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点滅するもの 高ぶり安らぐ

【1993年に新潟日報でスタートした連載を原文のまま掲載】

 先日、我が家のガスが突然止まった。お湯を沸かそうと思ってガスコンロのスイッチをひねったが、火がつかない。昨年買ったばかりのガスファンヒーターも作動しない。新しいマンションなので、便利なことにお風呂は追い焚きができるようになっているのだが、そのコントロールパネルにも燃焼マークがつかない。なってこった、お茶が飲めない、風呂に入れない。暖房の前でヌクヌクできないじゃないか、と僕は慌てた。停電もそうだが、こういう時、必要以上に慌てふためいてしまうのは我ながら情けない。

 結局、必要以上に家中をうろついたあげく、ようやくひとつだけ分かったことがあった。それは、すべての器具が同時に故障したと考えるよりは、ガスが止まっていると判断するほうが自然だということだった。元栓を閉めた覚えはないのだが、とにかく何らかの原因によってガスが止まったのだ。
 ガスの元栓が玄関のドアの外にあることは知っていた。鉄製の扉を開けると、入り組んだ配管の中に、隣家と二軒分の水道とガスのメーターがロボットの臓器みたいに並んでいるはずだった。おそるおそる扉の中をのぞいてみると、ひとめで異常がわかった。元栓ではない。しかし、とにかく大変なことになっているのは間違いない。なにしろ、わが家のガスメーターだけ赤いランプが点滅しているのだ。
 何かの警告だろうか。SFアクション映画なら、爆発数分前、である。ウルトラマンならエネルギーがきれる寸前。パトカーだったら、もちろん事件発生。踏切の真ん中にいたなら、すわ大列車事故である。もしここで非常ベルやブザーが鳴り出して、煙がたちこめ始めたりしようものなら、僕は間違いなく逃げ出していただろう。

 しかし、そういうわけでもなさそうだ。では、この規則的な点滅はいったい何を意味するのだろう。赤信号の点滅は確か一時停止で注意しながら行ってよいということだったよなあ、などと考えながら、どうも落ち着かない気分である。
 光の点滅は視神経を刺激し、人の精神にある種の興奮を引き起こす。つい目がいってしまうのはそのせいだろう。人の注意を喚起するゆえいろんな用途があるが、道路ぞいのドライブインや食堂の店舗でチカチカしているのは、趣味が悪いと思う。

 そういえば、テレビゲームで遊んでいるうちに発作を起こす子供たちが、最近取りざたされた。その中の何件かは、ある種の画面の点滅によって引き起こされたという。もともとテレビ画面自体が粒子の点滅だから、その刺激の総量はすごいものなんだろうとなと思う。
 逆に、シンクロエナジャイザーという機械は、視神経に光の点滅を、聴神経にパルス信号を送って、右脳と左脳を刺激し、そのサイクルを調節することによってリラクゼーションの効果をもたらすというものだ。そういえば、じっとランプの点滅を見詰め続けていると一種の催眠状態に近い感覚になってくる。

 結局ガス会社に問い合わせ、簡単な操作だけでランプの点滅は消え、ガスが復帰することがわかった。
 寒空を仰ぐと星がまたたいている。太古からの点滅があった。冬は東京でも星が美しい。

関口コメント:
目新しいものが好きで、この文章はシンクロエナジャイザーという装置への興味から書いた気がする。2021年のわが家にぶら下がり健康器は現存するがシンクロエナジャイザーの姿はない。


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