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中古ギターの数奇な運命と少年たちの話。
【1989年にVIP通信でスタートした連載を原文のまま掲載】
一度でも愛着を感じたもの、というのは、たとえ手元になくなったとしても、その行方が気になったりする。ずっと長いこと忘れていても、ふとした拍子に思い出し「ああ、あれはどこにいっちゃったのかなあ」などと思うのだ。
物持ちがいい僕にとって、その類のものは数多いが、中学3年生の時に買ったギターはあきらかにそのひとつだ。
それは、たしか従兄が質流れ品の中から探して買ってきてくれたもので、値段は3千円か4千円だったと思う。何の変哲もない普通のガットギターで、ネックのヒビ割れを接着剤で補修した跡があった。
しかし、初めて手にしたギターだったから、うれしくないわけがなかった。「禁じられた遊び」から「小さな日記」までを毎日練習した。見事なほどに上達しなかったが、世にフォークソング・ブームが到来し、僕がヤマハの新品のフォークギターを買うまでの、約2年くらいの間、そのメーカーもさだかでない中古のギターは僕の部屋の中で、最も大切な価値あるものとして居続けた。
その中古のギターを手放すのは忍びなかったが、なにせ新しいギターを買うお金が足りない。というわけで、その中古のギターは近所の同級生のお茶屋の息子であるK君に売ることにした。たしか、2千円くらいで売ったはずだ。ねぎられたが、ゆずらなかったのだけ覚えている。
そして、さらに1年半後、僕は違うギターを手に入れ、ヤマハのギターをまたお茶屋のK君にゆずった。彼はその前のガットギターをどうしたかというと、やはり同級生で、総合病院の院長の息子T君に売ったのだ(いくらで売ったのかはよく知らない。しかし、かなりの値段の交渉はあったにちがいない)。
その頃は、彼らの家にしょっちゅう遊びに行っていたから、そのガットギターともお目にかかる機会は多かった。(そういえば、いつの頃からかテントウ虫か何かのシールが貼られていた)
その院長の息子は身分と不相応に貧乏なヤツだったが、やがて貯金をはたいて立派なフォークギターを買うに至った。そして、古いテントウ虫のシールのガットギターをどうしたかというと、記憶にまちがいなければ、やはり同級生で中学時代に応援団長をやっていた男に売ったのだ(まだ値段がついていたというのもスゴイ)。
その先、そのギターがどうなったのか知らない。まだ人の手を転々としているのかもしれない。あわれな気もするが、考えようによっては、常に所有する人に新鮮な輝きと感動をもって迎えられ続けたギターだったともいえる。
そういえば、当時、初めて楽器を手にしようと思った少年たちはみんなギターを選んだものだ。今の子供たちみたいに、いきなりシンセサイザーやサックスを持ったりはしなかった。
初めて自分で選んだ楽器というのは特別な思い入れがある。自分が音楽を奏でるということが、まるで魔法を会得したようにも思えたものだ。
「栄光のギター・ヒーロー・コレクション」というアルバムを聴きながら、僕はこのアルバムに登場する名ギタリストたちが、その昔、初めて手にしたであろうギターのことを思い浮かべた。
ギターというのは、なんて手軽で可愛い楽器なのだろうかとあらためて思う。ジョンとポールはお互いにギターをかかえながら、向き合って曲を作ったのだ、などと考えるとたまらなくいとしい楽器に思える。
僕の場合、いち早くギターに見切りをつけ(ヘタだったからだ)、ベースを選んだのだが、当時、つまり'70年代前半まではあきらかにギタリストの時代だった。バンドを組もうとすると誰もがリードギター志望だったもんなぁ。
みんながエリック・クラプトンに憧れていて、ジェフ・ベックをコピーし、それでも本当に最高なのはジミヘンだよな、ともらす。そのうちの誰もが実はベンチャーズが弾ける。でもバンドでやるのは、やっぱしディープ・パープル。そんな時代だった。
あらためていうまでもないが、当時のそういったギターヒーローたちには、あきらかに独自のスタイルがあった。
それこそマニュアルも譜面も何もない時代にギターを始めたのだから、部屋でひとりギターをかかえながら、あれこれと自らの工夫をこらしていったのに違いない。
今の名ギタリストと呼ばれる人たちやアマチュアのギターキッズの人たちのほうがテクニックは上かもしれないが、新しいスタイルを作れるという可能性において、もうこの先、ギターヒーローは現れないかもしれない。
しかしながら、初めてギターを手にする少年たちがいる限り、名ギタリストが生まれてくる可能性はあるだろう。おそらく、そういった人たちは、初めてギターを手にした時の感動を忘れずにいる人たちだろうとも思う。
その道を極めるというのは、新鮮な感動を持ち続けることなのかもしれない。