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ポール・デュカス 「ハイドンの名による悲歌的前奏曲」(1909)

作曲家 ポール・デュカスについて

ポール・デュカスは1865年10月にパリに生まれた。性格は寡黙で完璧主義、自分に大変厳しくそれゆえ自作品の多くを自らの手で破棄してしまい、現存する彼の作品はかなり限られている。作曲や評論のほか、後年は母校であるパリ音楽院やエコール・ノルマルで教鞭も執り、弟子にはオリヴィエ・メシアンなどがいる。代表作は「魔法使いの弟子」「アリアーヌと青ひげ」「ピアノソナタ」など。


「ハイドンの名による悲歌的前奏曲」について

A A' という構成の二部形式であり、A'においてはモティーフの省略や和声の変化等の様々な工夫がみられる。調性感は曖昧にぼかされているが、バス保続音に「レ」が多くみられること、調号が#2つであること、そして終止がレファ#ラであることから、土台にあるのはニ長調であるといえる。

ハイドンの音名象徴-シラレレソ-が一音も欠けることなく表れる箇所は4ヶ所のみとかなり限られている。そのうち冒頭の2分音符によるモティーフ【譜例1】が実に3ヶ所を占めている(それぞれ和音の変化は伴っている)。

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【譜例1】第1~5小節(上段)    【譜例2】第34小節(下段)

その他の部分においては、音名象徴の扱いはかなり自由であり、例えば下記【譜例3】の赤点線部分を見ていただくと、音名象徴を基にした断片は含まれている(赤点線内最初の3音「ミファ#ラ」は並び替えると「ファ#ミラ=HAYの音程間隔と同じ」だったり、一小節後の32分音符部分「シーラシシレラミ」内に「シラレ=HAY」が見え隠れしていたりする)が、譜例1及び2と比べていただくと随分抽象化されていることがわかる。

青線部分に関しては【譜例3】では「シラレレソ」をそのまま完全5度上へ移高した「ファ#ミララレ」が出てきているが、その後の青点線で示した【譜例4】内ではその音程間隔が微妙に崩されている。

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【譜例3】第11~18小節(上段)    【譜例4】第23~24小節(下段)

また緑線部分に至っては、何かしら音名象徴と関係ありそうに見えて実は何の関係もない、新しいモティーフが出現している。


このように音名象徴によるある種の”縛り”はかなり緩めな当作品だが、それは恐らくデュカスがモティーフよりも瞬間毎の和声の響きを優先したためで、そういったアプローチで聴いてみるのも面白いであろう。


演奏者からのコメント

《魔法使いの弟子》の作曲者として名高いデュカスですが、それとこの「悲歌的前奏曲」の各冒頭を聴き比べてみると、どことなく世界観に類似性を感じられて興味深いです。
オーケストレーションを想起させるようなピアニズムと、弱音が大半を占める“静”の音楽の中にひっそりとハイドン音列が潜んでいます。他の5人に比べると音列の主張度合いは一番控えめな印象で、ハイドンとは無縁のピアノのための小品として聴くことも出来そうです。個人的にはタイトルにある“悲歌的”要素はそこまで感じられず、月夜のワンシーンのような美しく幻想的なイメージを喚起されます。
(増田達斗)

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