見出し画像

夕闇ノート

 1年以上かけて作った「夕闇ゆき」のCDが納品された2020年8月の頭、気持ちに変化があり、ひさしく放っておいた父と母の骨がある棚(仏壇と思っている)を掃除をした。
 過去の自分のCD、乃田吊ユニットをやっていた頃の新宿Motionの自主企画前売り券、三角さんらと作った、初めて乃田吊と名乗った現代詩の同人誌、転職ごとの名刺、あまつさえ早川義夫さんが書いたメモ(もてないおとこたちのうた、にまつわるメモ)など、他愛ない冗談さえ死者に聴いてほしいかのような献上ぶりと言うか、飼い主に獲物を見せにくる犬のような所業にフフフと笑みがもれた。
 父が生前使っていたコップを洗い水を汲み、線香を焚いて「夕闇ゆき」のCDを並べると、望んでいたことが叶った気持ちがした。止まった時を動かしたいと、ずっと思っていた。

2019年4月-5月のこと

 ここ4-5年は毎年CDアルバムを作りたいと思っていた。実行に及ばなかったのは今よりもずっと自分が嫌いだったからだと思う。
 2019年4月からヤミニさん、森本在臣さん、遊佐春菜さん、ムチオさんに声をかけ、ソロ名義のアルバムを作る座組みを固めた。手書きの企画書を持って収録曲やアルバムのサウンドコンセプトを一人一人に説明させてもらった。楽しくなってきた頃に令和をむかえ、遠藤ミチロウが死んだことを知った。想像していたよりも平気な気持ちだったが、その時の胸中を言語化するに、死が瞬発的な痛みとして捉えられるのではなく、持続的な不在として意識の隣に在り続けるという認識の変化を迎えていた。
 そんなレトリックを頭の中でいじくっていただけなのに、「乃田くんへこんでない?」って感じでひさしぶりに川口純平さんが連絡をくれて、コーラもきてくれて、ニイさんもまざって、中野で酒を飲んだ夜をとても美しい夜だったと覚えている。
 ここまでに出てきたお名前の方は2006~2012年ぐらいに会う機会が多かったが、疎遠気味になっていた方々だ。この時には、アルバムのジャケットは同じ頃に知り合ったイラスト書きの正午さんに頼みたいと思ったし、MVは村松さんに頼みたいと思っていた。2012年ぐらいに止めていた時間を動かして、ようやく自分は次に行ける気がした。その頃おもしろいと感じていた仲間の力を借りて。
 話は戻って、4月にこういうアルバムを作りたいと説明する中で引き合いに出したのは、遠藤ミチロウの最後のスタジオアルバム「FUKUSHIMA」(2015年作)だった。アコースティックソロ弾き語り、アコースティックバンド、チェロとのデュオなど曲により形態は様々だが、根幹にミチロウであるという筋が通っているので、通して聴いてぶれた印象がせず、バラエティの中に本人らしさがくっきりと際立つので、普通のソロ演奏のアルバム以上にソロアルバムらしいと感じていた。

画像1

夕闇ゆき 曲解説

01.ミツバチのささやき
 乃田吊(Vo,Gt)、森本在臣(EG)、遊佐春菜(key/cho)、ムチオ(Dr)
という編成で録音している。
 ぼくと森本さんと遊佐さんは、乃田吊ユニットで演奏していた曲だ。乃田吊ユニットのCDには入っていない。
 ビクトル・エリセの同名映画のタイトルを見た時に頭の中に電気が走り、5分ぐらいでできた曲。その時点では映画は観ていなかった。だけど歌っていることのイメージは近しいと勝手に思っている。
 ミドルテンポだけど、楽曲の速さはBPMではないと思っている。この曲のサビはかなり速い。あと思春が込められているという点で、ぼくの中でこの曲は完璧だ。

02.ドローイング
 遊佐さんとのデュオで録音している。
 ここ数年で親しくさせてもらっているCobaltさんの個展「私の中の猫」at高田馬場ロケッティーダ(2019年4月)にアンプラグドライブで出る際、事前に目にしたお店いっぱいに並んでいるCobaltさんの猫の絵と、ロケッティーダの看板猫が亡くなった話をきいて書いた曲。
 表現者はみな似ていて、特に絵描きとミュージシャンは似ている気がする。一度目にしてしまった理想に何回も手をのばして、つかみかけたり、つかんだつもりが何も手にしていなかったり。死ぬまで天に向かってジャンプし続けるような営みをイメージして書いた曲。

03.青い天国
 ソロ弾き語りで録音している。生ギター演奏を歌と一緒に録っているので、録音の質感が他と違っている。
 ぼくが好きになる人は、イメージ色が青の人が多い。理由があって今は近くにいない人も多い。
" 深く燃える青を 君に例えよう 遠く離れても 傍にいるように "
 このサビの歌詞に、いくつかの顔を投影している。

04.ビューティフル・ドリーマー
 長渕剛の「三羽ガラス」のコピーをして遊んでいる時に書いた曲。
 ぼくは歌メロが立っているか、サビがいかにサビらしいかを曲作りの重点に置いており、そのポリシーはこの曲が一番顕著かと思う。
 一曲目ミツバチと同じ編成で録音して、とてもポップになったのでMVにした。名前、題字も書きました。

 撮影、編集してくれた村松さんには事前に、プロジェクション交えて、演奏している我々と夜の映像が同期していくイメージや、「劇場版うる星やつら ビューティフル・ドリーマー」の現世と切り離された夜の世界を、空高くから見下ろす光景の話をした。
 このMVにはあと2ver.あり、演奏シーンだけのMVと、
 最後宇宙まで行ってしまう合成が入るMVがある。
 後者はちょっとやりすぎ感あったので、中庸を採った凡な私だけれど、機会があったら最後宇宙まで行ってしまうver.をお目にかけたい。
 緊急事態宣言によりスケジューリングやライブハウス利用が制限されて、撮影スケジュールは二か月ほど押した。緊急事態宣言明けて、衛生管理を担保の上、場所を貸してくれた神楽坂 神楽音にとても感謝している。
 余談、撮影シーンはその場で音出しながらもオケを流して撮っているのだが、カウントダウンTVで口パクを求められたDragon AshのKJがマイクを逆さに持つことで自身のスタンスを示したように、森本さんが右利き用のエレキギターをわざとレフティ持ちにしている。見てると、セーハが怪しい。
 演奏メンバーは森本さんの奇行に慣れているからよいのだけど、撮影の村松さんを少し困らせてしまった。

05.破れ犬
 この曲は森本さんと二人のデュオで録音した。一発録りで1テイクしか録らなかったが、それで十分だと現場で思った。
 ディスクユニオン特典CDRにも収録していて、その音も個人的に好きだ。森本さんとはライブで曲を初めて合わせることが多く、初めてでもちゃんと合う。また、何回かやっている曲でも森本さんの演奏は毎回違う。一言に即興がゆえにとは言えぬのだけど、それは重要なファクターで、この録音も二度と奏でられない一回だ。
 友川かずきの詩集に「破れ犬」という作品があり、訳がわからない不気味な動物に思えた。その想像をしているうちにできた曲。

06.透明人間
 2010年にリリースした「第七官界崩壊」というソロアルバムの一曲目に入っている曲。それから乃田吊ユニットでも、乃田吊&やさしい悪魔でも、ソロでも、何回も演奏してきた。
 今の自分はこうだということが伝わるかと思い、ソロで録音した。

07.夕闇ゆき
 この曲を褒めてくれる人が多く、そんな曲が書けたことを嬉しく思っている。
 ぼくの故郷、新潟県三条市に流れる五十嵐川の河川敷は、子供の頃は聖域で、曇り空の多い日本海側の天候の中にあって、唯一美しい夕焼けを拝める大切な場所だった。父とキャッチボールやかけっこをして遊んだ場所でもある。ただ聖域は短命であった。
 小学校に入り父が大動脈瘤で倒れてから、身体に負荷をかけられぬ状態になったので、五十嵐川はただの通学路になった。
 また、まだ名前を付けられない関係のことを少年時代のぼくはとても恐れていた。学校の中の、友達でもない、恋人でもない、意味を持つ直前の他人が怖くて、逃げるように五十嵐川を自転車で何度も渡った。胸の中ではそういう他人が、思われて仕方がないのに。
 2004年、中越地震により五十嵐川は決壊し、過剰なほどの補強工事がなされ、自分が知っている景色はなくなった。身体が不自由なのに県の土木課に務めていたので、連日の災害対応で仕事が遅くなった父はほどなく二回目の大動脈瘤で倒れて障害が増えて、三回目で死にました。
 好きだったけど嫌いになりそうな景色と、曖昧だけど胸に迫る十代の他人と、生きたいのに死んでいった父を思い浮かべて書いた曲です。
 ミツバチ、ビューティフルと同じバンドで録音しました。
 去年祖母と叔父が死んだので、短期間のうちに二回帰省したのだが、ひさしぶりに見た五十嵐川も、三条市も、そんな怖いものではなく、グロテスクでもなく、夕陽がきれいな、ただの田舎町でした。

08.あの娘はどこへ
 最後の曲は、ソロ弾き語りで録音した。
 初めてライブをした高円寺無力無善寺の、2008~2011年頃をイメージして書いた記憶がある。2番の歌詞はもっと他人を拒む内容だったのだけど、昨年ぐらいに心変わりがあり、書き換えた。
 固く決めて距離を取った相手でも、その時その時好きだったことや、真摯なきもちで向き合っていたことをもっと肯定しようと思ったのが書き換えたきっかけだった。
 フォークソングです。

夏の終わりに

 このアルバムをこういう時世の夏に出せることを、嬉しく思います。
 ぼくが腐っていく中で手をつないでくれていた友達に感謝しています。
 ぼくの名前を出しても何の得にもならないのに、好きだと言ってくれる人に感謝しています。
 止まった時間を動かしたいと思って作ったアルバムは、ぼくの生活のねじをキリキリ巻きあげて、嫌なぐらい速くしてくれています。
 リリース前日ではありますが、また新しい曲を作って、アルバム作りたいと思っています。
 作品を残すのは、痛くて痛くてたまらなく嫌な行為です。そんな痛みを感じられるものは他にないので、特別に好きです。

2020年8月25日 乃田吊

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?