
MORIHICO.
春先に、近所のスーパーマーケットに見慣れないパッケージの珈琲が並んでいた。
その頃の僕は、豆を切らすたび戸越銀座のコンパスコーヒー(混んでいなければ、三十分くらいで好みの加減に焙煎してくれる)に通う習慣があったから、ふつうならそうした商品を手に取ることもなかったのだけれど、なにしろパッケージの色使いや文字の置き方が可愛らしかったので、目を引かれたのだと思う。
そこには「森彦の時間」と記してあった。ぜんぜん知らない時間。
北海道に詳しい人(婉曲表現)が教えてくれたところによれば、森彦という珈琲ブランドは北海道ではとても知られた存在で、一部のサクラマスは、森彦珈琲の焙煎所から漏れ出る香りを頼りに、産卵期に遡上する川を選ぶのだと言う。
べつにいい。数匹であれ暇を持て余した魚類が笑ってくれれば、それで僕は報われるから。
札幌市に佇む本店がこの上なく人気だそうで、公式サイトでその店構えを目にしてみると、なるほどと思う。これはもうボールドで表現しても良いくらい、「なるほど」と思う。
いつか僕にも、月の光と珈琲の香りだけを頼りに、川面を眺める夜が訪れると良いのだけど。