虚構の青春 学生時代 後編
上野雄介とは、それほど親しく付き合っていたのではない。
その頃毎日のようにつるんでいたのは、岡原や竹上、窪田である。それが突然夢の中に現れ、思い出されたのが、上野雄介であることに、少し戸惑いを感じている。
上野雄介は、熊本から高知大学に入学してきた少し粗野な感じのする男臭い人間である。
熊本弁で朴訥と話す姿はどこかしら、親しみを禁じざるを得なかった。そんな上野が入学後数か月もしないうちに、同棲を始めたと知った。
それほどきれいでもない下宿に彼を訪ねると、確かに同棲をしているようで、その相手を聞き、少なからず驚いた。
文学部は、100人ほどの学生がいて、2つのクラスに分かれていた。それぞれが隣り合ったクラスルームと称するたまり場で、顔は会すが、それほど、クラス間のつながりは強いわけではなかった。
ほとんど話すこともない隣のクラスにとても気になる子がいた。抱きしめれば折れてしまいそうな線の細い、薄幸の美少女とでも形容したいほどに儚さを感じさせる佇まいの美女。
まさか上野がその子を射止めるとは、驚きと羨望に戸惑いを感じた。どういう経緯かは知らないが何時の間にか同棲をするほどの関係になったようだ。
何度か上野を訪ねるうちに彼女とも話をするようになった。あこがれの存在でもあり、自分の彼女には決して成り得ないだろう高嶺の花が目の前にいることは、自分にとってとても現実のものとも思えず、余所行きの会話に終始して、今では何を話していたのかほとんど記憶していない。
実に、上野を訪問するのは、彼女に会えるかもしれないといった邪な思いがあったことは告白しなければならないことだろう。
しばらくして、二人の関係がおかしくなったようで、同棲生活も終わった。
彼女が一人で暮らし始めて、何の用事かわからないが、一度だけ彼女の下宿を訪れたことがある。
他愛のない話をしている時、不意に、彼女から一緒に住まないかといった内容の言葉が出た。本気か冗談かは分らないが、あまりに突然で僕は何も答えられず、そのままになってしまった。
上野雄介との思い出は、まさに彼女を通じてのもの以外には何もないように思う。あの時、彼女と何らかの関係ができていれば、自分の人生も少なからず違ったのかもしれない。
1年の頃はなんとなく付き合っていた上野とも、2回生になり、専攻の違った僕たちは、ほとんど話すこともなく疎遠になり、その後特に付き合うこともなく、大学時代は終わった。
今、上野雄介を思い出す必然はなんなのだろうと思い返してみるが、どうにも答えは見つからない。手の届かない過去の思い出が今の僕に何を語りかけようとしているのか。
透きとおった冬空を見上げ、青春のノスタルジーがどこか胸にチクンとするのを僕は感じた。それは、上野雄介が僕に残したメッセージなのかどうかはわからない。ただただ冬空は青さを称え、厳として、自然の摂理を教えてくれるばかりである。
僕の人生があとどのくらい続くのかはわからないが、上野雄介と会うことはたぶんないだろう。過去の思い出というには、何とも薄い付き合いの彼が僕に伝えようとしているのはなんだろう。
毎日の単純な繰り返しの生活に飼いならされ、そこに喜びを感じている僕にもう一度自分を取り戻せと言うメッセージなのか。はたまた、薄れゆく、過去への憧憬だけなのか。はたせるかな、答えは浮かんでこない。
熱の引いた体は、少しく僕を現実に引き寄せてくれる。夢の世界から僕は次第に目覚めていく。そして、僕はまた日常に帰っていくのである。
上野雄介の訃報を聞いたのは、そのあと直ぐのことである。
虚構の青春 学生時代
完結
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