侠客鬼瓦興業 第16話 閻魔のハゲ虎
「私、人を好きになっちゃいけないんです」
めぐみちゃんはそう言うと、うっすら涙を浮かべてうつむいた。
「人を好きになっちゃいけないって、いったいどうして?」
僕は小さな声で、めぐみちゃんに尋ねた、しかし彼女は僕にプレゼントされたべっこう飴を見つめたまま、じっと口をとざしていた。僕はそんなめぐみちゃんを見ていて、それ以上質問をくりかえすことは出来なかった。
「ごめんね、吉宗くん、変な話ししちゃって」
めぐみちゃんは涙を指でぬぐうと、また明るい笑顔で僕にむきなおった。
「さあ、仕事仕事ー、しっかり売り上げ伸ばさないと、本当に追島さんに怒られちゃうよ!」
「あ、うん」
めぐみちゃんはそれから先は、すっかりもとの明るい彼女に戻って、元気に大声を出しながらお客さんと接していた。
(好きになっちゃいけない…)
僕はその言葉が気になってしかたなかった、しかし午後になると、お祭りに現れる客足がふえ、それにつられべっこう飴売り場も忙しくなり、僕はあれこれ考える暇もなく、ひたすら飴作りに追われていった。
そのころ、神社の入り口近くでは、汗を流しながら綿菓子を作っていた追島さんのもとへ、やたら目つきの鋭い初老の男が、意味ありげに近づいていた。
「おーう、追島、ずいぶんと儲かってるじゃねーか」
初老の男は小柄な身体に灰色のスーツをビシッと着こなし、真ん丸い顔に、どう見ても似合わないサングラスをかけていた。そしてその頭は見事ピカピカに禿げあがり、例えるとサングラスを掛けたボーリング玉がスーツを着て歩いている・・・そういった奇妙な男だった。
追島さんは一瞬そのボーリング玉男に目をとめたが、面倒くさそうに眼をそらして、並んでいるお客さんに綿菓子を売りはじめた
「ハイ、500円、好きなの選んでー」
追島さんはそう言いながら綿菓し売場の入り口にぶら下がっている、キャラクターの袋を指さした。
「おじちゃん、これ」
小さな子供はレンジャーものの絵がついた袋を抱えると嬉しそうに走りさった。
初老のボーリング玉男はその様子を覚めた目で見たあと、並んでいる綿菓子をパンパン叩きながら追島さんに近づき
「しかし、こんなもんが500円とは、相変わらずぼろい商売してやがるな・・・」
「原価かかってから、しょーがねえんすよ!」
追島さんはぶっきらぼうに言い放つと、割り箸を回転させて綿菓子を作り始めた。そんな様子を薄気味悪い目で見ていたボーリング玉男は、その頭をキラキラさせながら
「何が原価だ、ザラ目の砂糖だけじゃねーか」
「袋が高いんすよ、袋が」
追島さんはそう言いながらキャラクターの袋にばっと綿菓子をいれて口を閉めた。ボーリング玉男は、ふっと嫌味な笑みを浮かべると、鋭い目つきで追島さんを睨みながら、もごもごと話しをはじめた。
「夕べな、この近くの建設資材置き場で派手なケンカがあってな、非害者の話じゃ相手は鬼みてえに強いやつだったんだとよ・・・」
「・・・・・・」
追島さんはまったく知らん顔で、たばこに火をつけると、ふーっと煙をふかしながら、隣で焼きそばを焼いていた男の人に向かって咳払いをした。
「追島、下手人はお前じゃねーだろうな、んー?」
ボーリング玉男は、その頭をギラッと輝かせながら、鋭い目つきで追島さんを睨み据えた。
「勘弁して下さいよーだんな、俺はゆんべは新潟で夜中まで仕事だったっての」
「それじゃ、お前ん所の若いもんじゃねーのか?隠しだてしてると後でろくなことねーぞ」
「言いがかりもいい加減にしてくれや、だんなー、見てのとおり今忙しんすよ」
追島さんのそっけない素振りに、ボーリング玉男は嫌味な笑いを浮かべた。
「まあ、いいや、そんなちんけな事件より、聞きてえことがある…」
ボーリング玉男はそういうとすさまじい光を頭と目玉から発しながら、追島さんを睨み据えた。
「兄貴ー!吉宗の兄貴ー!!」
僕とめぐみちゃんのべっこう飴売場に、鉄があわてて走り寄って来た。
「どうしたんだい?鉄くん」
「鉄君じゃなくて、鉄っす、鉄!」
「あ、ごめん鉄…、で?どうしたんだい?あわてて」
「これっすよ、これ」
鉄は、片手で輪を作り、その手をおでこにあてて、僕に合図をした。
「え?なに、なにそれ?」
「デコスケ、デコスケっすよー!昨日の兄貴の喧嘩探りにきやがったんすよ」
「デコスケが喧嘩の探り?、鉄、なんだいそのデコスケって」
僕は訳が分からず戸惑っていた、すると思いもかけないところがら、その答えた帰って来た
「刑事よー、刑事」
振り向くとそこには額に冷や汗を流しながら動揺しているめぐみちゃんの姿があった
めぐみちゃんは慌てて鉄に聞き返した。
「鉄君その刑事ってまさか」
「…そ、そのまさか…、まさかっす、閻魔のハゲ虎っす…」
「閻魔のハゲ虎!?」
めぐみちゃんの穏やかだった顔は、みるみるうちに青ざめていった、僕は彼女の急な動揺ぶりに驚き、訳が分からないまま、めぐみちゃんと鉄を交互に見た。
「閻魔って、た、たいへん!!」
めぐみちゃんはそう言うと、あわてて露店(さんずん)の下へ潜り込み僕に小声で
「吉宗くんお願い、もしも私のこと、その刑事に聞かれても、絶対知らないって言ってね・・・」
「え?あ、うん」
急な出来事に驚きながらも、僕はこれは一大事だと直感した。そして刑事に見つからないように、大慌てで三寸の中にいるめぐみちゃんを、空き箱や袋で覆い隠した。
僕はめぐみちゃんの姿が見えなくなったのを確認すると
「こ、これでよし!」ついつい几帳面なクセから指差し確認をした。
そして何事もなかったように立ち上がり、露店の外を見てギョッと震え上がった。
「!?」
そこには、頭をキラキラ輝かせ、サングラスの中から鋭い眼光で僕をじっと見ているボーリング玉男が立っていたのだった。。。。
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