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人間力が欲しい

何が正解かわからないよね。
というか、正解なんてないだろうと思いたい。

例えば若くして母親になってしっかりしている人達、私にはできなかった。
どんどん人生のライフステージを進んで簡単に切り替えるなんて恐怖でしかなかった。
今の自分が確立していないのに誰のパートナーになって家庭を作るなんて考えられない。
誰かの親になるなんて、そんな人として未熟なのに責任をもって小さい命を守る事なんて想像できない。
私はそんなに立派な人間ではない。

今だってそう。
もう大人なのに中身は子供の時から大して変わっていないように思う。
そりゃ、いろんな経験をして考え方や学んだことはあるかもしれない。
けれど、人として核心の部分、性分みたいなものはそのままのような気がする。

振り返ってみて、すごく凝り固まった考えだったし、思い込んで自分を苦しめていたり、視野が狭くて辛い考え方になってしまっていたように思う。

どうして周りの人はすべてが身についているのだろう。

人とのうまい付き合い方だったり、ストレスの流し方、この時はこうした方がいいという対応力、立ち振る舞い方、自分の励まし方、確信を持って未来へ進んでいくこと。

私は本をこれでもかというほど読み漁って、やっとの思いで少しだけ手がかりが掴めてきたような、分かったつもりになっているだけで実際できていないことも多いのだけれど、知識として詰め込んでようやくそれを少しずつ活かせているような感覚がある。

しかし、周りの人は本なんて全く読まなくてもすんなりそれらができてしまうし、身についている。標準装備なのか親御さんの育て方愛情の注ぎ方の賜物なのか自然と身についているように思う。

いろんなことが怖いのかもしれない。適応する力が弱いのかもしれない。

何にも知らないからかもしれない。経験値が低いのか、度胸が足りないだけか、わからない。
憧れの人たちは人生何周もしているのだろうか、もう分りきっているように見える。

いちいち悩むことなく、余裕を見せながらすらすら人生を楽しそうに気持ちよく自分の行きたい方へ泳いでいっているように見える。

対して私はその場でバタバタしてずーっと溺れかかっているようにしんどく感じる。

優雅に泳いでいる人達をずっと羨望の目で見つめながらも、私はもがいて生きてきた。

ふと、他人の中に一日入ってその人の一日を体験してみたいと思った。その人が何を考えどう感じてどんなリズムで生活しているのか実際に他人を体験してみたら、自分との違いに驚くことばかりだろうし、それらが大きな学びになると思ったからだ。
それを一日一人365日別人で体験したら、その中での自分が何を幸せと思い、そんな暮らしは苦手で、どう生きたいのか。そのようなものの答えが見つかるように思う。

まぁ、実際そんなことは不可能で自分自身をちゃんと生きていくことしかできないのだけれど、ふと思った。


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