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“天才”ライターの軌跡7 小林信也 白石宏、スーパーボウルの光と影
小林信也「スポーツライター塾」「作家の学校」開講!
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「QBジム・マクマーンのケガがひどいんだ。ヒロシ、助けてくれ!」
白石宏トレーナーの元に、シカゴ・ベアーズのスター選手ウィリー・ゴールトから国際電話が入ったのは、スーパーボウルの約1週間前だった。ウィリーは、1983年の世界陸上で400㍍リレーのメンバーとしてカール・ルイスらと共に世界記録で優勝したスプリンターだ。陸上選手としてしばしば来日した時、白石とウィリーは親しくなった。ウィリーは白石の鍼治療に感嘆し、信頼していた。
「ヒロシ、すぐシカゴに来て、QBのジム・マクマーンのケガを治してくれ」、有無を言わせぬ叫びだった。「ジムのケガがひどいんだ。もしジムが出られなければ、スーパーボウルで勝つのは難しい」
(いよいよ来たか)
白石は武者震いした。この時が来るか、来ないか、来てほしい……。そしてついに呼び出しが来た。けれど、白石には大きな不安がひとつあった。それを簡潔な言葉でウィリーに訊いた。
「これはチームのリクエストなんか?」
実は数週間前、ウィリーに頼まれて一度シカゴを訪ねている。そこで白石は主に黒人選手を中心に、ウィリーの親しい選手たちを治療し、その効果にみんな目を見張った。チーム一のスーパースターであるランニングバックのウォルター・ペイトンは、肘をフィールドにしばしば強打するため、肘が慢性的にバレーボールくらい腫れあがっていた。これも白石は一発で小さくした。ウォルターはもちろん、見ていた黒人選手が大歓声を上げた。紹介者のウィリーは誇らしげに胸を張った。
だが、あくまでウィリーの個人的な依頼だったため、チームの首脳、それに白人選手からは冷たい眼で見られた印象が強い。しかも、往復の交通費はもらったが、謝礼は十分とは言えなかった。今度のクライアントは白人選手だ。スーパーボウルを前にして、チームの管理も厳しいだろう。果たして、自分は歓迎され、ジム・マクマーンの治療をきちんと許されるのだろうか。
白石からのSOSを受けて、急遽ニューオーリンズに向かった
とにもかくにも、白石はシカゴに向けて旅立った。それから数日後、今度は白石から僕に国際電話がかかってきた。
「それがオーゴトになってしもうて」、白石は弱ったような満更でもないような、微妙な声のトーンだった。「テレビのニュースは、『まずあの話からしよう』みたいな感じで、ワシがジム・マクマーンの治療をしている話がトップなんよ」
どうやら、無事に治療はできている。その反響が予想以上に大きく、白石は全米ニュースのもっとも大きな話題の主になっているらしい。
「小林クン、すぐに来てくれんかな」
白石からのSOSだった。どうやら、治療は順調だが、環境はOKとは言い難いようだ。話題が大きくなればなるほど、「鍼治療ってなんだ?」「ヒロシ・シライシはアメリカの医療資格は持っているのか?」等々、突っ込みを入れるファンやメディアも多く、白石は難しい立場にあるようだ。詳細は拙著《招待状のない夢 トレーナー白石ひろしの冒険》に詳しく書いたとおりだが、ともかく、現地でのマネジャー役、エージェントとして、僕に来てほしいと強く求められ、僕はもちろん「わかった、何とかして行く」と答えて電話を切った。思えばそれが、僕が白石と仕事の上でパートナー・シップを結ぶ最初だった。「何とかして」と言ったのは、事前に調べた時、アメリカはスーパーボウルの時期は国民の大移動が起こる感じで、飛行機もレンタカーも、この年の舞台ニューオーリンズに向かう交通機関はすべて予約でいっぱい。近づく方法がない、という現実があったから。でもなんとか、ロスからどこか一ヵ所を経由してニューオーリンズに辿り着く空路が確保できた。僕がニューオーリンズに着き、白石と合流できたのはスーパーボウルの前日だった。宿舎のホテルに行くと、確かに想像を超える大騒ぎだった。ホテルのロビーは、ラウンジに入れないファンたちが埋め尽くし、フロア全体がパーティー会場と化していた。館内電話で指定された部屋、そこはウィリー・ゴールトの部屋だったが、中に入ると白石の荷物はエキストラベッドに広げられていた。そこに、新聞が置かれていた。一面には白石が練習フィールドでジム・マクマーンにアドバイスする光景がデカデカと載っていた。それからの24時間で起こったことは、栄光でもあり、挫折でもあり。鍼で選手を治すという未知のトレーナー像を追い、数々の成果と伝説を残す白石トレーナーの未来を象徴する出来事の連続だった。そして、思いがけず天才トレーナーに寄り添う立場に誘い込まれた僕の、「天才と寄り添う」旅の始まりでもあった。
僕《招待状のない夢 トレーナー白石ひろしの冒険》小林信也著 双葉社刊
アマゾンの中古市場を見ると¥30,230-で出品されています!?