侠客鬼瓦興業 第19話吉宗くん偶然の秘策
関東のテキヤ一家、鬼瓦興業へ就職して二日目、僕はなんと感情の高まりから、憧れのめぐみちゃんに愛の告白をしてしまったのだった。
僕の熱い心が伝わったのか、めぐみちゃんは明るい笑顔で、最高の言葉をプレゼントしてくれた。
「私、人を好きなっちゃいけないっていうあの言葉、取り消します。。。」
それは彼女が、僕の熱い思いを受け入れてくれたという、証の言葉だった。
しかし、そんな思いを引き裂くように、僕達の前にあのボーリング玉男、閻魔のハゲ虎が姿をあらわしたのだ。
「何が、良いんだ?…ん、小僧?」
ハゲ虎は憎々しい表情を浮かべながら、僕たちに近づいてきた。
「あ、あわわ…」
僕は言葉を失ってしまった。
「それにしても、お前、単純っていうか、嘘がつけない分かりやすい男だな、俺の顔を見ていきなり、ここに隠れてますって、その面で教えてくれるんだからな」
ハゲ虎は僕を押しのけると、めぐみちゃんに近づいて彼女の腕をつかみ
「さあ、一緒に来るんだ!」
三寸の中から引きずり出そうとした。
「いやー、絶対にいやー!!」
めぐみちゃんは、握られた手を引きはなそうと頑張っていた。
(め、めぐみちゃんが…、めぐみちゃんが…)
「いいから来るんだー!」
「いやー、放してってばー」
必死で逃れようと、悲しく訴える彼女の姿を見て、僕の心は熱く燃え上がった。
(めぐみちゃんを守らなければ、守らなければ!)
「その手を放せー!めぐみちゃんは、無実だー!」
僕は大声で叫びながら、ハゲ虎に飛びかかると
「めぐんみちゃん、逃げろー、早く逃げるんだー」
夢中でハゲ虎の腕と頭をつかんで叫んでいた。
「こら小僧!何しやがる放せー、バカもん!ワシの頭をさわるな!」
「めぐみちゃん、逃げろー!ここは任せて逃げるんだー!」
「何をいっとるんだこの小僧!ワシの頭をつかむな、大事な毛がぬけたらどうするんだ、こらー!」
ハゲ虎はめぐみちゃんの手を離すと、真っ赤な顔で僕の頭を何度も殴りつけてきた。僕はボコボコに殴られながらも必死にハゲ虎にへばりつき
「今だ!早く、ここは僕に任せて早く!」
ひっしに叫び続けた。
「よ、吉宗くん…」
ところがめぐみちゃんは、僕の命がけの訴えにも関わらず、その場から離れようとしなかった。
「何やってるんだー早く逃げないと逮捕されちゃうんだよー、ここは僕に任せて逃げるんだー!」
「逮捕?」
めぐみちゃんは、キョトンとした顔でその場に立ちすくんでいた。
(め、めぐみちゃん、こんな急場に直面しながら、僕のことを心配しているのか?)
「めぐみちゃん、僕のことは良いから、逃げてくれー!」
再び叫んだそのとき、ハゲ虎は僕の腕を両手でかかえ、見事な切れ味の一本背負いで、僕の体を宙に浮かせた。
「うおりああああああああああああ!!」
「うわーーーー!!」
「吉宗くんー!!」
めぐみちゃんの心配する声もむなしく、僕の体はすさまじい勢いで、露店(さんずん)に叩きつけられた。
グワシャーーーーーン!!
崩れ落ちる三寸の音とともに僕の頭と背中に激痛が走った。ハゲ虎の強烈な一本背負いをくらった僕は、ぐしゃぐしゃに崩れた三寸の中、意識をもうろうとさせていた。
「吉宗くん!!」
めぐみちゃんの心配する声が、かすかに聞こえていた、しかし僕は動くことができなかった。
「この小僧が、ワシの大事な髪の毛をつかみおって…」
ハゲ虎は頭に生えたわずかな産毛を撫でながら僕を睨んだあと、今度はめぐみちゃんに向きなおり、再び恐ろし形相で彼女に近づいていった。
(め、めぐみ…、ちゃん…)
僕はもうろうとしながら、二人の様子を見つめていた。
「さあ、もう観念して来るんだー!」
ハゲ虎は再びめぐみちゃんの腕を鷲づかみして、無理矢理つれさろうとした。
「痛い、放してー、放してったらー!」
「うるさい、いいから来い!」
「行くからー、一緒に行くから、放してよー」
めぐみちゃんはそう言いながらも、心配そうにこっちを見ると
「吉宗くん、大丈夫、大丈夫?」
僕のことを心配をしていた。
(めぐみちゃん、自分が逮捕されてしまうというのに、僕のことを心配してくれるなんて…)
僕は彼女のけなげな優しさに、感動の炎をちらちらと燃え上がらせていた。
「さあ、いいから来るんだー!」
ハゲ虎は非情な顔でめぐみちゃんを連れ去ろうとしていた。
「吉宗くん、ごめんね…、私のせいでごめんね…」
めぐみちゃんの泣き顔が僕の目に映しだされた、その瞬間僕の心でちらちら燃えていた炎が、今度はごうごうと赤く大きく広がり始めた。
(めぐみちゃんを守らなければ!守らなければ!)
僕は心の中で何度も叫び続けた。
(守らなければ、守らなければ!)
気がつくと僕はボロボロの三寸の中から、メラメラ燃え上がる炎につつまれながら立ち上がっていた。
「まてー、ハゲ虎ーー!!」
無意識のうちに、大声で叫ぶと、ハゲ虎に向かって走りだした。
「めぐみちゃんは、無実だーーー!!」
「何!?まだ来るか、小僧!」
ハゲ虎は柔道の構えで僕に向き直った。
「その子は無実なんだーーー!」
僕はおもいっきりハゲ虎めがけてタックルをしかけた・・・。
が、ハゲ虎までわずか半歩というところで、散乱していた水あめの缶に足をつまずかせてしまった。
ガコー!!
「うわーー!?」
その拍子にバランスを崩しながらも、僕は必死に両手で何かをつかんだ。しかし、むなしくもハゲ虎の目の前で地べたに向かって勢いよく崩れ落ちてしまった。
ぐしゃーーー!!
「ぎゃーーーー!」
鈍い音と僕の奇声が神社に響き渡った…。
気がつくと僕は勢いよく倒れた拍子に、顔面を見事石畳にぐっちゃりとぶつけて、気絶してしまったのだった。
しーん…
それから数分、まるで時間が止まったように、あたりはひっそり静まり返っていた。
ハゲ虎は気絶している僕に
「なんて馬鹿な奴だ、まったく…」
そうつぶやくとめぐみちゃんの方を振り返り
「暴れたって無駄だからな、さあ、行くぞー!!」
ふたたびめぐみちゃんの腕をつかんだ。しかし彼女は今度は暴れるどころか、ポカンと大きく口を開いたまま、ある一点を見つめて、じっと固まっていた。
「んっ?どうした?」
ハゲ虎は、取り巻く群衆の変化に目を移した。
「ん?なんじゃ…?」
そこには騒ぎ聞いて駆け付けた、銀二さんや鉄、それに縁日に来たたくさんの人たちが、みんな揃って、めぐみちゃんと同じ、ある一点をじっと見つめて固まっていた。
「…???」
ハゲ虎は首をかしげながら、めぐみちゃんとギャラリーが見つめる一点に目をやった。
「どっ、どわあー!?なんじゃーー!!」
ハゲ虎が目にしたもの、それは、下半身すっぽんぽんで、大事な一物を大衆にさらけだしている、自分自身のおっぱずかしい姿だった。
「なっ、なんじゃこりゃーーーー!!」
ハゲ虎は慌てて股間を隠しながら足元を見た。そこには両手でハゲ虎のズボンとパンツをしっかり握りなら気絶している、僕の姿があったのだった。
何と、僕がバランスを崩した瞬間必死につかんだものは、ハゲ虎のズボンとパンツで、倒れる拍子に僕はそれらも一緒に、強引にずり降ろしてしまったのだった。
「どうわーーーーーーー!!」
ハゲ虎は真っ赤になってめぐみちゃんを見た、するとめぐみちゃんはプーッと噴き出して涙を流しながら笑い崩れてしまった。
同時にその光景を見つめていたギャラリーからも爆笑と拍手が鳴り響いた。
「さすがは兄貴だー、閻魔のハゲ虎を、こんなえぐい秘策で打ち破るとはー!」
鉄の言葉に観衆はさらにどっと湧き上がった。
「ぐ、ぐおーー!!」
ハゲ虎は動揺をかくしきれず、下で寝ている僕を怒鳴りながらガンガン殴りつけてきた。
「このガキャー、何ちゅうことをさらすんじゃー」
殴られた痛みで僕は目を覚ました。そして目の前で逸物丸出しで怒りをあらわにしているハゲ虎の姿に驚き
「わー、何でそんなかっこしてんですかーー!?」
思わず大声で叫んだ。
「なんでってお前のせいだーお前のー!」
ハゲ虎は片手で自分のチンチンを抑えながら、僕の頭をふたたび殴りつけた。
ガツン!!「痛ーーー!!」
「人に恥をかかせやがってー、この小僧がー、小僧がー、小僧がー!!」
ハゲ虎は僕を何発も拳で殴りつけてきた。
「いたー!、ぐえー!あたー!」
「もうやめてーーーーー!」
悲鳴のような大きな声が聞こえてきた。ハゲ虎は振り上げた拳を頭上にとめたまま振り返った。そして僕も頭にたくさんのこぶを作りながら、その声の方向を見つめた。
そこには、キッと怖い顔でこっち睨んでいる、めぐみちゃんの姿があった。
「吉宗くんは、わざとやった訳じゃないんだから、もうやめてよ、!」
めぐみちゃんは、指名手配にもかかわらず、 刑事のハゲ虎を叱りつけた。
「わざとじゃないってー、お前、わしは、こんな姿にさせられたんだぞー」
ハゲ虎は、恥ずかしそうに股間を抑えながら、めぐみちゃんに弁解をしていた。
「こんな姿って、もともと私のアルバイトの邪魔するから悪いんじゃない!それもあんな風に強引に連れ去ろうとしてー!」
「なんじゃー、連れ去るって当たり前じゃろうがー、前々からこんなバイトはいかんって注意しとったじゃろーが、ばかものー」
めぐみちゃんとハゲ虎の激しいバトルを聞いているうちに僕の頭は、パニック状態に陥り始めていた。
「なんで?何で指名手配のめぐみちゃんが、刑事とケンカしてるの?」
僕は小声でつぶやきながら、何度も首をかしげていた。
その直後、めぐみちゃんは驚きの一言をハゲ虎に向けて放った。
「今日という今日は我慢できない!私はパパのおもちゃじゃないんだから!」
「………?」
僕は言葉の中に登場したカタカナのふた文字を耳にし、目が点になってしまった
「……パ?」
「………パ…パ?」
「………パパ!?」
そう言いながらめぐみちゃんとハゲ虎を交互に見つめ、その場でおじぞうさんのように固まってしまったのだった。
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