映画でタイムスリップ。
※映画のネタバレあります。
「ゴーストワールド」
「17才のカルテ」を今日、久しぶりにじっくり1人で観てみた。
初めて観たのは、高校生の頃。
その時「すごく好きだった」記憶だけを頼りに
あらためて家で見直してみたのだけど
今観た方がずっと話の内容を深く理解できて、
意味がわかった。
おそらく、映画の主人公たちの人生に色々あったように、私の人生にも色々あったから、やっと意味がわかったんだと思う。
人生の岐路で立ち止まってしまって、みんなスタスタ歩いていくのに、自分だけ、どちらに歩き出せばいいのやら、さっぱりわからなくなったとき。
そんなときに、おススメしたい映画かもしれない。
特に、物語だけを頼りに生きてしまいがちな私にとっては、素晴らしいナビゲーションの役割をしてくれたように思う。
そして、最後までじっくりと作品の世界観を味わわせてくれて、救いをくれる。
実用的な映画でもあると思う。
特に面白いなぁと思えた気づきがあって、2本の映画とも共通して、主人公が自分のノートを手にしているところ。
イーニド(ソーラ・バーチ演じる「ゴースト・ワールド」の主人公の名前)は、自分のノートに身の回りの人物たちをイラストで描きまくり、
スザンナ(ウィノナ・ライダー演じる「17歳のカルテ」の主人公の名前)は、自分のノートに身の回りの人たちのことを文章で書きまくる。
このシーンがあること、こんな主人公たちであったことをすっかり忘れていていた。
2人ともとても魅力的で、素晴らしいセンスの持ち主なのだけれども、それがどう彼女たちの未来に影響し、つながっていくのか、それは隠されたまま、映画本編は終わりを迎える。
この辺りがとても魅力的でいいなぁと思う。
イーニドもスザンナもどちらの生き方もとても親近感がわく。
いまだに彼女たちの振る舞いは、胸に響くし、なんなら今の大人になった私の方がさらに胸に響いているので、映画をいつどんな時に観たかというのは、自分にとっては、心の財産になっているなぁと思える。映画は、愛しい。
2つの映画を見終わったあと、私の精神年齢って一体いくつかなぁと考えてみた。
実は18歳くらいに感じていて
(これは細かく言うと、私が18歳になりたての時の頃から変わらないのではないかということ)2つの映画の主人公も偶然、高校卒業したての、17、18歳であった。
ただ、作品の中の彼女たちの方が断然大人びていて、それは、今でもそうかもしれない…。
描いているのは、「大人になりきれていない」主人公だけれども、製作者たち大人側は、大人としての仕事をきっちりこなしている。
それでも当時の未成年の私のハートをがっちり掴んでくれたし、なんなら、今だに大人になりきれない私の指針みたいな作品にまでなっている。
作品の世界観や作品のメッセージがしっかり守られていて、それは時を超えて、私の人生を支えてくれるツールにまで、なっている。
(大袈裟じゃないよ)
観ている人を置き去りにしないように、「現実」へとちゃんと帰してくれるような、現実へとリードしてくれるようなシーンで終わっていたように思う。
すべての映画に救いがある必要はなくて、今回の私の状況的には、かなりいい映画のセレクトができたと思うな。
映画と自分を重ね合わせることがしっかりできて、ダメな自分(誰にだってあるかもしれない…)を肯定できて、最後には、ストーリーの主人公と自分を安全に切り離してあげられるような深い深いところまで、連れ出してくれるのが私にとっての救いと言える…かもネ。
自分を導いてくれるものってたくさんある。
ありがたい。
頼れるものには、なんでも。
なんだって頼ろう。
ちなみに
「17歳のカルテ」については、精神病棟で暮らさなくてはいけなくなった少女たちの心の痛みが見ている間、とても重くのしかかってくるので、この映画については、観るタイミングを慎重に選んだ方がいい映画かもしれない。
(最後まで観ることが重要になってくるからかも)
私は正直、これを観るまで少し気が重かった。
そして、その直感は当たってしまった。
忘れていたシーンの1つ1つ、じっくり見返してみてやっとわかる。
今現在の私の心を確実にえぐってくるところがあったから。だから、気が重かった。
無意識的に作品の持つ強いメッセージ性に向きあってしまっていたみたい。
あー。
そうね。
もう少し踏み込みましょう。
具体的に理由づけするならば、この映画には「才能」という言葉が出てくるフレーズがありまして。
(気になる方、自分がえぐられるか確認したい方は、ぜひ映画を観てみてください)
「才能」がある、なしの話をしているシーンが
強烈なインパクトを残してくれる(ウーピーゴールドバーグがいい味出してます。ここぞというところです)ので、スザンナの話だけれども、自分の人生や自分の生き方が浮かび上がってきて、ハッとさせられます。
もうね、現実でやれるだけ、やってこうと思う。向き合うしかないって、思わされる。
「現実でやって、やるしかない」
素直にそう思える、私も感化させられざるをえないシーンが出てきました。
(これに、愕然とし、前向きになれる方、私とすごく気が合うと思うの。ぜひコメント残しお願いします。)
スザンナは、最後、治癒して病棟を後にしますが(原作者のことはあえてココでは触れないでおきますね。)
映画を安心して、見終わったあと、私が思うこと。
私だって、作り手なのだ。
読者様を安心させたいと思った。
それが正直なところ…。
そしてね、今の私が文章を書くときに、責任がとれることってなんだろうってずっとずっと考えてたんだ。
もうね、書き続けるしかない、生きられるところまで、生き続けるしかない。
それだけだと思ってる。
何もかも途中なんだけれども、まだまだ人生は続いていくから、私は、ずっと死ぬまで、自分を守るし、晒すし、発信し続けたい。
というわけで
まぁ、よかったら
今後も読んでください。
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