事件から紐解く「渋谷」とは
・日本人の起こした日本人らしくない事件
最近渋谷で起きた事件として、2018年のクレイジーハロウィン事件を思い出す人は多いのではないだろうか。ハロウィンの騒ぎに乗じて、渋谷センター街にて若者たちが横転させた軽トラックの上で半裸になって騒いでいた事件だ。若者たちの狂乱ぶりは映像とともに報じられて、当時大きな話題となった。
なぜこのような事件が起きたのか、またこれまでに起きた事件と合わせながら今回は「渋谷」という街を事件から紐解いてみる。
■時代を反映する渋谷
まずは渋谷がどんな経緯を経て現在の渋谷となったのか、簡単にまとめる。こちらは前出の記事でまとめられているため、合わせて読み進めていただきたい。
・90年代前半:チーマー文化の舞台
90年代の渋谷センター街は、チーマー文化の舞台として非常に危険な場所であった。渋谷に集まった中学生や高校生がチームを名乗り、他県から渋谷にくる暴走族やヤンキーと抗争を行ったり、一般人に喧嘩を売るなどの行為が行われていた。
2002年に公開された映画「凶気の桜」で、窪塚洋介演じる若きナショナリストの姿が描き出された時代背景である。
・90年代後半-00年代前半:高校生イベサーの出現、援助交際の舞台
90年代後半から00年代前半のセンター街は、高校生イベサーの舞台として近寄りがたい場所であった。複数の学校のグループ同士が集まったり、地元の仲間たちで結成したりした「サークル」が、渋谷を中心に何十から何百と活動し、ファストフード店、居酒屋、カラオケボックスに大勢で集まって酒を飲み、タバコを吸っていた。また、ポケベルや携帯電話の普及、核家族化による親子関係の希薄化・非行問題などの社会背景から出現した「援助交際」が時代の流行語にランクインした時代でもある。
1996年刊行の村上龍による小説を、1998年に庵野秀明が初の本格的映画として映画化した「ラブ&ポップ」では、この時代描写を色濃く見ることができる。
・00年代後半:浄化作戦によるクリーンな街
2003年、当時の東京都知事である石原慎太郎による「歌舞伎町浄化作戦」が実施され、新宿、渋谷、池袋、六本木の4地区は浄化の重点地域と位置づけられ、不法滞在外国人の摘発などが積極的に行われたことで、渋谷は次第にクリーンな街へと変容していく。
現在の渋谷にはかつてのような光景は存在しないが、ここでは70年代から広く若者を受け入れ、時代ごとに文化を形成してきた渋谷が、00年代から規制により急速に取り締まられたという事実に留意して、次の事件と照らしあわせる。
・渋谷プチエンジェル事件
渋谷プチエンジェル事件とは、2003年7月13日に起きた当時小学6年生の少女4人が誘拐・監禁された事件のことである。無店舗型の非合法の未成年者デートクラブ「プチエンジェル」を経営していた犯人が少女を渋谷で勧誘し、後日連絡をとった際に赤坂のマンションに連れて行き、監禁するも、少女の1人が脱出し、駆けつけた警察官が4人を保護し犯人の死亡を確認したという経緯だが、裁判官・弁護士・政治家・医者等の2000人以上が顧客の高級ロリータ売春クラブであったこと、犯人のありえない自殺方法、国会や大使館がある赤坂で起こった事件なのに渋谷で起こった事件と報道されたこと、さらにはこの事件を追っていたフリーライター:染谷悟氏が不審死を遂げたことからも、渋谷で起きた事件の中でもかなり異質なものだということがわかる。
ここで言及したいのは、事件現場は赤坂であるのに、渋谷が強調されて報道されているということだ。00年代前半に援助交際の舞台となっていた渋谷が、世間的には「渋谷」=「若者の街」=「ある程度売春的犯罪が行われている街」としての都合のいいイメージにメディアが便乗し、操作した(させられた)のではないかと考える。
さらに染谷悟氏は生前、社会学者の宮台真司氏との対談で、
「メディアが赤坂事件から“渋谷は少女管理売春の街“というイメージを植えつけた」
と主張しており、渋谷は他の街と比べて世間からより厳しい目線にさらされた故に、00年代後半にかけて安全でクリーンな街づくりへの拍車がかかったのではないかと考える。
■二つの事件から見る渋谷
次に最近渋谷で起きた二つの事件を取り上げ、現在の渋谷を紐解いていく。詳しくはそれぞれに添付された記事を読んでいただきたい。
・クレイジーハロウィン事件
冒頭でも紹介したが、2018年10月28日、ハロウィンでにぎわう渋谷のセンター街で軽トラックが横転させられ4名の逮捕者が出た事件のことである。
・SHIBUYA109落書き事件
2020年4月27日、コロナにより臨時休業中の「SHIBUYA109」のシャッターにスプレーで落書きされるという事件のことである。
前者の事件は集団が起こした事件、後者の事件は個人が起こした事件という違いがある。そしてこれらを紐解く概念として、日本に特有の「世間」という存在が関係していると考える。
・渋谷における「世間」
刑法学者の佐藤直樹氏による著書「犯罪の世間学」では、
日本には外国に存在しない「世間」があり、法よりも「世間」のルールの方がはるかに優先されるため、法秩序が崩壊した状態でも、それが外国のように略奪や暴動に直ちに結びつかないのだ。日本人はみな、法のルール以前に、「世間」のルールに縛られているのである。
「世間」には「共通の時間意識」に基づく「人間平等主義」があるため、日本人は能力や才能の違いを認めず「みんな同じ」だと思っている。
と述べられるように、日本人は幼少期から刷り込まれている、「他人に迷惑をかけない人間になれ」という教えであったり、小学校が勉強を教える以上に集団行動を教える場所になっていることで、世間のルールに従わないはみだし者を排除するという「集団の発生する力学」と同時に、はみ出さないように空気を読むような「強い自己抑制」を学びながら育っていると言える。
さらに、
元々「世間」の中では共通の時間認識によって個人が存在しないから、他人の意思に引きずられやすい。意思決定が個人によってなされるのではなく、相手との関係に自分を投げ入れることによってなされるから、その都度相手と対面してみないと、どういう意思決定になるかわからない。つまり、関係が極めて突発的・流動的になる。
と述べ、「世間」は犯罪を抑止するが、それと合わせ鏡のように様々な犯罪現象を引き起こす突発的行動へと転化しやすいことにも着目している。
これらからみると、前者の事件においては、ハロウィンというイベントで、日本人に内在する「集団の発生する力学」により、トラックを横転させることが許容される世間がその場で限定的に作り出されたことで起きた事件なのではないかと考えられる。
また後者の事件においては、コロナ下での外出自粛という世間の作り出す同調圧力を「集団の発生する力学」として読み取ると、「強い自己抑制」が落書きという突発的行動に転化しことで起きた事件なのではないかとも考えられる。
両者の事件の舞台となった渋谷も、世間からはみ出た者たちが「集団の発生する力学」により、独自の世間を作り出したことで、渋谷=若者の街という記号性を生んだ。同時に渋谷=若者の街という記号性は、はみ出し者たちを受け入れてきた渋谷という「世間」の裏付けでもあり、その相互の関係性が渋谷で規制がいくら進んでも、現在に至るまで色濃く残る渋谷=若者の街という記号性を強調しているのではないか。そしてその記号性はかつての渋谷がはみ出し者たちを受け入れてきたという事実を包摂しているため、ハロウィンなどのイベントで「強い自己抑制」を持った若者を集め、トラック横転や落書きなどの事件を引き起こす突発的行動へと転化しやすい土壌となっているのではないだろうか。
■今後の渋谷は?
今回紹介した三つの事件からは、前出の記事でも述べたように渋谷=若者の街という記号性が深く関係しており、この記号性には、渋谷が世間からはみ出た者たちを受け入れてきたという事実が包摂されているため、現在も「強い自己抑制」を持った者を集め、突発的行動へと転化しやすい土壌となっている渋谷の姿を読み取ることができる。
渋谷プチエンジェル事件では「赤坂」=「官僚の街」で起きた事件としては都合が悪いため、「渋谷」=「若者の街」が包摂する、「はみ出し者たちを受け入れてきた街」は「ある程度売春的犯罪が行われている街」のように容易に読み替えられたり、クレイジーハロウィン事件、SHIBUYA109落書き事件では、渋谷がはみ出し者たちを受け入れてきたという事実が、「強い自己抑制」を持った若者を集め、トラック横転や落書きなどの事件を引き起こす突発的行動に転化する土壌となっているのではないか。
このように、渋谷=若者の街という記号性は未だに色濃く残っている。そしてそれは世間からはみ出た者たちが独自に築いた渋谷という世間の表れでもある。クリーンな街への規制が進んでいくと、渋谷からストリートアートや、電柱を埋め尽くすステッカーが姿を消すということを意味しているのかもしれない。渋谷=若者の街という記号性が包摂する「はみ出し者たちを受け入れてきた街」は、今も「強い自己抑制」を持った者を集め、ハロウィンなどのイベントで突発的行動へと転化させる。
これは良い意味でも悪い意味でも渋谷という街の持つ活力だと言え、今後も渋谷=若者の街という記号性はさらなる厚みを獲得し、新たな文化を築いていくのではないか。
ー 参考文献 ー
・「犯罪の世間学」 佐藤直樹
・この15年で平和な街になった渋谷。2000年代前半、渋谷は“高校生イベサー”に占拠されていた
・千本のビデオテープと二千人の顧客名簿が握りつぶされたプチエンジェル事件、容疑者の不可解な自殺方法とは【未解決事件ファイル】
・【社会】"アングラ" 刺殺されたフリーライター、周辺でトラブル多発
(文責:大可)
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