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きみの色

生活の拠点を東京から大阪に移し、ふと思い立って六年ぶりにiPhoneを買い替えた。

このところ、電車でスマートフォンを眺める時間を意図的に減らしていたこともあって、わざわざ機器を買い換える必要性なんて考えもしなかったのだけれど、その反面、昨年あたりから操作中に発熱を感じる場面が増えていたり、あきらかに最新のOSに処理能力が追いついていないのだろうと感じるもたついた挙動が増えていて、ちょっとしたストレスだったのだ。本当はこういうデバイス、流行に左右されずに十五年くらい使い続けた方がかっこいいよなと、わりと本気で思っているのだけど。

と言いつつも、買い換えを決意する最後の決め手となったのは、iPhone 16で追加されたティールという色がやたらチャーミングだったことも大きい(流行に左右された)。思い起こせば2018年にiPhone XRを買ったときにも、その色に吸い寄せられて手を伸ばしたのだった。なにしろ西海岸の田舎町に乗り捨てられたタクシーみたいな、ふしぎな寂しさを覚える黄色だったのだ。

色といえば。
友人に勧められて観た『きみの色』という映画。主人公が世界のなりたちを色で知るという体験に、ずいぶん深く共感するものがあった。「あれ? 僕もそれ、やったことあるかも」とおぼろげな記憶を辿る感触。
映画の冒頭から語られるトツ子のその能力は、劇中ではとくべつな才能のように演出されているのだけれど、考えてみれば僕やあなただって、世の中と関わるときには自分の中の一番信用できるアンテナを日頃から用いているのだと思う。声や匂いで猫が近寄る相手を決めるみたいに。
穏やかで、穏やかさを成り立たせるための波風があって、爽やかで、爽やかさを成り立たせるための行き場のない憂鬱があって、時間をおいてまた観たいと思える素敵な映画だった。

当たり前のことだけれど、生活する地域が変わったことで、僕の周囲の人間関係にも変化が訪れた。
距離が離れてしまったことを心から寂しく思う友人もいれば、その一方で、なんだか面白いことが起きそうな新しい人間関係も出来てきたように思う。
残念ながら、僕は「色で人を知る」といった特別な能力を持ち合わせていないけれど、そのかわりに、初対面の人間の兄弟・姉妹構成を二割弱の正解率でぴたりと言い当てる特殊な能力がある。できることならば、流行にも距離にも左右されず、あなたと十五年以上は笑いあえると良いのだけど。

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