シール、貼る? #2000字のホラー
「先生、なんでもうシールくれないんですか?」
「だって、小学五年生だぞ。もうそんな年頃でもないだろ」
「年齢とか関係ないですよ。ぼくにとってはシールは人生なんです!」
「ははは、人生とはまた大げさだな」
「どうしてもダメなんですか?」
「ルールで決まってるんだから、しょうがないだろ。あんまりしつこいと怒るぞ」
「文房具とかいらないんで、シールだけでもくださいよ」
「こっちは忙しいんだ。かんべんしてくれ!」
ぼくの通っている塾では、漢字テストで満点を取るとシールを1枚くれる。それをためると文房具と交換してくれるのだ。
塾にはお父さんに無理やり入れられたので、はじめは本当にいやだった。宿題も大嫌いだった。でも、お父さんはベンチャー企業の社長で、ぼくを後継ぎにしたいらしく、付きっきりで漢字の練習をさせられた。お父さんは怒ると手が付けられないくらい怖いので、ぼくはビクビクしながらも必死にがんばった。
4回目の漢字テストで初めて満点が取れた。漢字テストは交換採点なのだが、となりの席の女の子がかなり細かい子なので、いつも90点台しか取れなかったのだ。このシールを見せれば、お父さんはきっと怖い顔をしない。いや、きっと喜んでくれるはずだ。
「お父さんの子供だ!やればできるに決まってるだろ!はっはっは」
家に帰ると、ぼくの予想を超えてステーキでお祝いだった。ぼくは、ステーキよりも、お父さんが笑顔で迎えてくれたことのほうが、よっぽどうれしかった。初めてのシールを貼ったときの気持ちよさは今でも絶対に忘れない。吸い付くようにシール帳に貼りついたシールは、もうはがれない。
それからぼくは毎回満点をとった。絶対に間違えない。とめ・はね・はらい、全て完璧にこなしていった。周りもぼくのことをすごいとほめてくれるようになった。四年生になると県庁所在地の漢字が出てくるので、かなり苦戦したが、それでも毎回満点を続けた。
シールを貼ることは、お父さんに認められること。それがうれしくて頑張ってきたというのに。
「お父さん…。五年生になったから、塾の漢字テストで満点を取ってもシールもらえなくなるんだって。ぼく、何を目標に頑張ったらいいのか分かんなくて…」
「……」
しばらく黙っていたお父さんを見上げると、顔が真っ赤だった。
お父さんに怒られる。「五年生にもなって、何言ってるんだ」と怒鳴られるに決まってる。ぼくの顔から血の気が引いていくのを感じた。
「分かった、お父さんに任せておけ!」
「え?」
「他に、株主の方からのご質問はございますでしょうか」
「はい」
「では、宜しくお願いいたします」
「八十六番の村田と申します。宜しくお願いいたします」
「あのですね。うちの息子が、こちらの塾でお世話になっておりまして、四年生までは漢字テストで満点を取ったらシールをもらえるそうなんですね」
「ところが、五年生になったからもらえないと。これから何を頼りに勉強に励めば良いのか分からないと、そういいながら泣くわけですよ」
「景品はいらないから、シールだけでももらえないかと担任の先生に言ったみたいなんですが、ルールだから無理だと無碍に断られたらしいんですよ」
「シールなんて安いもんでしょ。景品はいらないってんだから、シールくらいくれてやっても痛くもかゆくもないでしょ」
「それとも何ですか。この会社の経営状態はそんなに悪いんですか!一体、保護者が毎月いくら払ってると思ってるんだ!」
「シールよりも大事なのは、子供のやる気だろ、と。子供のモチベーション下げるルールなんてのは要らないだろ、と。すぐにでも変えてもらいたい!」
「この件についてどうお考えか、経営幹部の皆様のお考えをお聞かせいただきたい」
「ええ、こういった件につきましては、様々ご意見を頂戴するところではございますが、我々といたしましても喧々諤々協議いたしました結果としてこのルールを採用させていただいております」
「それじゃ答えになっとらんのだよ!モチベーションを下げるルールを継続するのかどうかを聞いとるんだよ!」
「……、ええ、それでは持ち帰りとさせていただき、改めて検討させていただき…」
「いや、待てない!こちらから新ルールをご提案させていただく!」
「はあ」
「うちの息子に漢字テストで負けた生徒は全員、磔にしていただく!」
「は?」
「なんせ、うちの息子は貼るのが好きなもんでね」
(2022/8/25)