういえば背番号48のときって、もうユニフォーム売ってたっけ?」
「ん?縫ったんよ、これ。」
母は私に得意気な顔を見せ、ユニフォームに袖を通しながら続けた。
「ほら、息子のユニフォームに背番号つける、みたいなん私もやってみたかったのよ。久志くんもこの背番号着てる人がいるとは思わへんやろな。これ、絶対中継でも映るで!そうや、Gタス契約しとこ、Gタス!」
<了>
この文章は文春野球学校2019、西澤千央ゼミの課題として提出した内容をもとに、再度見直したものです。自分の中の岩隈復帰にまつわるモヤモヤを昇華すべく、藤井寺に住むおばちゃんと娘を召喚しました。「コラム」というにもおこがましく、小話としてお楽しみいただければ幸いです。
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