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【連載#23】教えて!アヤノさん〜青葉大学バスケ部の日常〜
第二十三話 ちょっと妬きました
新潟市内にある総合体育館では、全国から16の国公立大学の男子バスケットボール部が集まり、3日間にわたるトーナメント方式の大会が開催されていた。
午前中に行われた一回戦、青葉大学男子バスケットボール部は同じ東北地区の羽前大学と対戦していた。この試合、二年生の寺澤ユウキと三年生の古川トモミのエースコンビがともに20点以上の得点を挙げて30点差の快勝だった。午後から行われる二回戦、青葉大学はベスト8をかけて東海地区の尾張大学との試合に臨む。
尾張大学戦のスタートは初戦と同じく、1番・高橋ツムグ(三年)、2番・寺澤ユウキ(二年)、3番・南サトシ(三年)、4番・古川トモミ(三年)、5番・吉田タイヨウ(二年)の五人だ。試合前のアップを終え、それぞれがチームカラーである深緑のユニフォームを着用して試合開始を待つ。
開始1分前。主将の菅野タケルを中心にベンチ前で円陣が組まれる。掛け声をかけてスタートの五人をコートに送り出したタケルはベンチに戻る。パイプ椅子を一つ空けて座った青葉大学バスケ部コーチの中村アヤノがコートを見据えたままタケルに声をかける。
「菅野くんはいつでも出られるようにしておいてください」
初戦はタケルと同じポジションの高橋が好調だったため、タケルの出場時間は合計で15分程だった。これまでの試合では40分の試合時間のうち、30分以上出場していることが多かったタケルにとっては少ない出場時間だ。試合開始前、アヤノから二回戦は出場時間を増やすと言われていたものの、それも試合展開次第だろうとタケルは考えていた。
ティップオフ。試合開始直後から尾張大学のアウトサイドシュートが連続して決まる。青葉大はオフェンスのリズムが掴めず、開始から5分経過した時点で18対8と10点差をつけられてしまう。アヤノは両手でTの字を作りタイムアウトを請求した。ベンチに戻った選手たちに対して、アヤノは片膝を立てた姿勢で話しかける。
「ある程度の失点は仕方ありませんが、オフェンスに積極性がありません。おそらく相手は点の取り合いを仕掛けているんだと思います。どうします? 受けて立ちますか?」
「まあ、相手がその気なら、やってやってもいいですよ」
二年の寺澤が答える。
「分かりました。では高橋くんはいったん休憩です。菅野くん、交代お願いします」
ブザーがタイムアウトの終了を知らせる。タケルはジャージを脱いでバッシュの紐を締め直す。立ち上がりコートに向かおうとしたタケルの肩に手をかけたアヤノが、タケルの耳元でささやく。
「菅野くんの思うがままに攻めてください」
タケルが振り返るとアヤノはすでに背を向けてベンチに向かっていた。タケルは両手で頬を叩き、意識をコート内に集中させた。
エンドラインからのリスタート。サトシからパスを受けたタケルがボールをフロントコートに運ぶ。ハイポストに駆けあがった古川はタケルからパスを受け取ると、ターンと同時にジャンプシュートを放つ。綺麗なバックスピンがかかったボールがリングの中心を射抜く。ゴールネットがパシュッとキレの良い音を立てた。
「よし!」
古川がディフェンスにに戻りながら小さく声を発する。
シュートを決められた尾張大は、素早い切り替えでボールをフロントコートに運び、巧みなスクリーンプレーでノーマークになったサウスポーシューターがスリーポイントを決める。ボールを拾い上げた寺澤にタケルが手招きをしてボールを要求する。
「こっちも攻めるぞ、全員走れ!」
タケルの声でギアを切り替えた他の4人がゴールに向かって走り出す。背後を追い抜いていった寺澤にボールを預けたタケルはそのままゴール下まで走り込み、古川とサトシのスクリーンを使ってアウトサイドでパスを受け、クイックリリースでシュートを放ち、3点を取り返す。
「ナイッシュー、タケルさん!」
寺澤がタケルとハイタッチを交わす。
勢いに乗った青葉大は相手のシュートミスからの速攻、寺澤と古川の個人技などで第1クウォーターを25対28と3点のリードで終えた。
点の取り合いとなった第2クウォーターも両者譲らず、54対55の1点差で第3クウォーターを迎える。
ここまでの青葉大のスタッツは、古川が14点でスコアリーダー。次に寺澤が12点。第1クウォーター途中から出場のタケルもスリーポイント3本を含む11点を挙げていた。
後半も両チームの打ち合いは止まらなかった。先に抜けたのは青葉大だった。第3クウォーターから戻った高橋の連続スティールから速攻を重ね、後半が開始して7分が経過した時点で、青葉大はこの試合初めて10点のリードを奪う。その勢いのまま突入した第4クウォーター、寺澤とタケルのシュートが高確率で決まる。古川と吉田もインサイドで確実に得点を重ね、試合時間残り3分で得点差は18点、この試合の最大得点差となった。残り時間は控えのメンバーでゲームを終え、最終的には115対98。新チームになって最も多く得点を取った試合となった。最終スタッツは寺澤が32点7リバウンド、古川が28点14リバウンド、タケルが27点9アシスト。得点こそ4点に終わったが、サトシはチーム最多の16リバウンド。高橋は8得点5スティールを奪った。
快勝したチームは、良い雰囲気で翌日の準々決勝を迎えることになった。準々決勝の相手は中国地区のインカレ常連校、安芸大学。夜のミーティングではアヤノが事前にスカウティングしていた相手チームの特徴と戦術について説明する。
「安芸大学はサイズはあまり大きくありませんが、どんなポジションの選手もアウトサイドシュートが打てます。堅実なディフェンスと確実なゲーム運びは、東北地区の私立大と同等もしくはそれ以上の力があると考えられます」
「アヤノさんから見て、勝算はあると思いますか?」
高橋がアヤノに質問する。
「ない、とは思っていません。今日の試合をでもそうでしたが、うちのチームのオフェンスは、ハマった時にはかなりの破壊力がある。しかしそれは相手との相性もあります。少なくても明日対戦する安芸大学にオフェンスが通用しないとなれば、インカレ出場は厳しいと見るべきでしょう」
アヤノの言葉でチーム全体に緊張感が生まれる。その後、マネージャーの山家ミドリからの事務連絡が終わり、最後に主将のタケルが締める。
「あと一回勝てばベスト4だ。集中していこう。今日はみんな疲れているだろうから十分休養を取るように。では解散」
部屋に戻ったタケルは、部屋でシャワーを浴びてベッドに寝転び、尾張大との試合を振り返る。一試合27得点はタケルのバスケ人生において最多得点だった。自分にそこまでの得点能力があるとは思っていなかった。それがアヤノの言葉に触発された結果だったかは分からない。頭の中で自分のプレーを再生しているうちにタケルの体は試合中であるかのような熱を帯びる。眼が冴えて寝付けなくなったタケルは、ベンチコートを羽織ってホテルのエレベーターに向かった。
ホテルから最寄りの公園まで行く途中、数十メートル先の街灯の下、闇に紛れてしまいそうな黒服を纏ったアヤノの姿を見つけた。タケルは小走りでアヤノに追いつく。
「お疲れ様ですアヤノさん。お散歩ですか?」
「はい。寝付けないので外の風に当たろうと思いまして」
「ご一緒して良いですか?」
アヤノが頷くのを確認したタケルはアヤノの隣まで進んで歩調を合わせる。公園をしばらく進むと、ストレッチのために背もたれが丸い弧を描くように設計された木製のベンチがあった。アヤノが先にベンチに腰掛け、タケルもその隣に並んで座る。
「今日の試合、菅野くんはいつもと違って見えました」
「それは悪い意味ですか?」
「まさか。当然良い意味ですよ」
「ありがとうございます」
「そしてちょっと妬きました」
「え、どうしてっていうか、何に対してですか?」
アヤノは腕を組んで少し肩をすくめる。
「今日の試合を見ていて純粋に羨ましくなったんです。バスケットに集中して、仲間たちとゲームを楽しむみなさんの姿が。ホテルに戻って部屋で一人になったとき、自分の学生時代を思い出してちょっと寂しい気持ちになってしまいました。もうあの頃には戻れないんだと……」
アヤノは眉を寄せた後、フッと表情を緩める。
「アヤノさんがバスケットを辞めた理由、聞いてもいいですか?」
「ええ、別に構わないですけど、つまらない話ですよ」
「いいんです。おれはアヤノさんことを知りたいんです」
真剣な表情のタケルを見たアヤノは、あごに手を当てて考え込む。
「そんなに聞きたいですか?」
「はい」
「分かりました。では昔話をはじめましょう」
組んだ腕を解いたアヤノは、夜の闇に溶け込むような低く静か声でゆっくりと語りだした。
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