ロシアのウクライナ侵略は私たちに何を突きつけているのか?
2022年2月からはじまったロシアのウクライナ侵略戦争は、これを書いている5月11日現在、まだ続いている。圧倒的な軍事力で短期間にウクライナ制圧を計画していたロシア軍は、ウクライナ軍と民衆の頑強で執拗な反撃を受け、当初のキーウ占領計画が失敗し、その後3月末ごろから、ドンバス地方制圧にむけて兵力を移動したものの、ここでも反撃を受け、立ち往生が続き、現在は逆にウクライナ軍の攻勢で守勢に廻らざるをえなくなっている。西側の軍事・経済援助が中断することなく継続すれば、ロシアが敗北するのは時間の問題だろうとの観測が多く出始めている。
ロシアによるウクライナ侵略戦争は私たちに何を突きつけたのだろうか。「なぜロシアは誰が考えても無謀な侵略戦争に乗り出したのか?」、「ロシアが糾弾されるべきなのは明白だが、アメリカを含むNATOのロシア包囲網強化が引き金になったのではないか?」、「ウクライナのアゾフ大隊にネオナチがいるのは明らかだし、ウクライナ政府によるドンバスやクリミアのロシア語話者への抑圧もあり、これらを侵攻理由にあげているロシアの主張にも一理あるのではないか?」、「結局この戦争は、ロシアと欧米のウクライナを舞台にする代理戦争であり、どっちもどっちと言うべきではないか?」* など、戦争をめぐる論点は多くあり、また戦争は現在も進行中で、今後どのような展開になるかは予断を許さない(たとえばロシアによる化学兵器の使用など)から、ここで論点を絞るのは時期尚早だという声もあるだろう。
* ロシアのウクライナ侵略戦争における「どっちもどっち論」の誤りについては、『ウクライナの現実と「絶対平和主義」の罠』で指摘し、またネオナチをめぐるロシアのプロパガンダについては『ロシアのプロパガンダについて』で取り上げているので参照いただきたい。
しかし、これらの論点をすべて捨象しても、今回の戦争で浮上した重要な問題があると私たちは考え、それをここでは検討したい。実はこの問題は戦争開始から私たちの目の前に現れていたが、私たちの知る限り、必ずしも正面から論点として取り上げられていない。その問題とは、現在この地上で、大国(別の言葉では帝国、以下帝国と呼ぶ*)が小国を侵略するのを止める手段を私たちは持っていないという事実、および私たちがその手段を見つけ出さなければならないと言う課題を背負っているということである。なお、私たちが今回の戦争に対して、ロシアの侵略を糾弾し、ウクライナ国家と民衆の自衛ための闘いを支持する立場を取り、この立場に変わりはないことをあらかじめ付言しておきたい。この点については『国家と民衆の自衛権について』で触れているので参照いただければ幸いである。
*帝国とは周辺領域にある国家や民族を事実上支配し、統治している国家であり、支配が世界全体に及ばない以上厳密には「地域帝国」である。現在、アメリカ、ロシア、中国およびフランス、ドイツを含むEU諸国連合が帝国に該当し、たがいにその拡張や支配力を争っていると考えられる。EU諸国連合がはたして帝国と呼べるかどうか異論もあるが、NATOを軍事的背景として持っている点を無視できないだろう。またいずれここに準帝国としてインドが登場する可能性がある。
「いや、この事実と課題は、ウクライナ侵略戦争に限らず、以前からと存在していた」という指摘があるだろう。実際、近年を振り返ってみても、ロシアとアメリカによるアフガニスタン侵攻(前者は1978-1989年、後者は2001年)、ロシアによる第一、第二次チェチェン侵攻(前者は1994-96年、後者は1999-2009年)とグルジア侵攻(南オセチア紛争 2008年)、アメリカによるイラク侵攻(2003-2011年)、ロシアによるクリミアおよびドンバス地方(ドネツィク、ルハーンシク自治州)の併合(前者は2014年、後者は2022年)とシリア内戦への軍事介入(2015年-現在)、中国による新疆ウイグル自治区の制圧など、それぞれ直接の原因や軍事力行使の形態(たとえば単独か、有志連合かなど)や規模、経過は異なるものの、いずれもアメリカ、ロシア、中国などの帝国による小国(あるいな国内の少数民族自治区)の侵略と併合にあたると私たちも考える。
つまり、確かに帝国による小国の侵略や併合は、以前から存在していたのであり、今回のロシアによるウクライナ侵略戦争もその延長上にある以上、先にあげた事実と課題が急に現れたわけではないということになる*。
*ちなみに、このことを理由に、「同じ大国の侵略なのにウクライナ侵略戦争だけがことさら取り上げられ、チェチェンやシリアがなぜ問題にされないのか?」と白人優越主義史観を問う声も上がっている。考えなければならない課題であるが、だからと言って、ロシアの侵略戦争に抵抗反撃するウクライナ民衆の自衛の闘いや世界に広がるウクライナ支援の活動を相対化し、その力を弱めることは妥当ではないだろう。また眼前の不法な侵略に対する闘いを通じて、過去の埋もれ、忘れられてきた闘いへの眼差しが生まれる闘いのダイナミズムも忘れるべきではない。つまり、私たちは眼前の「出来事」(ドゥルーズ=ガタリ)に否応なく巻き込まれ、対処していかざるをえない存在なのだ。
だが、この結論は妥当だとしても、なぜ今回の侵略戦争において切迫した形で浮上したのかという疑問が残る。おそらくそれはウクライナが、領土、人口、農産物などにおいて大きな独立国家であることに加え、ヨーロッパと国境が近接しており(隣接国家ポーランドの隣はドイツである)、ロシアの侵略がヨーロッパに波及し*、NATO対ロシアの全面対決の可能性を持っていること、そしてその全面対決がアメリカも巻き込む核戦争の形態を取るかも知れないという恐怖をヨーロッパのみならず世界の人びとに呼び起こしているからだろう。また核に対する恐怖は、核戦争の可能性にとどまらず、ウクライナのチェルノービリおよびヨーロッパ最大規模のザポリージャ原発をロシア軍が占領したことで加速されている。したがって、なぜ切迫した形で事実と課題が浮上したのかは、これまでの、そう言ってよければいわば局地戦にとどまる侵略戦争と異なり、この戦争が世界を巻き込む可能性を持つからだと思われる。ただ「世界を巻き込む 戦争の可能性」は核戦争とイコールではなく、後者の現実性については、ロシアが西側および世界に「核戦争の恫喝」を加えている現在、極めて低いと考えるべきだろう。
* 既に、これまでロシア、NATOに中立のスタンスを取ってきたフィンランド、スウェーデンがNATO加盟に動き出したこと、また当初ロシア批判と制裁に消極的だったドイツがウクライナへの、戦後初めてとなる武器輸出に踏み切ったことにも波及への危機感が現われている。
そうでだとすれば、私たちはこの侵略戦争をできるだけ早期に終わらせなければならない。つまりロシアに侵略を断念させなければならない。だが残念ながら、その方法を現在の私たちは持っていないのである。もちろんウクライナがこの戦争でロシアに勝利することによって戦争が終結する可能性があり、この方法が望ましいことは言うまでもない。しかし、国力においても、軍事力においてもウクライナに圧倒的に勝る帝国ロシアに、ウクライナ一国で立ち向かうことがこの国にどれだけの犠牲を強いることになるかを考えれば(とりわけロシア軍によるジェノサイドを考えれば)、それが望ましいからといって、たとえさまざまな形で支援は可能だとしても、基本的に戦闘行為そのものに拱手傍観したままであることは倫理的に許されないことだろう。
帝国の侵略戦争を止めることができない事実から私たちが問われるのは、では、はたして止める方法があるのか、あるとすればそれはどこに求めればいいのかを探索することである。以下は、そのための問題提起である。問題提起であっても取り上げるべき多くの論点を含み、また本来それぞれについて詳述すべきであるが、現時点はでその余力がないので、骨子を述べるだけにとどめざるをえないことをお断りしておく。この宿題は後日の課題としたい。
さて、結論から言えば、私たちはその方法はあるし、それを求めるべきところも潜在的であれ、既に一つの形態をとって私たちの眼前に存在していると考える。賢明な読者であればもうお気付きだろうが、求めるべきところは国連であり、その方法とは ➀ 侵略戦争に介入、停止させ、平和維持を任務とする常備軍を国連に常設すること、および ➁ 侵略を指揮した首謀者に刑事責任を負わせる国際刑事裁判所*の権限を強化し、訴訟手続きの迅速化をはかることである。
* 国際刑事裁判所は国連から独立している機関であるが、侵略戦争など戦争犯罪の裁判を行う場合は、国連および安全保障理事会と連携することになっており、準国連機関といっていいだろう
なぜそう考えるかを述べる前に述べておくべきことがある。国連と➀➁によるその改革以外に、帝国の小国に対する侵略・併合(さらにしばしば侵略に伴うジェノサイド)を確実に止める方法はないだろうということである。
たとえば帝国間のヘゲモニー調整で戦争が終結する可能性も存在する。たとえば今回のウクライナ侵略戦争の場合、アメリカと通じた中国が仲介役として介入し、ロシアを説得してウクライナとの和平交渉を準備するシナリオもありえなくはない。しかし帝国間のヘゲモニー調整によって解決する方法は極めて不確実である上に(その時期も、効力も誰も予測できない)、それによってもたらされる和平条約が当事者である帝国によって将来破棄される可能性が残るという難点を持っている。つまり、この方法ではふたたび侵略が行われる芽を完全に摘みとることは困難なのだ。また、帝国によるヘゲモニー調整による以外に、それ以外の国々が協力しあい集団で介入する形もありえるだろう。だが、この形も前者と同じ問題を抱えている。
もう一つ、帝国の中の一国で資本主義体制そのものを変革する社会革命が成立した場合も、帝国の侵略・併合のリスクを低減させる可能性があるかも知れない。しかし、この場合は、社会革命が自らに波及するのを防ぐため、残りの帝国が反革命で結束し、当該の国家を包囲攻撃してくる可能性が高い。帝国で同時に社会革命が成立しない限り、この可能性を封じることはできない。だが「同時に」という要件を満たすことはほとんど不可能と言っていいだろう。したがって一帝国の社会革命だけで侵略戦争を抑止することは困難だと言わざるを得ない。資本主義の克服をめざす民衆が主体となった社会革命そのものはいわば必然的に、そして自然発生的に生まれるものであり、帝国内の一国で発生した場合、私たちはたとえ困難であってもその革命を擁護し、反革命の動きに反対すべきなのは言うまでもない。しかし、単独で残りの帝国に対する闘いには、国連による実効的な介入が不可欠になるだろう。
だが、国連しかないとしても、はたして私たちの期待に応えられるのか検討する必要がある。国連が侵略戦争や内紛に対しこれまで無力であったことはいわば周知の事実だからである。
現在地球上の国家間の関係を規律するとされる国際法では、よく知られているように、➀ 独立国家の国家主権は絶対的であり、その上に存在する権威(あるいは権力)は存在しないとされ、したがって➁ 独立国家の内政に外国は干渉できないとされている。そして➂ 独立国家は互いに平等だとされ、帝国と小国の実質的な不平等は考慮されることはない。ここから、ある国が他国を侵略した場合、たとえそれが違法な侵略であると国際世論が認識していても、他のいかなる国家もその軍事行動に介入し、中止させる権限を持っていないことになる。
現在の国連は、いまあげた国際法の限界を完全に克服できているわけではない。しかし、一定の手続きを踏んだ上で加盟国の多数が同意すれば、少なくともオフィシャルに勧告などの方法で侵略国家に圧力をかけることができ、一定の場合には軍事的に介入することもできる唯一の国際組織である。言うまでもなくもともと国連は第二次世界大戦の教訓から、その再発を防ぐために組織されたものであり、国連憲章第1条では設立の目的が以下のように定められている。
第一条 国際の平和及び安全を維持すること。そのために、平和に対する脅威の防止及び除去と侵略行為その他の平和の破壊の鎮圧とのため有効な集団的措置をとること並びに平和を破壊するに至る虞のある国際的の紛争又は事態の調整又は解決を平和的手段によって且つ正義及び国際法の原則に従って実現すること。
この条文を受けて、一定の場合に軍事介入できることは国連憲章第42条で規定されている。
国連憲章42条「安全保障理事会は、第41条に定める(兵力を伴わない)措置では不充分であろうと認め、又は不充分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる」
この限りで国連は、国際法上絶対とされる国家主権を拘束し、制限を加えていることになる。とはいえ、国連は国家の上に立つ権威(権力)とまでは言えず、加盟国が横並びで組織された国際機関にとどまっている。
国連が国家の上に立つ権威(権力)でなれていない最大の理由は、国連において戦争や紛争を扱う最も重要な機関である安全保障理事会(5カ国の常任理事会と10カ国の非常任理事会で構成される)で、第二次世界大戦の戦勝国であるアメリカ、イギリス、フランス、ロシア連邦、中国が常任理事会を独占し、その一国でも拒否権を行使すれば、たとえその他の理事国多数が賛成した決議であっても覆すことができることにある*。
*「国連憲章のもとに、国際の平和と安全に主要な責任を持つのが安全保障理事会である。理事会は15カ国で構成される。常任理事国5カ国(中国、フランス、ロシア連邦、イギリス、アメリカ)と、総会が2年の任期で選ぶ非常任理事国10カ国である。各理事国は1票の投票権を持つ。手続き事項に関する決定は15理事国のうち少なくとも9理事国の賛成投票によって行われる。実質事項に関する決定には、5常任理事国の同意投票を含む9理事国の賛成投票が必要である。常任理事国の反対投票は「拒否権」と呼ばれ、その行使は決議を「拒否」する力を持ち、決議は否決される。これまで、5常任理事国すべてがさまざまな折りに拒否権を行使してきた。常任理事国は、提案された決議を完全には支持できないが拒否権によってそれを阻止することを望まない場合は、投票を棄権することができる。それによって、必要とされる9票の賛成投票を得る事ができれば、その決議は採択される。理事会の議長はアルファベット順に1カ月ごとに交代する」(国連広報センターより)
たとえば今回のロシアのウクライナ侵略戦争に対しても、国連総会はこれまで二度にわたりロシア非難決議を採択し、ロシアに侵略中止の圧力をかけているが、直接ロシアに軍事的制裁を加えることは、安全保障理事会でロシアが制裁決議に拒否権を行使し、反故にすることが予想される以上、それ以上の行動は取られていない*。 実際これまでも上にあげた帝国の小国への侵略や併合は、国連で非難されても、いずれも当該帝国がことごとく拒否権を行使し、彼らの侵略を止めることができていない(国連の無力さ)。
* また、ある軍事行動が侵略にあたるかどうかもその手前で問題になる、国際法も国連憲章も侵略戦争を違法だとしている。しかし自衛のための戦争は(国連憲章では国連が仲介に入るまでの期間と限定されているが)認められており、帝国はすべての侵略戦争を「自衛のための戦争」と弁明するのである。現に今回のウクライナ侵略戦争についてロシアは「アメリカやNATOがウクライナをけしかけ、ロシアの分断をはかろうとしていることに対する自衛のための軍事行動である」と主張している。だが侵略の定義は既に国際刑事裁判所で与えられており、この定義を厳密に適用すれば自衛戦争かどうかの問題は基本的に解決できるだろう。とはいえ、国際刑事裁判所は、安全保障理事会における侵略戦争か自衛戦争かの判断にも影響されるので、やはりその認定に際し、常任理事会の拒否権が問題になる。
ここで、国際刑事裁判所で侵略がどう定義されているかを少し長くなるが引用しておきたい。これらの定義によれば、ロシアのウクライナ侵攻が侵略にあたるのは明らかであろう。
第8条の2 侵略犯罪
1. この規程の適用上、「侵略犯罪」とは、国の政治的または軍事的行動を、実質的に管理を行うかまたは指示する地位にある者による、その性質、重大性および規模により、国際連合憲章の明白な違反を構成する侵略の行為の計画、準備、着手または実行をいう。
2. 第1項の適用上、「侵略の行為」とは、他国の主権、領土保全または政治的独立に対する一国による武力の行使、または国際連合憲章と両立しない他のいかなる方法によるものをいう。以下のいかなる行為も、宣戦布告に関わりなく、1974年12月14日の国際連合総会決議3314(XXIX)に一致して、侵略の行為とみなすものとする。
a. 一国の軍隊による他国領域への侵入または攻撃、若しくは一時的なものであってもかかる侵入または攻撃の結果として生じる軍事占領、または武力の行使による他国領域の全部若しくは一部の併合
b. 一国の軍隊による他国領域への砲爆撃または国による他国領域への武器の使用
c. 一国の軍隊による他国の港または沿岸の封鎖
d. 一国の軍隊による他国の陸軍、海軍または空軍若しくは海兵隊または航空隊への攻撃
e. 受け入れ国との合意で他国の領域内にある一国の軍隊の、当該合意に規定されている条件に反した使用、または当該合意の終了後のかかる領域における当該軍隊の駐留の延長
f. 他国の裁量の下におかれた領域を、その他国が第三国への侵略行為の準備のために使用することを許す国の行為
g. 他国に対する上記載行為に相当する重大な武力行為を実行する武装した集団、団体、不正規兵または傭兵の国による若しくは国のための派遣、またはその点に関する国の実質的関与
したがって、国連が国家の上にたつ権威(権力)となるためには、まず安全保障理事会の常任理事会構成国の拒否権を廃止することが必要になる。なぜなら、たとえ常任理事国であっても、一国の意思だけで、国連加盟国多数の意思に反して侵略戦争を阻止できないとするのは国連憲章が掲げる目的に反するからである。つまりすべての加盟国が従うべき国連の意思は、権利において平等である加盟国多数うの意思でなければならない。そうであるとすれば、さらに一歩進んで安全保障理事会の常任理事制度を廃止し、15の理事国が平等の権利で審議し、提案する機関に改組し、あわせて理事会の提案を決議する最高機関はあくまで総会とすべきであろう。
国連が国家の上にたつ権威(権力)として加盟国すべてに承認される段階に向けて、安全保障理事会の改組と並行して、現在は憲章42条で定められている戦争や紛争に軍事介入する場合に組織される国連軍を、加盟国の承認のもとでその都度一時的に組織される寄せ集めの連合軍ではなく、上の➁で述べたように「侵略戦争に介入、停止させ、平和維持を任務とする常備軍」として設置すべきであろう。そうすることで、戦争が侵略戦争か、自衛戦争かを認定する手続きが必要であるとしても、総会の決議があれば迅速に行動できることになる。
もしこれらの改革が実現できれば、国連は、NATOに代表される集団的自衛権にもとづく軍事同盟や、さらには核兵器の廃止に向けて大きく踏み出すことになる。なぜなら平和維持常備軍が実際に戦地に派遣されて実績を上げ、国際司法裁判所も侵略国家に確実に責任を取らせることができるようになれば、換言すれば国連が国家の上に立つ権威(権力)として認められるにつれて、国連以外の軍事組織が必要度が減少していくからであり、軍事同盟がなくなれば、帝国の覇権争いの道具である核兵器の必要性もまたなくなっていくからである。そして究極的には、この延長上に、地上のすべての国家がその国家主権を国連に譲渡することによって国連が世界共和国に転化する未来を展望することができると私たちは考える*。
* ちなみに、この点については、柄谷行人氏の『世界共和国』(2006年)ですでに提起されている。ただしこの著作は、ロシアのウクライナ戦争前に書かれており、私たちがここで取り上げた侵略戦争阻止に向けた国連改革については言及されていない。
ただし、国連改革の困難さに触れておかなければならない。一番困難なのは、安全保障理事会の常任理事から拒否権を奪うことだろう。アメリカ、ロシア連邦、中国の帝国諸国にとって拒否権は彼らが覇権を維持するために重要なツールであり、そう簡単には手放さないだろう。アメリカはイラクへの軍事介入を、同盟関係にある国を中心に編成した「有志連合」(Coalition of the willing)という形態で行なっており、必ずしも国連に縛られないで行動することがある。つまり彼らは国連を御都合主義的に利用しているのである。しかし彼らにとって国連の重要性が著しく低下しているというわけではない。国連決議にもとづく「国際連合平和維持活動」として軍を編成することがもっとも望ましい大義名分を持った形態であることに変わりはない。したがって(平板な結論であるが)、困難であるからといって拒否権廃止を諦めるのではなく、現在国連加盟国となっている193カ国の中で粘り強く説得していくしかないだろう。なお、そもそも安全保障理事会の構成や常任理事国の拒否権などは国連憲章で定められているので、実際には常任理事国の拒否権を廃止するには、国連憲章を改正することが必要となる。改正手続きは第18章で以下のように規定されている。
第108条 この憲章の改正は、総会の構成国の三分の二の多数で採択され、且つ、安全保障理事会のすべての常任理事国を含む国際連合加盟国の三分の二によつて各自の憲法上の手続に従つて批准された時に、すべての国際連合加盟国に対して効力を生ずる。
他方、「常任理事国の拒否権廃止」比べて「国連平和維持常備軍」の設置と「国際刑事裁判所の改革」については基本的に大きな抵抗はないと思われる。常備軍設置では負担金や兵士装備の供出など経済的負担は増加するとしても、帝国も含めてどの国も不利になることがないからである。それゆえまずこの二つの改革に着手することを通じて、拒否権廃止の土台づくりをしていくことが妥当だと思われる。
最後にここで取り上げが課題を達成するための活動の性格(nature)ついて考えておきたい。ここで取り上げた課題を一言で言えば「国連改革」ということになるが、読者も推察されるように、残念ながら今日明日に達成できるものではない。何年もかかるだろう。他方、眼前のロシアのウクライナ侵略は、当事者であるウクライナにとってはもちろん、ロシアと国境を接し、反ロシアの立場をとる周辺諸国にとって緊急の課題である。それは単に国家間においてそうであるだけでなく、当該地域で生活す民衆にとってもそうである。なぜなら侵略戦争は民衆の生活を大規模に破壊し、多くの生命を無慈悲に奪い、しばしばジェノサイドを伴うからである。したがって、現在の緊急の課題が、ウクライナがロシアとの戦争に勝利すること、換言すればウクライナがロシアとの戦闘を通じて彼らに戦争続行を断念させ、占領地域から全軍を引き上げさせることであり、私たちがウクライナをさまざまな形で支援することであるのは言うまでもない。
しかしロシアのウクライナ侵略が、これまで述べてきたように「国連改革」が侵略戦争を根本から断つ唯一の方法であることを明確な形で浮上させたとすれば、長期の困難な活動になることを覚悟した上で、戦争終結後から「国連改革」に動き出さなければならないと私たちは考える *1。この活動は、日々の社会革命に向けた闘いと必ずしも同一軌道上にあるものではない。それは国家を超えるための活動だからである。しかし、なお必要不可欠のものであり、同時並行で進めなければならないものだ。なぜなら、戦争は人間とその共同体の存立基盤を破壊するものであり、そのことによって資本主義の後にくるべき共同体(協同組合型社会*2)の構築を不可能にするか、あるいは著しく困難なものにするからである(この点では地球環境破壊との闘いと相似形だと言えるだろう)。侵略戦争の最終形態である核戦争はその可能性が極めて低いものであるとしても、このような事態を生み出すものに他ならない。
*1 この活動のありかたは、2017年に採択された「核兵器禁止条約」の批准まで粘り強く活動し、昨2021年1月の発効までこぎつけた国際NGOであるICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)の足跡から学ぶことが多いだろう。
*2 「協同組合型社会」については、柄谷行人氏の所論と絡めてであるが『A君との対話:柄谷理論をめぐって』で簡単に触れているので参照いただければ幸いである。
なお繰り返しになるが、本稿は問題提起の骨子だけにとどまり、ロシア現代史および国連の歴史と国連各機関の活動については十分に文献にあたることができなかったので、本来触れるべき重要な論点が抜け落ちている可能性がある。この点、問題提起に対するご批判ともどもご指摘いただければ幸いである。
5.15.2022
5.18.2022 国際司法裁判所について訂正、侵略犯罪の定義を補足