スピードを出すことは生きること
コロナ自粛期間がそろそろあけそうです。
そして、無事に2日連続でnoteを更新できました。
さあ、果たしていつまで続くのか…笑
期待と不安を抱いて何かを書くことに追われて生きていきます。
今日は、久しぶりにバイクに乗りました。
私が大学生時代に乗っていたホンダのPCX125です。今思うとPCR検査キットみたいな名前ですねー。
本当は250ccのスポーツタイプのバイクを欲しかったのですが、バイト先や学校までの交通手段と考えたときにスクーターが便利だったので仕方なく買った記憶があります。
「お前のせいで20万くらい所得税が上がったから譲り渡せ」という意味のわからない理由で、今では親父のものになっています。
いろいろと理由があり、実家で療養機関を過ごしているため、ストレス発散をしに、ただただバイクを走らせてきました。
数年ぶりに乗った感想は、
でした。
"ちょっとアクセルをひねっただけで、こんなにスピードが出るのか。
しかも風を直接感じることができ、なんだか生きている気がする。"
ということを考えながら走ってきました。
スピードを出すという行為は、ちょっと怖いけどどこか楽しい。
どのくらい出したら、危ないかな?と考えながら、解放感や強風を感じることができるギリギリのスピードを探す。
これが楽しい。
このギリギリの塩梅を探す行為って生きるのと似ている気がする。
馬鹿みたいにぶっ飛んだことは楽しいけど、それって現実的ではなく、現実的な普通なことはまったく楽しくない。
ちょっと頑張れば実現できそうな、ちょっとぶっ飛んだ楽しいことを探す。
これって生きることと似ていませんか?
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