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「誰かのために」を、実行できる存在でありたい
一周回って~な話、ルネッサンス、原点回帰。
改めて見返す、振り返ることでその良さや凄さに気づけることは多い。
過去の偉人の格言もそこに含まれるだろう。
流行り廃りが繰り返されるのは世の常。"流行り"の当事者の体験談は時が経つにつれ深みが増すことだろう。
そういう観点から、いまこの本を読んでみて、気づかされることはとても多かった。
まだ読み始めて半分にも到達していないというのに、この記事を書きだしたという事実が、本の充実度を物語っている。
読書の途中経過なのであっさり進めていくことにして、今日、目に留まった一節がコチラ。
名前をちゃんと呼ぶことで、自分には理解者がいるんだと感じてもらえたなら、辞めない理由のひとつになるかもしれない
挨拶。コミュニケーション。
人間関係の基本と言われるが、「大切なことなんだ」ということを改めて認識させられる。"AKB48は女の子の集団だから"と前置きがされているが、「理解者を必要としている」という点においては、そこに性別による差異はないのではないか。
「誰にも理解されなくていい」と塞ぎ込み、孤高の存在になれる人は限りなくゼロに近いと思う。
決して、仲良しこよしを良しとする、というわけではない。
良い人ヅラをしたいわけでもない。
でも、暗く深い霧の中に射す光になれることほど、嬉しいことはないと私は思う。
「辞める勇気」があるなら、それと同じだけ「辞めない勇気」もある。
その勇気を汲んであげられる"強さ"をもつ存在で、私はありたい。