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弾薬の生える森-やんばるの米軍廃棄物と世界自然遺産(上)


世界自然遺産登録へ「待った」

 令和3(2021)年5月10日に、国際自然保護連合(以下、IUCN)は「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」を世界遺産一覧表への記載が「適当」と勧告したと報道発表がなされた。現在は勧告を受けた状態であり、登録はされていない状態であるが、前代未聞の事態が起きない限りは、7月には正式に世界自然遺産に登録となる。つまりIUCNから「世界遺産一覧表への記載が適当」という勧告を受けた場合には、そのまま登録に至るという経緯が妥当な予測判断だとは思うが、その判断に「待った」の声をかけたい。理由は後述するが、まずは今回の世界遺産一覧表への記載が「適当」と勧告された箇所に含まれる沖縄島北部について紹介したい。

沖縄島北部(やんばる)の世界自然遺産候補地

 沖縄島北部の世界自然遺産候補地の面積は7,721haであり、緩衝地帯を示す面積は3,398haである。また、中央部の緯度経度はN26゚43' 29.212" E128゚13' 12.382"である。
  IUCNは、このたび勧告した評価結果の概要項目「2,記載基準への適合」の箇所で、記載基準を「x 生物多様性」、評価の内容を「国際的にも希少な固有種に代表される生物多様性保全上重要な地域である。」とした。概要項目「3」については以下にそのまま転載する。

3.指摘事項等
○当該国のこの資産の保全に対する決意と、完全性に対する疑問に対処するために当初の推薦を修正した努力を賞賛する。
○以下について対応を要請する。
a)特に西表島について、観光客の収容能力と影響に関する評価が実施され、観光管理計画に統合されるまでは、観光客の上限を設けるか、減少させるための措置を要請する。
b)希少種(特にアマミノクロウサギ、イリオモテヤマネコ、ヤンバルクイナ)の交通事故死を減少させるための交通管理の取組の効果を検証し、必要な場合には強化するよう要請する。
C)可能な場合には、自然再生のアプローチを採用するための包括的な河川再生戦略を策定するよう要請する。
d)緩衝地帯における森林伐採について適切に管理するとともに、あらゆる伐採を厳に緩衝地帯の中にとどめるよう要請する。
○上記要請事項への対応状況について、2022年12月1日までにユネスコに提出し、IUCNの評価を受けるよう要請する。

奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島に関するIUCN評価結果の概要についてより転載

 ご承知だとは思うが、平成31(2018)年5月4日に、IUCNから世界自然遺産登録への延期勧告を受けている。その理由には、政府が求めた記載基準「ⅸ 生態系」には合致しないとの判断と、世界自然遺産で最も重要視される基準と言われているバッファゾーン(緩衝地帯)の連続性に欠けるという判断があった。この時に政府が推薦した世界自然遺産候補地の面積は5,168haであり、バッファゾーンを示す面積は3,096haである。当初の候補地推薦書には「北部訓練場返還地」が含まれておらず、世界遺産の価値証明に不利とされる「分断された小規模(100ha以下)な区域」に該当するいわゆる「飛び地」箇所が複数存在するなど、バッファゾーンが分断されず且つ広域であることが示される連続した地帯を示すことが出来なかったのである。そのため、再審査にむけて平成31(2018)年6月29日に、北部訓練場返還地の内3,700haをやんばる国立公園に編入し、バッファゾーンの連続した候補地を示すこととなった。

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沖縄の北部訓練場返還地をやんばる国立公園及びやんばる森林生態系保護地域に指定し、推薦地に追加。

画像・引用は「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」に関する推薦内容の変更点について(IUCN指摘への対応)別紙2より

生態系に合致せず、生物多様性で登録へ

 世界自然遺産に登録するためには下記を条件としている。

登録の条件

世界自然遺産に認定されるためには、世界で唯一の価値を有する重要な地域として、「顕著な普遍的価値」を有する必要があり、それは以下の3つの条件を満たすかどうかで判断されます。

[1]4つの「評価基準(クライテリア)」の一つ以上に適合すること。

(ⅶ) 自然美
最上級の自然現象、又は、類まれな自然美・美的価値を有する地域を包含する。

(ⅷ) 地形・地質
生命進化の記録や、地形形成における重要な進行中の地質学的過程、あるいは重要な地形学的又は自然地理学的特徴といった、地球の歴史の主要な段階を代表する顕著な見本である。

(ⅸ) 生態系
陸上・淡水域・沿岸・海洋の生態系や動植物群集の進化、発展において、重要な進行中の生態学的過程又は生物学的過程を代表する顕著な見本である。

(ⅹ) 生物多様性
学術上又は保全上顕著な普遍的価値を有する絶滅のおそれのある種の生息地など、生物多様性の生息域内保全にとって最も重要な自然の生息地を包含する。

[2]「完全性の条件(顕著な普遍的価値を示すための要素がそろい、適切な面積を有し、開発等の影響を受けず、自然の本来の姿が維持されていること)」を満たすこと。

[3]顕著な普遍的価値を長期的に維持できるように、十分な「保護管理」が行われていること。

これらの3つの条件を満たす場合、「顕著な普遍的価値」を有する地域、即ち世界で唯一の価値を有する重要な地域として世界遺産に認められます。

環境省 日本の世界自然遺産より引用

  先述したとおり、当初は「ⅸ 生態系」での世界自然遺産登録への記載を希望としていたが、これには合致せず、この度「x 生物多様性」の記載で世界自然遺産登録への勧告がなされた。わたしたちは日常的に、大自然あるいは緑豊かな地域や地帯を漠然とした概念から「生態系」と安易に呼称するが、実は生態系とはとても容易く説明が出来るものではない。細菌・微生物・動植物から酸素や紫外線まで、地球規模スケールでの食物連鎖から物質循環が起きて「生態系は保たれる」とされる。厳密的にはそこに外来性の動植物が入り込むことで「生態系は保てない」とされる。大自然であっても、在来性の植物以外のタネが人間などによって運び込まれると、在来性の動植物は食べ物を失い、それを捕食する生物も衰退し、土壌の質も変わり、必然的に水質も変化する。この状態は「生態系は保たれていない」状態である。また、物質循環にDDTや放射性物質といった科学物質が交われば、変異の循環を生み出し生態系を狂わすことは周知の事実である。また、昭和20(1950)年代以降、大気圏における核実験起源の放射性物質が、北極や南極の氷コアシグナルに見れることを考えると、地球上どこを探しても人間活動の悪影響が届いていない場所はどこにもないとも言える。長い時間をかけてゆっくり変化する大自然や豊かとされる緑は、わたしたちの目にはわからない速度で多くの生物を困惑させている。

 日本の面積は地球全体の約0.25%である。そのうちの約70%を森林が覆い、いま確認できるだけでも9万種以上の動植物が存在する。多種多様な動植物が生息しているガラパゴス諸島でさえ固有種は110種であるが、日本の固有種は現在131種と言われている。このような場所は世界中探しても日本だけである。  
 現在の沖縄県の面積は日本全体の1%にも満たない。その1%にも満たない面積に、日本の動植物の約70%におよぶ多くの種類が生息すると言われている。つまり世界の中でも類をみない動植物のホットスポットなのである。例えば、日本の固有種の哺乳類は50種であるが、そのうちの14種は沖縄県(一部奄美諸島)に生息しており、国際的絶滅危惧種95種のうちの75種が今回の世界自然遺産登録の推薦地に生息する固有種なのである。中でも沖縄島北部にしか生息していない固有種も多く、このことから世界にも日本国内においても類稀のない奇跡ともいえる場所であることがわかる。まさに沖縄島北部は動植物の宝庫であり生物多様性であることは紛れもない事実である。

登録の条件は満たせていない

 ツッコミどころ満載である今回の世界自然遺産登録の勧告であるが、可能な限り丁寧に解説したい。
 ただただ「生物多様性」であることで、登録可能とはいかない。先述したとおり登録には条件を満たす必要があり、そのほかにIUCNからの指摘に対応していかなければならない。まずは、登録条件と現状を照らし合わせて具体的に見ていきたい。
 評価基準「x 生物多様性」には

学術上又は保全上顕著な普遍的価値を有する絶滅のおそれのある種の生息地など、生物多様性の生息域内保全にとって最も重要な自然の生息地を包含する。

(同上)

とある。沖縄島北部の世界自然遺産候補地に生息する「絶滅のおそれのある種」は実に「学術上」も「保全上」にも顕著な普遍的価値がある。そしてそれらを含む生物多様性のサークルとしては非常に重要な自然区域であることも間違えない。
 今回、IUCNが環境省へ通知した以下の評価内容は妥当だと言える。

国際的にも希少な固有種に代表される生物多様性保全上重要な地域である。

「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」に関する推薦内容の変更点について(IUCN指摘への対応)別紙1より引用

 世界自然遺産に登録された場合には、この生物多様性を保全するために、プロパティ(資産あるいはコアゾーン)はもちろん、バッファゾーン(緩衝地帯)においても国家をあげて保全対策に講じなければならない。このような貴重な自然区域は本来ならば登録以前からも保護のために管理体制が整っているおり、保全が有効な状態であったことから世界自然遺産に登録されるという経緯があって然る。登録に向けて急に準備・管理・対策を進めたところで、自然を相手にして何もかも早急に人間の思い通りにいくとは考えにくいからである。
 バッファゾーンがプロパティ周辺に設定されている理由は、プロパティに人間活動による何らかの影響が直接的に及ばないためとしている。例えば、開発工事を行なう際に緩衝帯(バッファゾーン)という用語を用いるが、都市計画法 第33条第1項第10号を見ると、緩衝帯の役割が読み取れるので以下に引用する。

都市計画法 第33条第1項第10号
 政令で定める規模以上の開発行為にあつては、開発区域及びその周辺の地域における環境を保全するため、第二号イからニまでに掲げる事項を勘案して、騒音、振動等による環境の悪化の防止上必要な緑地帯その他の緩衝帯が配置されるように設計が定められていること

都市計画法(昭和四十三年法律第百号)e-Gov法令検索より引用

 開発による騒音や振動がある場合は、環境保全や環境の悪化防止のためにバッファゾーンを設計することが定められているということである。つまり、環境保全の名のもとにあるバッファゾーンには極めてコアな部分のプロパティを守る重要な役割がある。しかし、以下の図をご覧いただきたい。

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(世界遺産一覧表記載推薦書-奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島(仮訳)2019.1日本政府 ※以後、2019年推薦書と明記)より引用

 1枚目は沖縄島北部、2枚目は奄美大島、3枚目は徳之島、4枚目は西表島の推薦区域(赤線/プロパティ)と緩衝地帯(黒線/バッファゾーン)を表した図であるが、奄美大島も徳之島もバッファゾーンがプロパティ部分を覆うように配置されている。また、西表島についても、陸地と緑地の淵までをプロパティとしている部分を除いてはやはりバッファゾーンを設けている。しかし、沖縄島北部だけが陸地や緑地の淵でもない部分で、むしろ緑地の中央部分とも言える場所にバッファゾーンが存在しない。このバッファゾーンが存在しない緑地部分には、北部訓練場という米軍の軍事演習場が隣接している。正式名称をジャングル戦闘訓練センター(Marine Corps Jungle Warfare Training Center)と呼ばれる北部訓練場が、本来はプロパティを守る役割のバッファゾーンの位置に存在しているのである。

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2019年推薦書)より転載

 2019年推薦書には、プロパティと隣接する北部訓練場についてこのような記述もある。

 推薦資産に対する重要な実質的緩衝地帯として機能し、(略)

2019年推薦書 5.a.3 238頁)より抜粋

 日本政府は、北部訓練場を実質的にバッファゾーンとして機能していると示している。

 残念ながら沖縄島北部の世界自然遺産登録候補地の現状はバッファゾーンのみならず、極めてコアなプロパティ地帯にも人間活動による多大な騒音や振動が昼夜を問わず続いている。この時点で北部訓練場は実質的にバッファゾーンとして機能していない。その理由と詳細については後述するが、この状態を果たして生物多様性の保全環境に努めていると言えるのかどうかは甚だ疑問であり、沖縄島北部が生物多様性で貴重な価値資産だという事実を世界に示し続けることは到底難しい状態である。こうした観点から、保全までを指摘しまた基準として求めているIUCNの基準は満たせていないと言える。さらに、2019年推薦書に記された「実質的緩衝地帯」とは名ばかりの虚偽だと指摘したい。
 日本語で「緩衝地帯」を調べると、環境用語ではない解釈の方が優先されているが、IUCNが求める「緩衝地帯」は再三記載してきたバッファゾーンのことを指している。IUCNが求めるバッファゾーンは、最も重要なプロパティを守り保全をする役割が欠かせない存在だと認識している。そうしたことも踏まえ、登録条件の[2]および[3]を繰り返し見てみると、

 登録の条件

[2]「完全性の条件(顕著な普遍的価値を示すための要素がそろい、適切な面積を有し、開発等の影響を受けず、自然の本来の姿が維持されていること)」を満たすこと。

[3]顕著な普遍的価値を長期的に維持できるように、十分な「保護管理」が行われていること。

環境省 日本の世界自然遺産より抜粋

[2]の完全性にはほど遠く、[3]にも到底及ばないであろう。

環境省および林野庁の中身のない対応

 こうした現状を踏まえ、次に平成31(2018)年5月4日に世界自然遺産登録への推薦書が延期勧告を受けた際の、IUCNからの指摘と指摘を受けた後の環境省及び林野庁の対応を見てみる。

IUCNの主な指摘と環境省及び林野庁の対応(推薦内容の変更点

・世界自然遺産の評価基準「ⅸ 生態系」は合致しないが、以下2点に対応すれば評価基準「x 生物多様性」に該当する可能性がある。
 評価基準は「x 生物多様性」のみを適用。

・推薦地の連続性の観点で、沖縄の北部訓練場返還地が重要な位置づけにあるが、現段階では推薦地に含まれていない。
 沖縄の北部訓練場返還地をやんばる国立公園およびやんばる森林生態系保護地域に指定し、推薦地に追加。

・推薦地は連続性に欠け、遺産の価値の証明に不必要な分断された小規模(100ha 以下)な区域が複数含まれている。
 分断された小規模な区域を可能な限りつなげ、やむを得ない場合は推薦地から除くことで、分断された小規模な区域を解消。

「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」に関する推薦内容の変更点について(IUCN指摘への対応)別紙2)より引用

 2点目までについては既に述べた通りである。3点目の指摘については、「やむを得ない場合」がどういった場合であるのかを、政府がIUCNへ提出した「2019年推薦書」ならびに同「- 付属資料 -」および同「包括的管理計画」の資料にみてみたがどこにも該当するであろうはっきりとした記述が見当たらないのでわからなかった。筆者が調べた限り「やむを得ない場合」に該当する可能性の高い箇所は、沖縄島の東海岸へと続く安波川上流とクイナ湖周辺である。この地帯は上空写真を見てもわかるとおり、隔たりの全くない緑の山々で連なっている。しかし、北部訓練場の敷地が安波川上流をまたぎ北へ縦長に続いているため、推薦地に含むことが出来なかったことが安易にわかる。

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クイナ湖周辺上空(Google Map)より転載

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クイナ湖周辺地図(世界自然遺産登録に向けて-環境省-沖縄島北部推薦地)より抜粋

 他に、フンガー湖周辺や辺野喜ダム周辺にもプロパティから除外されている箇所は存在するが、その場合はいずれもバッファゾーンとして存在している。また、辺野喜ダムについては前回の推薦と再推薦の配置がほぼ変更されていないことから、ここでいう「やむを得ない」には該当しないと判断した。

 北部訓練場が沖縄島北部の世界自然遺産登録にとって最大の弊害であることは言うまでもないが、念の為、更に考察を深めたい。

 また、IUCNはその他の指摘もしている。

IUCNの指摘と環境省及び林野庁の対応(推薦内容の変更点

・北部訓練場の残る地域について、米軍との調整のさらなる発展
 北部訓練場に残る地域について、米軍との情報共有、外来種対策の協力、日米間の意見交換を継続しており、これらの協力体制を推薦書及び包括的管理計画に記載。

・ノネコ等外来種対策の推進
 奄美大島においてノネコ管理計画を策定し、計画に基づくノネコの捕獲及び譲渡等の取組を実施。
 侵略的外来種の侵入防止のためのラインセンサスを実施。

・実効性のある観光管理の仕組みの構築
 地域毎の観光利用計画を策定、利用ルールの導入等を推進。

・絶滅危惧種や固有種等の総合的なモニタリングの実施。
 2019年8月に、モニタリング計画を策定。

(同上)

 ここでは1つ目の「北部訓練場の残る地域について、米軍との調整のさらなる発展」という項目についてのみ触れる。

まずは、環境省および林野庁が述べる「日米間の協力体制」を見る。

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 沖縄島北部の推薦地に隣接する米軍北部訓練場における自然環境に関しては、日米両政府が日米合同委員会の下に設置した環境分科委員会等の場を通して緊密な連携体制の下に適切な保全・管理が図られており(図 5-2)、今後もこの取組を継続的に進める。(中略)
 世界遺産推薦地の保全へ特段の配慮をすることが重要であるとの認識を日米両政府で共有しており、また、日米両政府は、在来種、特に絶滅危惧種の保護に資するマングースやノネコの捕獲等の必要な保全事業について、環境分科委員会等の場を通じて今後も共同で継続的に取り組むこととしており、これらの内容は「包括的管理計画」にも位置づけている。
これまでの具体的取組としては例えば、環境省と沖縄県が 2007 年から 10 年以上にわたり北部訓練場内において訓練場外と同レベルのマングース防除事業を実施しており、また北部訓練場内の一部地域では、在沖海兵隊の事業としてのマングース防除も実施された。(中略)
 今後も世界遺産推薦やその後の評価、登録やモニタリング等に係る情報を適宜共有し、推薦地の適切な保全・管理を図るために、必要に応じて意見交換等を行うこととしている。

推薦書 5.c.7. 北部訓練場の自然環境保全に関する米側との協力 227頁)および(推薦書付属資料 5.4)北部訓練場の自然環境保全に関する米軍との協力 2-40頁)より抜粋

 さすがに具体的に記載されているだろうと筆者は予測していたのだがその予測は外れ、「2019年推薦書」および同「付属資料」および同「包括的管理計画」の合計1735頁の資料のうち、1頁にも届かない約1200文字前後の文章に「日米間の協力体制」が総括されていた。その内容の重要点が上記の抜粋した記述である。連携体制がしっかり整っていることのアピールは図で示し、実績はマングースの除去のみを記載。事実として、北部訓練場内におけるマングース除去の実績は大きい。北部訓練場内で除去を行なうのは主に米軍であるが、しかし、マングース除去の対策は沖縄島北部の緑地全体で行われており、それに伴って米軍が協力することは当然と言える。
 環境省および林野庁は、この短い記述をもって「保全管理は図られている」と豪語するが、今まで日米で実施されてきた具体的な保全管理に関する情報交換がどのような内容であったのかは具体的に記されていない為、今後の見通しについてあるいは保全管理がどのように発展していくのかという部分の記述についてはあまりにも形式的であり中身がないと言える。
 以上のことから、IUCNが環境省および林野庁に指摘して要求していることの「米軍との調整のさらなる発展」に対する対応は、全く見当違いであると言える。

生物多様性存続の危機

 世界自然遺産登録が決定すれば、唯一無二な生物多様性の宝庫として沖縄島北部が広く周知される。本来であれば、このこと自体は非常に喜ばしい出来事である。それは、筆者自身も沖縄島北部の多くの希少生物に触れて、感動の連続を味わったからである。時折、この希少生物の写真を眺め、その美しさを生みだす沖縄島北部を思い出す。

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オキナワキノボリトカゲ(2018/9/22 高江)

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オオシマカクムネベニボタル(2020/3/13 饒波)

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リュウキュウヒメジャノメ(2020/3/13 饒波)

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ケブカコフキコガネ(2018/12/19 高江・安波)

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イボイモリ(2018/12/12 安波)

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リュウキュウヤマガメ(2019/6/22 安波)

 以上は筆者が沖縄島北部で撮影してきた画像の一部で、どれも希少であり固有種や亜種である。沖縄島北部が世界自然遺産に登録された場合には、こうした希少な生物が集う姿も見ることが出来なくなる恐れがある。保全を整えることで人の出入りを制限し、ますます自然がいかされてこれらの生物がより繁栄するなどと提言する学者がいるが、「かも知れない」という憶測や見解なら筆者にもおおいに言わせて欲しい。北部訓練場が存在することで発生するプロパティへの弊害や被害は実在し、この影響によりある種は徐々に繁栄し、ある種は徐々に衰退あるいは絶滅すると筆者は考える。バランスの崩した食物連鎖からなる物質循環は緑地に住む動植物に異常事態をもたらし、さらにその影響は農地や水質を変化させ、人間生活にまで被害を及ぼす。オランダの動物行動学者であるニコ・ティンバーゲンでさえ、いまの沖縄島北部の「光に呼ばれてフェンスに現れる希少な生物」を見た場合に、この生物にとってこの行為がどんな意味を持ちどんな妨げをうみ、またそれが生態系にどう関与し、後世どのようになっていくのかの判断に、おそらく頭を悩ませるだろう。またアメリカの昆虫学者で社会生物学と生物多様性の研究者であるエドワード・ウィルソンは、氏がアマゾンで感じた人間の夢の最後の宝庫を沖縄島北部に到底感じることは出来ないだろう。

 しかし、日本政府はIUCNへ北部訓練場の存在をこのようにはっきりと答えている。

景観の連続性に貢献し、固有種・絶滅危惧種の重要な生息地を提供している。

2019年推薦書 5.a.3 238頁)より抜粋

 日本政府が自信を持って推薦書に記載した「固有種・絶滅危惧種の重要な生息地」となっている北部訓練場内は一体どのような場所なのであろうか。

銃弾が生え有害物質が残置される候補地

 北部訓練場の中を散策するわけにはいかないので、平成28(2016)年12月22日に米国から返還された北部訓練場返還地(4,166ha ※以後16年返還地と記載)と、更に遡り平成5(1993)年3月31日に返還された県道名護国頭線以南の一部の返還地(479.8ha ※以後93年返還地と記載)の現況を見てみたい。

 まずは以下、16年返還地の近況を画像で紹介する。

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 ここまでが筆者が見てきた16年返還地の平成30(2018)年8月から令和2(2020)年10月までの状態であるが、もちろんこの限りではない。空包や弾薬、照明弾にスモークグレネード、バッテリーに弾薬庫と野戦食の袋やスプーンに小型タバスコ瓶などの多種多様な地中では分解の出来ない人工物質を中心に、目に見える範囲で見つかるものが無数に廃棄されている。
 画像の最後に写る手を広げている人は蝶類研究家の宮城秋乃氏である。氏は沖縄島北部を中心に希少生物の観察や研究をしている。ノグチゲラの巣立ちの様子を動画で撮影するなど、大変貴重な資料を残している。画像に写る氏はこのとき、米軍の廃棄物である数十メートルにもおよぶライナープレートの前で、自然界にないはずの大きな鉄くずであるライナープレートが、年月をかけて植生に負担をかけているであろう可能性を指摘している。氏の現地調査によれば、このライナープレートは現在ほとんどが撤去されているという。生物を観察をしていると目についてしまう米軍の廃棄物が、生物への悪影響であると懸念し、時間の許す限り廃棄物を拾い集めている。それを沖縄防衛局が回収しやすい旧ヘリパッド上などに運んでいる。

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 空包並びに弾薬などは、使用済みと火薬の入ったままの未使用のもの、最近捨てられたであろう新品の未使用銃弾のものまで様々であるが、実に大量である。宮城氏は廃棄物の中でも危険物(通報が必要な状態のもの)を発見した時には、その都度警察に通報している。筆者も一度、通報を自ら入れたことがあるが回収はされなかった。氏によれば、平成31(2019)年10月から警察は回収対応をしなくなったとのことである。それ以前は通報をすると、危険物が発見された現地に名護警察署の警察官が訪れ回収作業を行ない、回収した危険物は名護警察署から沖縄防衛局へ引き渡されていたという。
 危険物が回収されなくなってしまった理由はわからないが、回収されなくなってしまったことで、現在も16年返還地の茂みの中に約800発以上の火薬の残った未使用空包などが残置されている。
 また、目に見えない物質も発見されている。DDT(有機塩素系-残留性有機汚染物質)、BHC(有機塩素系-劇薬指定)、PCB(有機塩素系-発ガン性物質)、そしてコバルト60(放射性物質)である。
 コバルト60については、不自然な木々の伐採が行われている付近にあったブルーシートを見て宮城氏が異常を感じたことから発見に至る。ブルーシート下の歪な状態で残るコンクリート内にあった「米軍の廃棄した電子管」に付着していたのである。人体に影響があるなしに関わらず、もともと自然界にあるはずのものではない。また、希少な固有種のオキナワトゲネズミに影響がないとも言えない。どうか絶滅しないでくれと願うばかりである。この電子管も、つまりコバルト60の放射性物質も、現在16年返還地内に残されている。
 まさにこのような場所が、今回の世界自然遺産登録の候補地なのである。

 また、以下は93年返還地の状態である。

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 県道70号線から僅か1分足らずの場所に大量の廃棄物がある。この時の状況は以下の動画にまとめてあるので参照されたい。

1993年に返還された米軍北部訓練場跡地の実録(東村・高江)(youtube-闘魂!!のんちゃんねるより)

 ご覧のとおり、美しいはずの山河はビール瓶やゴミの山となっている。宮城氏はこの93年返還地で、空包のみならず実弾を発見し、続いてM14砲弾という約120mm×240mmの比較的大型の砲弾を発見している。
北部訓練場返還地で砲弾薬きょうを発見。地元2紙が掲載。(2021年3月~4月、東村高江)アキノ隊員の鱗翅体験より
 記事の中で指摘されているように、北部訓練場内での実弾による演習は行われていないことになっている。しかし、実弾は発見されたのである。
 氏が発見した実弾に関する詳細はわからないが、93年返還地から発見されたことを考えると、鉛が入っている可能性が高い。いつどこで誰がどのように放棄したのかもわからない状況だが、放置されていた期間が長い場合には、土壌汚染が懸念される。鉛は土の中で鉛含有量が高まり、その濃度が高まった状態に雨や湿気などが含まれると鉛の成分が土壌に溶け込むのである。最悪だ。
 93年返還地は今回の世界遺産登録のプロパティおよびバッファゾーンには該当していないが、当然候補地と隣接した場所に位置している。

騒音が轟く重要な生息地という矛盾

 沖縄島北部にしか生息していない希少な固有種「ノグチゲラ」の営巣期間は3月から6月頃とされている。今はちょうどヒナが巣立つ時期である。ヘリパッド造成工事があった際にも「土工事等の建設機械を使用する作業を控える期間」に基づき3月から6月末までは米軍基地内の工事が止まることになっている。沖縄島北部の希少種を守り且つ環境保全をすることは当然であろう。しかし、そのようなせめてもの協力体制が敷かれる中で、止まらないものもあった。それは米軍ヘリである。

 冒頭に貼り付けた動画は平成26(2014)年5月でノグチゲラ営巣期間中である。ノグチゲラのヒナがオスプレイの影響を真に受けていることが読み取れる宮城氏が撮影した貴重な動画である。オスプレイが飛行し近隣付近を通過する際に起こる地響きや振動も動画に反映されている。この撮影場所はまさに今回の世界自然遺産候補地となっている。
 この状況はあいも変わらず毎年のことである。人工の巣箱をセットしたり、研究・観察からあらゆる手段を用いてノグチゲラを守ろうとする人々がいるが、その意志を完全に無視して木々スレスレの低空まで飛来し、騒音と地響きを巻き散らす米軍。重要な生息地としての認識があるとは到底思えない状況である。この状況のどこが保全体制に協力していると言えるのだろうか。

(下に続く)

参考文献・参考ページ

奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島 世界自然遺産候補地(環境省)
報道発表資料(環境省)
氷床コア中の気候・環境シグナルはどのように形成されるか(渡辺興亜-地学雑誌Journal of Geography100(6) 988-1006 1991)
氷河 ・氷床コアの年代決定(藤井理行-第四紀研究The Quaternary Research 34 (3) p.151-156)
チェルノブイリ原発事故による環境への影響とその修復-20年の記録-第6章 動植物に及ぼす放射線影響 (日本学術学会)
日本の多様性ホットスポットの構造に関する研究-国立科学博物館
生物の多様性(上)エドワード・オズボーン・ウィルソン 大貫昌子・牧野俊一[訳]岩波書店
アキノ隊員の鱗翅体験-宮城秋乃ブログ



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