侠客鬼瓦興業 第14話 愛の幽体離脱
根性をつけるため…
そんな理由から二メートルのスキンヘッド熊井さんと、恐怖の睨みあい、またの名を「ガンのくれあい」なるものを、させられる羽目になってしまった僕は、魔界の住人から魔王と化した熊井さんの恐い顔を目の当たりにして、金縛り状態に陥ってしまったのだった。
(ど、どうして僕が、こんな目にあわなければならないんだ…)
僕は恐怖で引きつったすさまじい顔を熊井さんに向けながら、その場から逃げ出したい思いだった。しかし、心とは裏腹に、どんどん固まっていく僕の身体、そんな窮地に陥っているとも知らず、鉄をはじめギャラリーは喜んで僕と熊井さんの戦いに湧き上がっていた。
「いいぞー若いのー!ぜったいに引くんじゃねーぞー!はははは」
「吉宗の兄貴ー、また鬼神の力っすよー!」
(人事だと思って、みんな勝手なことを、それになんでこんな時はすらすら話せるんだ、あのバカ鉄は・・・)
僕は金縛り状態で立ったまま、鉄とギャラリーの人たちを恨めしく思っていた。
「おい、小僧!引くなら今のうちだぞー、俺をまじで怒らせんじゃねーぞ、コラ!」
熊井さんはそう言いながら、更に僕の顔に自分のスキンヘッドの顔を近づけてきた。そしてその顔は怒りのせいか、じわじわと燃えるように赤く変化し始めていた。
(お、恐ろしすぎる~!!)
その場から逃げよう、そう思っても恐怖で身体が言うことを聞いてくれない。切迫した極限状態に陥ってしまった僕の精神は、ついにその肉体から離れて遠くへ旅立とうとしていた。それはまさに恐怖による幽体離脱というものだった。
そして僕の魂がその肉体から、半分くらい抜け出そうとしていた時、何処からか、僕の名前を呼ぶ、美しい声がこだましてきた。
『吉宗くーん、吉宗くーん、吉宗くーん、くーん、くーん 』
(誰?僕を呼ぶのは…)
僕の抜けかけた魂は、その声の主を探した。
『ここよー、吉宗くーん、くーん、くーん』
(あっ!、き、君は!!)
そうそこには美しい天使の姿をした金髪のめぐみちゃんが、ニッコリ笑って微笑んでいたのだ。
『がんばってー、吉宗くーん、くーん、私と一緒にお仕事しましょー、しょー、しょー』
天使のめぐみちゃんは、美しく響き渡る声で、僕に手を振っていた。
『でも、めぐみちゃん、いっしょに仕事はしたいけれど、金縛りで動けないんだよ~』
『だいじょういぶ、吉宗くんなら、このピンチを乗り越えて、私とお仕事できるわ、だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・』
天使のめぐみちゃんは美しく響き渡る声で、僕の前に小さなべっこう飴の絵付けようのヘラを差し出した。
『さあ、受け取って・・・いっしょにお仕事しましょ、しょ、しょ・・・』
僕は勇気をふりしぼって、天使のめぐみちゃんから、ヘラを受け取った。すると僕の身体はふっと軽くなり、気がつくと僕は天使のめぐみちゃんといっしょに空を飛んでいたのだった。
『たのしいね、吉宗くん、くん、くん・・・』
『うん、楽しい・・・すごく楽しい・・・』
ぼくは天使のめぐみちゃんと空いっぱいのキャンバスに、ヘラでお絵かきをした。
『楽しい・・・すごく楽しい・・・』
僕はそう言いながら、満面の笑顔で、彼女と手をつなぎ、空にお絵かきをし続けた。
やがて天使のめぐみちゃんは、地上で固まっている僕を指さし
『さあ、戻って、逃げないで、私と楽しくお仕事するために、自分の肉体に戻るのよー、よー、よー』
『分かったよー、もどるよー』
僕は、天子のめぐみちゃんの優しい愛に包まれて、幸せに満たされていた。そして幸せ満タン状態で僕の魂は、再びその肉体に戻っていったのだった…
(え、今のは夢?僕は夢をみていたのか…?)
「あれー!?」
奇妙な幽体離脱から戻った僕は、そこでで状況の大きな変化に気が付いた。それはなんと、あの恐ろしかった熊井さんの魔王のような顔が、優しく透き通るような顔に変わっていたのだ。
「え?な、なんでー!?」
僕は、いつの間にか動くようになっていた手で、そーっと自分の顔に触れてみた。
「あ、あれ?あれれ?」
気が付くと僕も、恐怖に引きつった顔ではなく、愛に満たされた満面の笑顔の顔となって、熊井さんの顔をじっと見つめて立っていた。
(なんだー?何が起きたんだー?)
その直後、僕にとっても、周りのギャラリーにとっても驚く出来事が起きた。
「ううううう~、ううううううう~、ううううううううううう~」
なんと目の前にいた二メートルのスキンヘッド、熊井さんが少年のように泣き出してしまったのだ。
「えええ!?な、なんでーーー!?」
僕は驚きのあまりホンワカした笑顔のまま、目の前で泣いている熊井さんを見つめていた。そして熊井さんは泣きながら僕を抱きしめると大声で
「負けたー負けたよー若いのー、お前さんのその暖けえ笑顔見せられたら、急に国のおふくろを思い出しちまったよー、だめだー喧嘩になんかならねーよー、ううううう~」
涙と鼻水だらけの顔で泣きながら、僕をその太い腕で抱きしめ続けた。僕は熊井さんの鼻水を顔中に受けながら、ホンワカした笑顔のまま、ひたすら驚いていた。
「…さ、…さすがは兄貴だー!!熊井さんを涙でボロボロにさせちまうなんて、やっぱり俺がほれ込んだ男だー!」
感動のまなざしで立ち尽くしていた鉄が、大声でそうさけぶと、号泣しながらその場に崩れ落ちていった。
「おおおおお!いいぞー若いのー!!」
「感動させてもらったぞー!」
鉄につられて周りにいたガラの悪いギャラリーも、もらい泣きをしながら僕に拍手をおくってきた。熊井さんは、片手で僕を抱き上げると、まるで試合後のチャンピオンをたたえるように、もう一方の手で、僕の右手を天高く空に持ち上げた。
(か、勝ったのか?僕は、僕は本当にこの人に勝ったのか?)
僕は勝利の感動にしたりながら、ふっとあることに気が付いた。
(これって、もしや愛の力…? 昨日のおでん達との戦いの時と同じ、愛の力だったのか?)
何時しか僕の目は、キラキラ輝く自信に満ちた目に変わっていた。そして境内に広がる大歓声の中で、親父さんの大きな声が僕の耳に聞こえてきた。
「うん、いい目だ!さっきとは打って変わったいい目になったなー、若人、いや、吉宗よ!」
気が付くとそこには、嬉しそうに笑う親父さんの姿があった。
「がーははははー!それにしても、熊の剛の拳に対して、柔の拳で闘うとは、柔よく剛を征すだなー!よしわかったー!お前のその根性を買って、めぐみちゃんはお前のところで手伝ってもらうぞー、吉宗ー!」
「えー!」
僕は熊井さんの腕に抱かれたまま、目を輝かせて親父さんを見た。
「がーはははっはー愉快、愉快!」
親父さんは趣味の悪い黄金の扇子をパタパタさせながら、めぐみちゃんの肩をぽんぽんたたいて大笑いしていた。
「お、親父さん!!」
僕は鼻水まみれの顔をしわくちゃにしながら、目をキラキラ輝かせて親父さんを見たあと、その横に立っているめぐみちゃんの姿に目を移した、そこには、うれしそうに微笑んでくれている、彼女の姿があったのだ。
「それじゃー、めぐちゃんは吉宗とべっこう飴たのむよー」
親父さんはめぐみちゃんにそう言うと、追島さんの方を見た
「追島、吉宗もここまで頑張ったんだ、まあ、そういうことにしてやれや…」
「は、はい…」
追島さんは、不機嫌そうに返事をした。
「それじゃ、後は頼んだぞ」
親父さんはそう言い残すと、いつの間にか隣に現れれていた高倉さんと共に神社を後にして去っていった。
親父さんが去ったあと僕は、エプロン姿のめぐみちゃんに目を写し、頭をかきながら照れくさそうに微笑んだ。そんな僕に、彼女も微笑みながら、ちょこんとお辞儀をしてくれた。
「今日一日よろしくお願いね…、吉宗くん!」
「こ、こちらこそ、よろしく、ね…、め、め、めぐみちゃん…」
僕はそう挨拶した後、真っ赤な顔でたたずんでいた。
びしゃー!!
「痛ああああああ!」
振り返るとそこには例のごとく、追島さんがむっとした顔で高尾山の孫の手を片手に立っていた。しかし、今の僕には恐怖の孫の手も痛くなかった。それは幸せというバリアがあったからだった。
「何時まで、でれでれしたアホ面してやがんだ、さっさと仕事の準備しやがれ!」
「ハイ!!」
僕は元気に返事をすると、頭のタオルをぎゅっとしめ直し
「さあ、めぐみちゃん、しっかり頼むよー!!」
元気いっぱいに露店(さんずん)の組みなおしを始めた。めぐみちゃんもつられて微笑みながら、雑巾をしぼり拭き掃除に取り掛かった。
追島さんはそんな僕のようすに一瞬戸惑っていたが、
「まあ、いいや、おい、タンカ売、しっかりやらなかったら、ただじゃおかねーからな!」
そう言い残すと、ぷいっと振り向いて去ろうとした。
「はい!追島さん、しっかりやりますから、任せといてください!!」
「!?」
僕の一言で追島さんは驚いて振り返ったが、
「しっかりやるのは、当たり前だバカ!」
そう捨て台詞をはきながら立ち去って言った。僕とめぐみちゃんはそんな追島さんの様子がおかしく、二人で目と目を合わせて微笑んだ。
「めぐみちゃん、がんばろうね!」
「はい!」
僕は幸せだった、苦労の末に憧れのめぐみちゃんと、こうして幸せなひと時を過ごせる喜びをかみ締めていた。
そんな僕達の幸せな姿を、遠巻きに銀二さんと鉄が眺めていた。
「銀二兄い、吉宗の兄貴幸せそうですねー」
「………」
鉄の嬉しそうなひとことを聞いて、銀二さんは一瞬表情を曇らせると
「おい鉄、やっぱりあいつ…、吉宗のやつ、めぐみちゃんに気があるのか?」
「…へへ、間違いなくありっすよー、自分知ってるんですよー」
鉄の不気味な笑顔を見て、更に険しい顔で
「鉄、吉宗のやつ、めぐみちゃんの秘密しってんだろうな?」
「え?…さ…、さあ…」
「…お前それじゃ…、や…、やばいぞ、あいつ!」
銀二さんは青ざめた顔をこわばらせながら、幸せの絶頂にいる僕の姿を見ていたのだった。
つづく
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