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侠客鬼瓦興業 第9話吉宗くんとめぐみちゃん

まさか、あそこで僕のピンコ立ちを、めぐみちゃんに目撃されてしまうなんて…

僕は節操のない自分のあそこを、恨めしい目でじっと見つめた後、テーブルの斜め向かいに座り、楽しそうに社長の奥さんと話しをしている、めぐみちゃんの姿をちらっと見た。

しかし、彼女のやさしいまなざしが、僕の方に向くことはあれ以来無かった。

(はー、無理もないよなー、あんな恥ずかしいものを、見られてしまったんだから…)

僕はしゅんとしながら、もぐもぐご飯を食べていた。そんな僕の様子を見ていた社長が、

「何じゃー、若人よ、そのめしの食い方は、男ならもっと豪快にガツガツくわんといかんぞー」

「は、はい!」

社長の言葉に、僕は苦笑いをしながら、口を大きく開いてご飯をほおばった。

「おお、そうじゃー、男はそうでなきゃいかんぞー、がはははー」

社長は笑いながら、目の前の大きなどんぶりに入った、およそ10本分はあると思われる刻んだネギとにんにくの山に、豪快に唐辛子をぶっかけると、これまた豪快に口に頬張りムシャムシャ食べていた。

僕がその光景に唖然としていると、

「おー、これか若人、これはわしのパワーの源だー、うまいぞーお前も食うかー?」

社長は部屋中に、ネギとにんにくの匂いをまき散らしながら、大声で僕にそのパワーの源を勧めてきた。

「あ、いやすいません、さすがにそれは…」

僕は冷汗をかきながら、必死に社長の勧めをことわった

『豪華食事付、社員寮完備』

僕は求人広告に書かれたその言葉にも、大きな魅力を感じ、この鬼瓦興業への就職を決意したのだが、その食事風景は想像とはまったくちがっていた。

広い和室に大きな木製座卓テーブルが、どっかと置かれており、その上座と思われる場所には、社長が、そしてその周りにたくさんの社員や、奥さんが囲んで座り、テーブルの上に置かれた沢山の大皿から、みんなおいしそうに、ご馳走をとっては、がつがつと食べていた。

まるでそれは、僕が子供のころに見た、昭和初期のドラマに出てくる大家族の食事風景で、小さな団地で兄弟は姉と二人、ひっそりと育ってきた僕にとって、この大家族風の食事は、初めての経験だった。

はじめは少し戸惑いもあったが、みんなの笑い話を聞きながら食べているうちに、今日起こった嫌なことなど、すっかり忘れていた。

(食事って、こんなに楽しいものだったのか…)

僕はふっとそんなことを思いながら、大皿に手を伸ばし大きな玉子焼きを、豪快に口に頬張ったみた。

(うまい!)

僕は今までに、こんなに食事をおいしいと思って食べたことはなかった。その時、僕の様子をお酒を飲みながら眺めていた社長が

「どうじゃ、若人、ちまちま食うより、こうしてみんなで豪快に食った方が、数倍うまいだろう!」

「は、はい!」

僕は、不思議と眼がしらを熱くさせながら、素直にそう答えていた。

「お前も1日がんばって働いたんだ、遠慮はいらんから飯もスープも好きなだけオカワリして、たらふく食えよ!」

その時の社長の言葉には、今までの豪快さとは打って変わった、やさしさがこもっていた。そして気がついた時、今日一日の精神的疲労から開放されたせいか、ポロポロ涙を流しながら、ご飯を頬張ってるという、不思議な姿の僕がいた。

「おい、何だお前泣きながら飯食ってんのかー、お前って意外と単純で面白いやつなんだな、ははは」

銀二さんが僕をからかった。でも僕は高まる感動を抑えきれず、泣きながら一生懸命ご飯を食べ続けていた。そして僕は、元気に手にしていたどんぶりを、力強く前に差し出して、

「おかわりーーーー!」

大きな声でそう叫んでいた。

が、ぼくは差し出されたどんぶりの先を見て、思わず固まってしまった。そう、その先には、めぐみちゃんの姿があったのだった。

「あっ!」

僕は何も考えず勢いで差し出してしまったどんぶりを引っ込めることもできず、顔を真っ赤にしながら、しばらくの間、がちがちに固まっていた。

「は、はい、おかわりね…」

めぐみちゃんは、頬をそめながら、ぎこちなく返事すると、あわてて僕のどんぶりに手を伸ばした。

そんな姿を見ていた鉄が、またしてもこんな時に限って、早口で余計な声をかけてきた

「す、すげえー、さすがは兄貴だー!めぐみさんに対して、まるで女房みたいに、どんぶりを差し出すなんて…」

鉄の無神経な言葉に、僕の顔はさらに真っ赤になって、おでこからポーっと湯気がたってしまった。

めぐみちゃんも、そのせいか、顔を赤く染めながら、さっとどんぶりを僕から受け取ると、無言で部屋の隅にあったジャーから、静かにご飯をよそい、素早く僕に手渡した。

「は、はい、どうぞ、」

「あ、ありがとうございます…」

ぎこちない僕との会話のあと、めぐみちゃんは頬を赤くしながらよそよそしく静かにご飯を食べていた。

それ以来僕も恥ずかしさから彼女に目を向けることができず、静かにみんなの会話を聞きながら過ごしていた。そして、そんな会話の中から、僕は、めぐみちゃんが鬼瓦興業の隣にすんでいて、今は女子大に通い、小さな時から社長夫婦に家族のように可愛がられて過ごしていたことを知った。

そして僕にとっての最大の疑問であった、なぜあの面接会場に彼女がいたのか…。それは何と、ただ単に社長に頼まれ、面接の雰囲気づくりのために手伝っていただけということを、僕は聞かされてしまったのだs。

(そえじゃ、そんなパフォーマンスに乗って、テキ屋の会社に就職してしまったのか…)

僕はショックのあまり、その後まったく食事の味が分からなくなってしまっていた。


それからどれくらいたったか、食事を終えためぐみちゃんの見送りをするために、僕は鬼瓦興業の玄関で、静かに社長の奥さんの後ろにたたずんでいた

「おばちゃん、ごちそうさまでしたー。」

めぐみちゃんは明るく奥さんに挨拶をした

「ありがとうねー、こっちこそ食事の支度手伝ってもらっちゃって、助かったよー、ほらこれ、お父さんの分、詰めておいたから・・・」
社長の奥さんは大きな弁当箱をめぐみちゃんに手渡した。

「ありがとう、おばちゃん・・・」

めぐみちゃんはお弁当を受け取ると、しゅんとしている僕の方を見て

「吉宗くん・・・」

「えっ?」

「名前、吉宗くん、だよね・・・」

「は、はい!」

僕の名前を呼んだあと、ぽっと頬を染めながら少し恥ずかしそうに、

「あの、これからお仕事、がんばってね・・・」

小さくこぶしをにぎり、そう声をかけてくれた。

「え?は、はい!」

ピンコ立ち目撃事件から、ずーっとよそよそしかっためぐみちゃんの突然のやさしい言葉に、僕の眼はふたたび、輝きを取り戻したのだった。

そしてめぐみちゃんは、別れぎわ再び僕にふりかえり

「私、応援してるから…、吉宗くんの事…」

そう言うと、恥ずかしそうに、鬼瓦興業の玄関を後にして隣の自宅へと走っていった。

僕は彼女を見送った後、誰もいなくなった玄関で一人たたずんでいた、そして最後に僕に向けて放った彼女のやさしい言葉によって、面接の真相による落ち込みなど、頭からすっかり消えて無くなっていた。

「よ、吉宗君って♡♡♡めぐみちゃんが…、応援してるから、吉宗君って♡♡♡…」

(春だ~、春が来た~!!)

僕の心は飛んでいた、両手をばたばたさせながら、空に向かって、羽ばたいていた!

「吉宗くんって…、応援してるから、吉宗くんって…」

僕は、目をキラキラ輝かせながら、気持悪いお公家様のような笑顔で、何度もその言葉をフラッシュバックしていた。

彼女の後ろに潜む、恐ろしい秘密も知らずに・・・。

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