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【連載#12】教えて!アヤノさん〜青葉大学バスケ部の日常〜

第十二話  ようこそわが家へ!


 青葉大学女子バスケ部と仙台市内のクラブチーム・上杉クラブの練習試合が終わった後、青葉大学男子バスケ部主将の菅野タケルは、上杉クラブのメンバーで、中村アヤノの母、中村ユキノに捕まっていた。

「菅野くんやバスケ部のことアヤノから聞いてるよー。でもいいのかなあ、アヤノがコーチだなんて」
「お母さんは余計な口出ししないで。ちゃんと部の総意でコーチをお願いされているんだから」

 体育館の外で立ち話をしていたタケルとユキノの背後には、二人を監視するような鋭い目つきのアヤノがいた。女子バスケ部と上杉クラブのメンバーは、大半が帰路についている。

「アヤノさんはバスケの事をよく知っていますので、客観的で的確な指導をしてもらっていると思っています」

 タケルはユキノに素直な意見を述べる。

「あら、そう? この子、口下手だし、指導者には向いていないんじゃない?」
「まあ、口数が少ないのは、そのとおりかもしれませんけど……」
「お母さん、ニコさんたちと食事に行くんじゃないの?」

 珍しくイラついた口調のアヤノ。慣れているのか、ユキノはアヤノの言葉が聞こえなかったかのように話を続ける。

「でもこうしてまたアヤノがバスケをするなんてね。数年前には考えられなかった。これも菅野くんのおかげかもしれない」

 そうですかね、とタケルは曖昧な返事をする。

「せっかくこうして知り合えたことだし、タケルくん、今度是非、うちに遊びに来てよ」
「勝手に約束しないで。私の家でもあるのよ。菅野くん、この人の話を真に受けないでね。人生の大半を勢いだけ生きてきた人だから」
「アヤノさん、そこまで言わなくても……」
「そうよ。あなただって菅野くんを家に呼びたいって言ってたでしょ?」
「言ってない。サラッと嘘つかないで。さ、帰るよ」

 アヤノはそう言って同じ背格好の母親の手首を掴んで地下鉄の駅に向けて歩き出す。

「ごめんなさい菅野くん。また後で連絡しますから」

 ユキノを掴んでいないもう片方の手を振って遠ざかるアヤノ。ユキノも体を捩るようにして手を振っている。
 二人が見えなくなるまで見送ったタケルの後ろから、戸締りを済ませた女子部主将の小笠原ノアが話しかけてきた。

「あの二人、見た目はそっくりだけど性格は正反対だよな。どちらかって言うとユキノさんが娘って感じだけど。っていうかユキノさんって歳いくつだって話よ」
「アヤノさんが二十代半ばだとして……え?」
「怖っ。やっぱり魔術師の家系なのか? あ、たぶんユキノさんも悪魔に魂を売って不老不死の肉体を……」
「もういいわ。でもあの二人はいいコンビだと思う。コート上でも息ピッタリだったし」
「あたしはユキノさんの方がタイプだけどね。タケルはやっぱりアヤノさんか?」
「タイプも何も、ユキノさんは人妻だろ」
「人妻……いい響きじゃないか」
「おっさんかお前は。くだらないこと言ってないで、おれたちも帰るぞ」

 ノアと別れて自宅アパートに帰宅したタケルは、初冬の風で冷えた体を温めるため、夕食にカレーを作ることにした。ニンニクを油に絡めひき肉と玉ねぎを炒め、その後にジャガイモ、ニンジン、ナスの順番に加えて炒める。それに刻んだトマトを入れ、最小限の水を足して煮詰め、最後にカレー粉を入れて完成。タケルの母親がよく作っていたトマトカレーだ。
 タケルのレパートリーは少なかったが、このカレーとトマトソースのパスタは頻繁に作っていた。どちらも冷蔵庫に保存しておけば翌日も食べることができる。あらかじめ電子レンジで解凍しておいたご飯に出来上がったカレーをかけて食べた。
 食後、ベッドに寝転がり読書をしていると、枕元に置いていた携帯が震える。

『菅野くん、中村です。今、お話大丈夫ですか?』

 後で連絡すると言ったアヤノだったが、こんなすぐにとはタケルも思っていなかった。

「大丈夫です。どうしました?」
『あの、今週末お時間空いてますか? もし良ければ、私のバイト先で夕食でもどうかと思いまして』

 タケルの週末の予定は土日とも空いていた。土曜日が23日。日曜日はクリスマスイブだ。

「じゃあ、土曜日はどうでしょうか?」
『分かりました。では土曜日に。時間は18時にメディアテークの1階、通り側のベンチに集合ということで』
「はい。でもどうしてまた食事に?」
『今日は母が菅野くんに大変ご迷惑をおかけしたので、そのお詫びも兼ねてです』
「いやいや、楽しかったですよ。明るいお母さまですね」

 アヤノさんとは真逆ですね、とまでは口にしない。

『お恥ずかしい限りです。それと、せっかくですので私のバイト先でも見ていただこうかと』
「そうですか。分かりました。では、土曜日の18時に。メディアテークで」
『はい。よろしくお願いします』

 唐突な食事への誘い。アヤノの意図がタケルには読み取れない。契約のこともあるし、気を使ってくれているのだろうか。考えたところで分かるはずがないことが分かったタケルは考えるのをやめた。寝る時間には早かったが、タケルは21時前に風呂に入って床に就いた。

 土曜日。時刻は16時。アヤノとの集合時間よりだいぶ早く、タケルは待ち合わせ場所のせんだいメディアテーク3階にある仙台市図書館で小説の棚を見ながら、次に読む作品の品定めをしていた。
 せんだいメディアテークは、仙台市のメインストリートの一つ、定禅寺通りに面した仙台市の公共施設である。世界的建築家である伊藤豊雄氏が設計した、ガラス張りの躯体に海草をイメージした鉄骨の『チューブ』と呼ばれる13本の柱から構成される近未来的な建築物だ。
 毎年12月、定禅寺通りではケヤキ並木に数十万の電飾が施されたイルミネーションイベント『光のページェント』が開催されており、土曜日のこの日も点灯を待つカップルや家族連れでメディアテーク内は混雑していた。
 タケルは一人、図書館の窓際にある深紅のベンチで黙々と本を読む。気がつけばすでに17時を過ぎていた。17時半には定禅寺通りのイルミネーションが点灯する。それに合わせて人も少しづつ増えているようだった。
 タケルは17時半にはアヤノとの待ち合わせ場所に行こうと思い、読んでいた本を借りて一階に向かった。一階フロアは薄暗く、フロア全体がこの後の点灯を待ちわびているように見える。建物の内と外を隔てる透明な二重ガラスには、表にも裏にも多くの人が張り付いていた。タケルも建物の内部から通りを眺める。
 17時半、ケヤキ並木のライトが一斉に発光した。ライトで木々の輪郭が浮き上がる。周囲からは感嘆の声とスマホのシャッター音が鳴り響く。
 タケルもスマホを出して写真を撮ろうとマウンテンパーカの胸ポケットに手を伸ばしたとき、右隣、間に3人ほど挟んだところにアヤノの姿を見つけた。外を見つめるアヤノの顔が、ライトに照らされて幻想的に映る。タケルは少し近づき、その表情を写真におさめた。アヤノがシャッター音に気づく。

「盗撮は犯罪ですよ」

 アヤノは穏やかな表情でタケルを責める。

「すいません。あまりに幻想的だったので、つい」
「まあ、いいでしょう。今回は不問にします」
「ありがとうございます」
「では、ちょっと早いですが行きましょうか」
「はい」

 メディアテークを出た二人は、雑踏の中、定禅寺通りを横切って路地へと入り込む。迷いのないアヤノの足取り。アヤノの背中を追っていたタケルは、いつのまにか迷路に入り込んでしまったような錯覚を覚える。路地をしばらく進んだ先、マンションの一階に小さなイタリア料理店が現れた。

「ここが私のバイト先です」

 アヤノが入り口を開けて中に入る。店内は広いとは言えないが、余計な装飾がなく簡素で洗練されたしつらえだった。店の最奥、予約席のプレートが置かれたテーブルに二人は腰掛ける。

「いらっしゃいませ」
「アヤノさんも今日はお客さんですよね?」
「ああ、そうでしたね。ついクセで」

 二人は脱いだ上着をハンガーにかけ、荷物をテーブルの下にある荷物置きに仕舞う。二人が席に落ち着いたところで店員がお冷を運んで来た。

「いらっしゃいませ。ようこそわが家へ!」

 聞き覚えのある声の方向に顔を向けると、そこにはアヤノの母、ユキノの姿があった。


第十三話につづく

サポートいただけたら、デスクワーク、子守、加齢で傷んできた腰の鍼灸治療費にあてたいと思います。