侠客鬼瓦興業 第12話 タンカ売
関東でも名のあるテキヤ一家、侠客鬼瓦興業へ誤って入社してしまった僕は、今までのごく平凡な暮らしからは、想像もできないほどのめまぐるしい一日を経験。そしてそれから一夜明けた朝、僕は銀二さん、鉄らと共に再び初めてテキヤの仕事を経験した神社で眠い目をこすりながら、仕事の準備に取り掛かっていた。
「ふわぁぁぁ~」
僕は銀二さんに言われる通り、露店、こちらの業界用語では三寸(さんずん)といものを組み直しながら、大きなあくびをした。
「こらー、新入りー !」
ぴしゃっー!!
大声と同時に僕のお尻に激痛が走った。
「痛ぁー!!」
悲鳴上げながら振り替えると、そこにはゴリラ男、じゃなかった、追島さんが片手に高尾山と刻印された大きな孫の手を持って僕を睨んでいた。
「新入りの分際で、大あくびなんぞしくさりやがって!ぶったるんでる証拠だ、バカヤロウ!」
「す、すいません」
僕はせっせと三寸の天井にべっこう飴と書かれた、朱色ののれんを結び始めた。
ぴしゃっー!!
「いたーーー!!」
またしても追島さんの孫の手が飛んできた。
「バカヤロウ!そこのところが、たるんでるだろうが!心がたるんるから、ビシッとできねーんだ!!」
追島さんは、のれんのちょっとした弛みを、指差して僕に当り散らしてきた。
「すいません!すいません!」
そこへ、つり銭の入った巾着袋をぶら下げた銀二さんが戻ってきた。
「追島の兄い、向こうで高倉の頭が呼んでますよー」
「頭が?」
追島さんは神社の入り口に向かって歩きだし、思い出したように僕たちに振り返ると、
「こらー銀二ー!新入り甘やかすんじゃねーぞ!びっと仕込めよーびっと!」
「は、ハイ!」
銀二さんは追島さんに返事すると、恐い目で僕を睨み
「ほらー吉宗ー、そこちゃんと拭けって言っただろうがー!」
急に怒鳴りつけてきた。
「ひー!!」
その様子をじーっと見ていた追島さんは、うんうんとうなずくと、巨体を揺らせながら歩いて行った。銀二さんは横目で、追島さんがいなくなったのを確認すると、笑顔で話しかけてくれた。
「お前もしくじったなー、こともあろうに追島の兄いを、ゴリラなんて言っちまうから」
僕はお尻をおさえながら、苦笑いを銀二さんに見せた。
「追島の兄いは、へび見てえに執念深いからよ、しばらく覚悟が必要かもなー、吉宗」
「えーーー!」
僕はぞっと青ざめた。
「まあ、身から出たカビ、だな・・・」
そういいながら銀二さんは、タバコに火をつけた。僕は首をかしげると笑顔で銀二さんに切り替えした。
「それを言うなら、実から出たサビ、じゃないですか?」
「え?そうだっけか?ははは」
銀二さんは、タバコをふかしながら笑っていたが、突然恐い顔で僕を睨むと、
「てめえ、新入りのくせに、こまけえことで上げ足とってんじゃねー!!」
突然怒鳴ってきた。
「は、はい、すいません!!」
僕は銀二さんの急変振りと同時に、背中に恐ろしい獣の殺気を感じ、恐る恐る振り返った。するとそこには巨大なマウンテンゴリラじゃなっかった、追島さんが恐い顔で立っていた。
「追島の兄い、心配無いっすよ、ちゃんとビシっとやってますから!」
銀二さんはそう言って苦笑いをした。追島さんはそんな銀人さんの言葉など聞きもせず、じーっと僕の顔を恐い顔で眺めていた。
「え、あ、あの僕の顔に何か…」
僕は頭をポリポリし、冷や汗をかきながら、作り笑いを追島さんに向けた。
「新入り、お前そこでちょっと、タンカ売やってみろ!」
追島さんは真剣な顔で言ってきた。
「たんかばい?」
僕がたずね返すと追島さんは眉間にしわを寄せながら、じれったそうに銀二さんを見た。
「吉宗、たんか売ってのは、まあ、口で言ってもなんだ、見てろ」
そう言うと銀二さんは近くにあった雑誌を丸めて、台の上をバシッと、ひと叩きして大声を張り上げだした。
「はーい!、らっしゃい、らっしゃーい!!
ご存知べっこう飴の大競演だよー!こいつをさささーっと並べて、
おいしい飴をとろーり、さあさあ、後は見てのお楽しみだー、
らっしゃい、らしゃーい」
銀二さんは小気味いいテンポで、軽快に飴の型枠を並べながら声を張り上げていた、そして感心している僕を見ると
「そこの兄ちゃん、どうだいひとつ、彼女のお土産に、安くしとくよー」
僕は銀二さんのタンカ売なるものに見とれてしまった。すると周りで仕事の準備をしていたガラの悪そうな人たちも、気が付くと僕たちの三寸の前に集まっていた。
「銀ちゃん相変わらず上手いもんだねー」
年配で角刈りのおじさんに声をかけられて銀二さんは照れくさそうに、笑っていたが僕のほうを振り返ると、
「いいか吉宗ー、こんなもんは真似事で本物のタンカ売とは言えやしねーが、まあ、こんな感じだ、ほれお前もやってみろ」
そういって僕に手にしていた丸めた雑誌を手渡した。
「えー!僕が今のを?!」
僕は顔を真っ赤にしながら、銀二さんから受け取った雑誌を横に振った。
「む、無理です、無理です、そんなこと僕には…」
「無理じゃねえ、やーるーんーだー!」
追島さんの大きな顔がすさまじい形相で僕に近づいてた。
「は、はい!」
僕はガチガチに固まりながら、三寸の中に入ると、鼻を大きく開いて何度も深呼吸をした。
「おう、がんばれよー兄ちゃん!」
「いよっ!色男ー!」
気がつくと僕の周りには、恐い顔のおじさんやお兄さん達が、ギャラリー化して鋭い視線を向けていた。
ぞーーー!!
僕は恐怖と緊張で、更にガチガチに固まってしまい、一人、口をかくかく動かして言葉にならない声を発していた。
「おい!兄ちゃん何やってんだー、はやくやれー!!」
「金かえせーコラー!!」
ガラの悪いおじさんたちは、僕をひやかしはじめた。
「新入りー、黙ってねーで、早くやれー!!」
びしーっ!!
いつの間にか後ろにいた、追島さんの高尾山の孫の手が僕のお尻にヒットし「あいたー!!」悲鳴を上げて飛び上がった。
しかたなく僕は丸めていた雑誌を天高くまいあげると、勢い良く下の台をめがけて振り下ろした。
スカッ!
どてーーー!!
ガコー!
僕は振り下ろした雑誌を見事に空振り、そのまま三寸の中でずっこけ、顔面を見事、台の角にヒット!そのままぶざまに鼻血を流しながら、崩れ落ちてしまった。
「わはははっはー、これはお約束ってやつだな、追さんとこの新人はなかなか笑わせてくれるなー」
「おう、色男いいぞ、面白い!面白いぞー!」
僕はいつの間にか、ガラの悪いギャラリーに、爆笑をふりまいしまっていた。
そんな様子を、あきれた顔で見ていた銀二さんが、追島さんに
「追島兄い、何で今時タンカ売なんぞさせるんですか?」
「お前抜きで、今日一日しっかり売(バイ)が出来るようにしろって、親父さんからの言いつけがあってな」
「俺抜きっすか?」
「おう、高倉の頭、急に親父と義理に出向くことになってな、俺が変わってデンキ(綿菓子)まかされたんだ。お前は俺に代わって、たこ焼きに回れ」
「はい、え?それじゃこいつ今日、べっこう ひとりっすか?」
「いや、親父さんがバイト連れてくるって電話で言ってたけど、この馬鹿が、ちまちまやって売り上げ縮める訳にいかねえだろ!」
「あー、なるほど…」
僕はそんな二人の会話を、鼻血をたらしながら耳にして、また不安の心がよぎっていた。
(僕がお店をきりまわす?それにバイトっていったい…)
脳裏に鉄の不気味な笑顔がよぎった。
(この仕事のバイトって言うぐらいだから、やっぱり、、あんな感じかな・・・、ど、どんな人が現れるんだ~!?)
昨日からめまぐるしく現れる、鬼瓦興業に関係する怖い人たちを想像して、恐怖におののいていた。
そこへ、唐辛子ネギにんにくパワー全快の大きな声が響いてきた。
「おーう、ごくろうさーん!」
それは紛れも無い、親父さんの声だった。親父さんが黒のスーツ姿で、金色の扇子をパタパタさせながら入ってくると、あたりにいたガラの悪い人たちがいっせいに、まるで神様をあがめるように挨拶をした。
「おう、追島、どうだ吉宗は、ちゃんと出来そうか?」
親父さんは僕を指差しながら、追島さんの顔を見た
「だめですねー親父さん、話にならないですよー、こいつ…」
追島さんは肩をふっと持ち上げながら首を横に振った。親父さんはその言葉を聞いて眉にしわを寄せながら僕を見た。
「なんだーお前、ちんぽついてんだろが、しっかりしろよー!」
僕は親父さんにむかって泣きそうな顔で苦笑いした。
「なんて顔してやがるんだ!それじゃバイトちゃんに馬鹿にされちまうぞ!」
「さーて、どうしたものかなーバイトちゃん・・・」
大きな声でそう言いながら、親父さんは後ろを振り返った。僕は三寸の影から恐る恐る、今日僕と一緒に商売をするというバイトの人をのぞき見た。
「…!?…」
僕はその瞬間、心臓がバクバク、呼吸が出来なくなってしまった。
バイトの子は親父さんの後ろから、エプロンすがたに、可愛い鉢巻姿で顔を出すと、僕に向かって可愛くピースをしてきた。
そう、それは他でもない、僕の憧れの人、
めぐみちゃんだったのだった…。
つづき吉宗くん恐怖の闘いはこちら↓
前のお話はこちら↓
第一話から読んで下さる優しい方はこちら↓
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